1‐12(25) あら、来てたんですか?
警察署に着き、案内されたのはなぜか会議室。
長机と椅子が並ぶ中、一人の女性が頬杖をついて腰かけていた。
小夜さんッ?
信じられなかったが、僕はできるだけ平静を装い、驚きを隠す。知らない振りをしなければッ。警官の言った“ 確認してもらいたいこと ”は十中八九小夜さんのことだろう。そうして呼ばれた僕たち三人。小夜さんと僕たちの繋がりを看破している点から、警官は小夜さんからなにかしらの情報を得ているものと思われる。が、僕たちはこんなところでつまづいてる場合じゃないッ。小夜さんには悪いが、ここは“え、こんな人知りませんよ?”大作戦で乗り切ろうッ。
伊左美と玲衣亜の方を見ると、彼らも平然としている。あら、もしかして僕が一番うろたえてた?
長い沈黙。
会議室に誰かが唾を飲む音が響いた。まもなく、警部が口を開く。
「その女性と面識はありますか?」
ほら、きなすったッ。
僕は伊左美と玲衣亜の出方を伺うべく、黙っていた。すると、最初にルーシーさんが「いえ、ありません」と答える。それでも二人がなかなか答えないので、これ以上の沈黙は不自然だと思い、僕も「ありません」と答える。それに続いて同じように答える伊左美と玲衣亜。もしかして、二人とも緊張してるのかな? いや、僕もしてるけど。なにしろ、目の前の警部ったら、下衆な視線を僕たちにまとわりつかせて、一々反応を窺ってるんだから。そんな露骨に見られちゃあ、なんでもない質問にも不自然な挙動で答えちゃいそう。
「そうですか。」
そう言いながら、警部は自身の顎髭を撫でている。
「いえね、部下の報告なんですが、この女性は本日午前一〇時三〇分ごろ、南の獅子門の前に突然現れまして……突然というのがですね、読んで字のごとく、まさに突然でして。なにもないところにパッと姿を現わしたそうなんですね。」
なんてこったッ。転移の瞬間を間近で目撃されちゃったわけかッ。しかも、クソ忌々しい警官にッ。
警官は僕たちを順に見回しながら、ゆっくりと話を進める。
「なにを馬鹿なことを、とお思いになるでしょうが、部下二人の報告によれば、目の前に現われたというので、まず見間違うことはないというんです。まあ、かくいう私もまだ半信半疑なのですが、二人の目で見ていることですし、また当人に聞いてもなにも答えてもらえませんので。」
ん? まだ小夜さんはなにも話してはいないのか? となると、僕たちと小夜さんを結び付けたモノはなんなんだろう?
警部がチラリと小夜さんを一瞥するが、小夜さんは相変わらず頬杖をついて目を閉じたままだ。
「ですが、あなたたち四人にはいまの話でなにか思い当たる節があるのではないかと思い、出頭願った次第です。」
思い当たる節?
「思い当たる節、ですか?」
ルーシーさんが聞き返す。
「ええ、まずはあなた方に聞きたいのですが。」
警部はそう言って僕たちを見た。
「もう一度確認したいのですが、みなさんの出身地はどちらですか?」
伊左美が「聖ラル・リーグですが」と答える。
「ぶふッ。」
伊左美が答えたのと同時に、小夜さんが素っ頓狂な咳ともなんともつかない声を上げた。みんなが一斉に小夜さんの方を見る。だけど、小夜さんは先程までと一ミリも変わらない姿勢を保ち、微動だにしない。まるで、声が聞こえたのは幻聴だったのでは、と思えるほど。警部が僕たちに向き直る。
「聖ラル・リーグですよね。ですが、我々の方でいくら調べても、過去に遡ってみてもそのような国は存在していないんです。」
「じゃあ、泣けるくらい知名度が低いってことでしょうかね?」
玲衣亜が他人事のように答えた。警部が咳払いを一つ入れる。
「いずれにせよ、他国から移住してきたわけですから、旅券をお持ちになっていますよね? 確認させていただけますか?」
「旅券?」
「もしかして、持っていないのですか?」
わざとらしく驚いてみせる警部。玲衣亜ぁ、どうするん?
