10-4(248) 不公平
汽車でフロア市フール町に降り立つ。初めての町に弾む足取り。しばらく歩き海沿いまで出て、タケシに教えてもらった地番と書いてもらった地図を頼りにマーレライ商会が入居するビルを探す。確か一階が居酒屋で、二階が証券会社、三階が画材店、四階が漁業組合の五階建てのビル。幸いマーレライ商会以外は建屋に広告を出していたので、すぐに見当が付き、居酒屋の脇の階段を上る。カツン、カツンと僕の足音だけが響く。人の気配のしない静かなビルという印象。今日が商会の休業日だったら面倒臭いなと思う。五階通路もシンとしている。耳を澄ませば、部屋からは扉越しに人の気配が感じられる。どの部屋にニコラがいるのか判らない。ニコラの人相すら知らないからね。細身で目が大きく、偉そうな髭を蓄えている奴だとは聞いているが、それだけだ。要するに、ほかの奴から聞けと。逡巡していても仕方ないので、ドアノブに手を掛ける。冷たく硬い感触。心配はしないよ、という今朝方のアキちゃんの言葉を思い出す。首はいらんけえ、とタケシは言ってたな。始末してくれりゃええって。ふふ、本当に意外だけど僕も信用されてるんだと思うとそれだけでやる気になる。お前は単純だな、と自嘲しつつドアノブを捻り、勢いよくドアを開ける。
部屋には七、八人の兄さん方がいて、一瞬にして全員の視線が僕に集まる。二人ほど前に出てきて
「なんだ? なんの用?」
と尋ねてくる。
「失礼。ニコラさんに用があって参りました。」
もしかするとふつうにニコラがいるところまで案内してもらえるかもしれないと思い、最初は丁寧に答える。
「ふうん、で、あんた誰?」
若干相手は苛立っている。いや、凄んで見せているだけなのかもしれないが、ともかくこちらを馬鹿にしているってのは言い方で判る。
「ああ、申し訳ない。マーレライさんの使いで来たんだ。マーレライさん、判る?」
わざとらしく首を傾げてみせると、後ろに控えていた奴が前に出てきて、
「ニコラさんはいまいねえよ。用件なら伝えておくこともできるが。」
と言う。まだ僕のことが信用ならないらしい。
「ありがとうございます。ですが、直接会ってお話したいので、大丈夫です。ちなみにニコラさんはいまどちらにいらっしゃいます?」
「さあ、知らねえな。」
やっぱり埒が明かないな。では失礼しますと一礼して踵を返して部屋を出る。ほかにも部屋があったから、そこでいまとは異なる方法で聞き出してみるかな。
隣の部屋の扉を開けると、豪奢な机に座っている男とその取り巻きが五人ほどいた。偉そうな人物は細身で目が大きく、そして口髭を蓄えていた。この男がニコラじゃないかな?
先程の部屋と同じくみんなが僕のことを見て、誰だと尋ねてくる。マーレライの使いだと言えば、用件を尋ねられたので、ニコラさんに用があるんだとニコラと思しき人物の方を見据えて言ってみる。あたかもニコラのことをすでに知っているかのように。
「用件は?」
ニコラと思しき人物が椅子に深く座ったまま短く言う。
「マーレライさんはまさかニコラが裏切るとは思わなかったと言っています。」
「ああ、その話か。」
「ええ、なにかマーレライさんに伝えておきたいことはありますか?」
「その話をマーレライさんが誰から聞いたか知らんが、出鱈目だ。私は裏切ったりはしていない。」
バン!
拳銃を抜き引き金を引くとニコラの身体が大きく後ろに跳ねた。胸の辺りに血が滲みて衣服は赤黒く染まり、机や椅子の背面、背後の壁にも血飛沫が広がっている。しばらく息が止まった。僕がマジマジとニコラの血液の行方を目で追っている間、ほかの連中はなにもしてこなかった。みんな呆気に取られている? いや、そうじゃない。たぶん大切な仲間がやられたというんじゃなく、裏切り者が粛清されたという頭があるから、なにもしてこないんだろう。いまここで動くことが、マーレライ商会の是とするところではないから。
「ただの請け負い業務だよ。僕は別になんとも思っちゃいないし、ニコラに恨みもない。それこそニコラがどんな奴かも知らないんだ。」
はは、なんかタケシと同じこと言ってるな。
「ただ縁があったから僕が動いただけ。判る奴には判ると思うけど、ニコラが殺そうとしていた奴らがいてね。そいつらとは付き合いがあったんだ。もし今度同じようなことがあったら、もうマーレライからの依頼なんて要らない。僕、記憶力悪いし、ここにいるみんなの顔を覚えておくなんてこともできないから、今度同じことが起こったら、マーレライ商会の奴ら全員殺す。どこまででも追っかけて殺す。一方的に、殺すから。」
バン!
銃声が響く。僕が撃ったんじゃない。銃声がした方を見れば、開いたままの扉からヌっと顔を出した男が銃を構えていた。隣の部屋で話をした男だった。そいつの方に向かって歩を進める。
バン! バン!
銃声だけが虚しく木霊する。
僕に銃なんて通じないのに。
男は銃撃にもビクともしない僕に恐れ慄き、目を見張っている。さっきの全員殺すというのが単なる脅しじゃないことがこれで判ってもらえたかなと思う。でも、この部屋に居合わせなかった連中は僕の話を聞いてなかったからね。さっきと同じ話を繰り返さなければならない。僕は男の拳銃を取り上げると、いまこのビルの五階に詰めている奴ら全員をこの部屋に集めろと指示した。
待っている間、厭でもニコラの死体が目に付いた。以前、兵役に就いていたころに“ 佐久間越え”で山賊に襲われたことがあったが、当時の死闘に比べて今回のは不公平だ。一方の安全が保障されていたから。軽く首を振り、ただの請け負い業務だと自分に言い聞かせる。でも考えてみれば、山賊との戦いも請け負い業務の一環だったんだなと改めて思う。そのときは死と直面しながらも月給二〇ロッチだったのに、今回は安全に一人やるだけで一〇〇クランだ。ふん、やっぱりどこをどう切り取ってみても不公平じゃないか。
死体を眺めていると、思い付いてニコラの指に嵌っていた指輪を剥ぎ取る。タケシは首はいらないと言っていたが、マーレライにはニコラを殺した証拠の提出が必要な気がしたんだ。指輪のリングの裏にはニコラのものではないイニシャルが掘られているのを見て、やっぱり証拠にはこれが一番適当だなと思った。




