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9-31(239) てんやわんや

 それは雨の降る昼間のことだった。


 ケルン市コジマ町三番街を巡回中の警官が何者かの銃撃を受けて死んだ。


 その警官が絶命の際に力を振り絞ったのか、なんと遺体の袂には≪リヴィエ≫と書かれたメモが残されていた。


 ダイイングメッセージ!


 犯行に及んだのはリヴィエ一家で決まり!


 となるかといえば、そうはならなかった。


 遺体には三発銃撃された痕が見られた。


 犯人が標的の死亡を確認もせずに逃亡したとは考えにくい。メモ書きは犯人が捜査の攪乱を狙って残したものという見方が強まった。


 当然、リヴィエ一家とマロン一家への疑いもあった。ここしばらく続いている両勢力の膠着状態に痺れを切らした構成員による暴走……、そんな仮説も立てられ、捜査の範囲は故人の知人からマフィアに至るまで広げられた。


 すでにリヴィエ、マロンの両方から何名かが逮捕された。


 その中には幹部もいた。


 罪状は殺人ではない。ただ、いままで見て見ぬ振りをしてきた数々の横暴、不正をいまさらになって挙げつらって、騙し討ちにもやり方で逮捕に及んだだけだ。マフィア連中にとってはまさに晴天の霹靂。市民は警察に拍手喝采、大興奮。


 リヴィエもマロンもこれまで以上の謹慎を呼び掛けているものの、警察に踏み込まれた現場では銃撃戦も行なわれてしまっていて、警察のリヴィエ、マロンへの捜査は今後もしばらくの間は続くかと思われる。


 警察は本気でマフィアの力を削ごうとしている。


 なにが彼らをそこまでさせたのか。


 死んだ警官の素性がヤバかったのか。


 いやいや、そんなことマーレライ商会には関係ない。なお、巷ではマーレライ商会が余所からノコノコ出張ってきたから膠着状態のタガが外れたのだというエキセントリックな見方まで真剣に話し合われている。


 といったところで、マーレライさん! 逃げましょう!




 という報告が商会の構成員から上がってきたのが今日のお昼前の話。商会がケルン市に入ってまだ一週間とちょっと。リヴィエとマロンの抗争は警察も巻き込んで、状況はもうてんやわんやになっていた。


 幸い、マーレライ商会はまだケルン市の警察に睨まれるようなことをした実績がないから、警察のお世話になるような奴はいなかった。だが、不幸にもマロンの連中にやられてしまった奴らはいた。




 ケビンさんはこの状況にあって、前よりも一段と落ち着いた感じになっていた。前回会ったときは目がギラギラしていたのに、いまは遠くを見るような瞳にゆったりした足取り、無駄に背筋を伸ばして、まるでどこぞの貴族様といった風情を漂わせていた。


「なんといっても警察様が正義だからな。いくらマフィアといっても、正面から警察とやり合おうなんて考えは持っていない。だけど、ときどき無茶をする奴がいる。そういう奴は言っても聞かないから、いざというときに手綱を握っていないと、なにを仕出かすか分からないんだよな。」


 ワイングラスを回しながら真理を説くが如く分かったふうに話すケビンさん。どちらかといえば、彼はいまの状況に満足しているようだった。


 そして、オレにマビ町に帰って来いと言う。


 マーレライのことは心配しなくてもすぐにフロア市に引っ込むだろうから、このまま商会から離れても安心だって言うんだな。


 むむむ、と思った。


 これが一昨日の話。




 ジークさんはリヴィエ一家もマロン一家もさっさと全員処刑されやがれ、と言っていた。警察ともマフィアとも関わり合いのない静かな余生を過ごしたいんだ、と。よ、余生って……。一体、いつから先の人生が余分だっていうんだ?


 ジークさんもオレにマビ町に帰って来いと言う。バタピー工場で働くのが厭ならジークさんとこで使ってやるってさ。


 むむむ、と思った。


 これが昨日の話。




 いや、なに、オレも警官殉職の訃報に接し、その後の数日間は情報収集のために知り合いのところを走り回ってたわけさ。


 警察の出方、両勢力の出方などの情報が必要だったから、マーレライも情報収集に人工を使ってたんだ。オレを含むボディガードの面々もそれぞれ街に散らばって、聞き込みなんかに精を出しながらこの数日間を過ごしていた。

 

 そんな中でもたらされた衝撃的な情報。


 マフィア幹部の逮捕に銃撃戦だと?


「ケルンから出て行くにしても、オレたちの方で勝手には出て行くわけにはいかない。リヴィエ一家と相談して、できれば向こうにケルンから出て行けと言ってもらうのが一番なんだが。」


 リヴィエ一家に筋を通さずに逃げ出すわけにはいかないんだとさ。それに犯人が分かっていない状況で逃げ出せば、商会の手による犯行という疑いを強める可能性だってある。敵対するマロンはいざ知らず、身内であるリヴィエ一家に恨まれるのは好ましくないのだと、暗い顔をしたみんなに対してマーレライは説明した。


 正直な話、きっとマーレライやマルコといった上の連中以外はみんなこの戦場からさっさとずらかりたいんだぜ? 


「ひょっとすると、ババ引かされちまったのかもしれねえなぁ。」


 マーレライが誰とはなしに言った。


 その台詞をリヴィエとマロンのすでに逮捕されちまった奴や殺されちまった奴の前で言ってみろってんだ。きっと、お前はまだ“フロア市へ逃げ帰る”ってカードを持ってんだろ? って教えてくれるだろうぜ?




 結局、商会は動かない。動けないと言った方が正しいか。なにしろ警察に商会を逮捕する口実を与えてはならないのだ。ちょっとした喧嘩一つで、パクられないともかぎらない。そして、同じ監獄の中にリヴィエとマロンの連中も閉じ込められているだろうから、マーレライの者だと知られればきっと監獄の中で苛められちゃうんだ。


 いや、そうじゃない。マーレライはこの際関係ない。オレだ。オレのことを考えろ。オレはどうすればこの窮地を脱せられる? それはいままでのどんな問題よりも、複雑な問題だった。炭坑のときよりも、スティーブが攫われたときよりも……。


 予測し難い周囲の動き、幾通りもあるように見える筋道。そういったものがオレを悩ませた。


 チッ、選択肢が多いってのも考えものだな。


 そんなとき、視線の先にいた“名無し”が目に留まった。いつも堂々としていて、何事にも動じることがないように見えるこの男が、いまなにを考えているかが気になった。

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