「持っていませんねッ。そんなものがあるということ自体、知らなかったんですから。」
おおぅ、言っちゃった。警官の態度に腹が立ったんだろうね。僕でさえ、腹に据えかねる物言いだったから。
「となると、不法入国ということになるのですが、よろしいですか?」
警部が笑みを浮かべる。ああ、マジでこいつブン殴りたいわッ。
「よろしくないですねッ。」
ついに来たッ。伊左美さんッ。警部が険しい表情を伊左美に向ける。
「私たちはこの国に旅してきて、入国する際も特になにも知らされず、この街までやってきました。旅券とやらが必要だというのがこの国の法律なのであれば、この国が責任をもって外国人にその旨周知しなければならないと思います。ですが、私たちはそのことを知らされませんでした。だから、旅券を持っていません。それは私たちの落ち度ですか? いえ、私は旅券を発行する機関とか、入国を管理する機関の怠慢に問題があるんじゃないかと思うのですが。」
伊左美が弁舌を奮う。警部は呆気に取られたようにその弁を聞いている。
「外国人を招き入れておいて、あとで実はこうこうだから法律に反しているといって断罪するなど、他国の常識に照らしてみても例のない事例だと思いますが、そこのところはどうお考えなんでしょうか?」
いつになく真剣な眼差しで警部を射抜く伊左美。よくそんなに舌が回るもんだよ。頼もしいわぁ。
「あなた方は一体、どうやってこの国に来たのですか?」
「馬を使って。」
「このリリス市街に入るためには、入市税関を通るはずなんですが?」
「通るはずと言われましても、通っていませんからねぇ。」
「市街をぐるりと壁で覆っているのに?」
「壁があったら、乗り越えるでしょう?」
はあ? 伊左美がまた狂い始めたぞ。乗り越えるわけないじゃん、常識的に考えて、壁があったら迂回するでしょ? だが、常識外れの回答を受けて警部は追及を断念したのか、今度はルーシーさんに話を振る。
ひとまず窮地を脱したと喜びたいところだったが、実際、気が気じゃない。これからまたどんな罪を被せられるかと思うとヒヤヒヤするやね。
「次に、ルーシーさん。」
「はい。」
「以前、魔女が現われたところを目撃したとおっしゃいましたね。」
「ええ。」
「最初、失礼ながら、そんな話は信じられませんでした。」
「いえ、それは仕方のないことでしょう。」
「ただ、今日、部下が同様の現象を目撃し、またその人物を連れてきたことで考えを改めました。で、お伺いしたいのですが、あの女性を見てどう思われます?」
「え?」
「私はあの女性を見てこう思いました。あの顔立ちッ、肌の色ッ。これはルーシーさんが見たという魔女とまるっきり同じじゃないかッ、とね。」
「はあ。あの、警部さん、なにもこんなとこで言わなくっても。」
ふん、もう言ってるし。っていうか、魔女が現われたって噂はひょっとして僕たちのことだったのかッ? で、ルーシーさんは僕たちが転移してきたところを目撃していたのね。でも密告するなんて酷いなぁ。玲衣亜とは友達だったんじゃない? いや、そもそも僕たちがお菓子屋に就職したときには、ルーシーさんは玲衣亜イコール魔女だと認識していたわけだよね。ますます判んないぞ、これ。
「おっと失礼。ですが、まあ、これはみなさんに聞いていただきたいので。」
あえて僕たちにも、か。
「わ、私が見たときは、確かに、魔女はあの女性と同じような服を着ていました。まるで、同じ民族衣装のような感じのする。」
警部はその回答に満足気に頷くと、ルーシーさんに謝意を伝えて、再び僕たちに視線を向ける。
「みなさんはあの女性を見てどう思われますか?」
「特になんとも思いませんね。」
玲衣亜が吐き捨てるように言った。まだ警部に腹を立てているようだ。
「ほう、なんとも?」
厭に含みのある言い方だな。
「ええ、なんとも。」
玲衣亜が繰り返す。
「なるほど。」
なにがなるほどなんだよ? 警部はしばらく考えに耽ったのちに、こう続けた。
「あなた方を呼ぶ前に、警察署内部の人間にも彼女を見てもらい、同じように感想を求めたんですね。すると、みんな一様にキレイな女性だとか、魅力的な服装だとか、容姿や服装について特に感じるところがあったようです。で、ですよ。なんとも思わない、と答えた者は一人もいませんでした。」
だからなんだよ? なんとも思わない人がいたって別にいいじゃないかッ。
「ところが、あなた方はあの女性の服装を奇抜なものだとは思っていない。つまり、あなた方はあの女性の仲間、もしくは出自が同じなのではないかと、我々は疑っているんですが。」
そりゃ、チーム靖の一員ですから? でも、結論は正解だとしても、こじつけが凄まじいんですよね。
「つまり、警部は私たちが噂に聞く魔女当人であると、こうおっしゃりたいわけですね?」
無駄な長話に付き合えたもんじゃないとばかりに、伊左美は警部の言わんとすることを披露した。
「まあ、そういうことですね。」
警部が伊左美の推測に首肯する。
「いや、それはちょっとムリがあるでしょう?」
いやいや、ちょっと待ってね。これには僕も反論しますよ?
「なんだか想像の土台、基礎の上に妄想の柱をおっ立てて幻の回答をひねり出そうとしてるみたいですが、それこそ無茶ってもんですよね。大体、あの女性を見ての感想にしたって、みなさんホントはなんとも思ってなくても、なにか言っておかないと査定に響くとか思って、無理に感想を取り繕ったのかもしれませんし。」
そんな想像だらけの要因で生み出されたガバガバの推測によって、僕たちが魔女だとか異世界人だとかって認定されたんじゃ堪らない。できるかぎりの抵抗はしとかないと。
警部が憎々しげな視線を寄越しているが、知ったこっちゃないねッ。




