9-29(237) 話しまくり
それから二人にオレがドブに捨てた一〇〇クランとオレの関係を披露してみせると、二人は大爆笑。オレも我がことながら馬鹿馬鹿しくって一緒になって笑った。笑い過ぎて涙も出てきた。一〇〇クランであっちこっちへ買われるとか、オレに一〇〇クラン以上の値打ちがあるって証拠じゃない? これは誇っていいのかな?
二人は散々笑い、オレを馬鹿にしたあと、炭坑で逃亡を試みた際にオレを捕えた奴らについて尋ねてきた。どうやらオレを無手で制圧できるっていうのが気になったようだ。ジークさんが獣人ではないかと推測した。オレは知らないと答える。だが、それでは納得しない二人。耳とか尻尾とか喋り方とか、獣人には特徴があるんだ、と言って、オレに話をさせる。オレも嘘が下手だから、本当のところを話した。正直、オレも獣人じゃないかと疑ってるんだ。だけど、詮索すれば信用を失う。正体を知れば、命を失うことになる。靖も言ってたじゃないか。あいつらが被ってる猫の皮はこちらから剥いでいいものじゃないんだ。
とはいえ、獣人はみんなの仇でもある。なぜそう思っていた? そりゃ、オレ達とは異なる特徴があるからだろう。獣のような耳を生やした別の生き物。見知らぬ犬の集団を見て、どの犬がどの犬かなんて、即座に判別できてたまるかってんだ。獣人も誰も彼も一緒くたに考えてしまっていたのは、当時としてはやむを得ないことだった。
いまはタケシたちのことなら判る。一度知り合ってしまえば、あいつらは人間と変わらず、判別しやすいんだ。
だから、確認するならタケシたちがかつて、あの冷たい部屋の中で、人間の研究に携わっていたことがあるか否かってとこになるんだろう。ま、オレには確認できないが。
獣人に対するオレの考えを粗方話したところで、最後に、オレが知ってる獣人のうち、ほとんどの奴が故郷に帰っていった事実を報告した。戦争があるから兵士として参加するらしいってね。
この情報に対し、ケビンさんはちょっと考えているようだったが、少し唸ったあと、
「あっちの世間とか情勢に関してはマーカスの方が詳しいからなぁ。」
と溜め息を吐いた。
そういえば、ジークさんとオレは拉致された場所すら知らないのに対し、ケビンさんとマーカスさんはずっとあっちにいて、いろいろと見聞きしてるはずだ。そこに思い至ると、次はオレたちが拉致されて連れてゆかれた場所はどこなのか? という話題になった。だが、ケビンさんもこの問いには言葉を濁す。葵さんが教えていないなら、教えられないって言うんだ。ジークさんがなにも聞かないから、オレもそれ以上聞くのをやめた。
二人とはいろいろなことを話した。お互いに聞きたいことがたくさんあったし、この三人でなければ話せないこともあった。もちろん、話せないこともあるのだが。で、最終的には目の前の騒動の話に戻ってきたわけ。
ケビンさんがマロン一家の仕事をしている理由は、スティーブ誘拐事件のことを知りリヴィエに腹が立ったのと、当時、彼はムシャクシャしていて誰でもいいから殴り飛ばしたい気分だったらしいんだよね。そこでリヴィエとマロンの抗争を利用したんだ、と。 ムシャクシャして……って、マロンに入った理由よりそっちの理由の方がきっと重要なんだ。オレはムシャクシャの理由も聞こうとしたんだが、ジークさんが早々にこの話題を切り上げようとしたんで、オレも空気を読んで聞くのをやめた。
二人はオレ、というかマーレライ商会にさっさと帰れと勧めた。
いまのケルンの街はリヴィエにはいささか不都合にできているとも言った。
「リヴィエとマロンは膠着状態にあると言ったが、最近、マロンが手を下していないにもかかわらずリヴィエの奴らは一人また一人と勝手に死んでいってるんだ。」
ケビンさんが意味ありげに語り出した。
「そいつらの死に際は必ずと言っていいほど第三者に目撃されていて、誰もがそれを事故だったと言うんだがね?」
「その話ならリヴィエの奴に聞いたよ。兵隊がどんどん少なくなってゆくって泣きそうになってた。」
「そいつが誰だか知らんが、偉い奴はさすがに言うことが違うな。仲間の死よりも、戦力の減衰を嘆いてみせるなんて、器が大きい証拠だ。」
「どうなんだろね?」
「ま、マーレライもリヴィエを助けるつもりで居座り続けるなら、無意味に仲間が減ることを覚悟しておいた方がいい、って、マーレライに言っといて。」
「するってえと、なに? そのリヴィエ一家だけを襲う事故は今後も起こるってこと?」
「ああ、そういうことだ。」
「するってえと、なに? その事故はいわゆる事故に見せかけた他殺ってこと?」
「さあ、ダニーはどう思う?」
「ふつうに考えるなら、目撃者となった第三者が犯人ってとこなんだろうけど。ちなみにいつも登場してる目撃者ってヤツは事故ごとに異なる人物なんスか?」
「ああ、いつも違う。目撃者はいつも善良な第三者であり、犯人じゃない。」
確信めいた口調のケビンさん。
「目撃者も一人二人じゃないからな。それでいて、みんな口を揃えて死んだ奴の自業自得だと言うんだから、まあ事故なんだろうさ。」
ジークさんもこの謎の事故死については詳しく知らないらしい。
「実は言われるまでもなく、マーレライはその話を聞いてケルン市からの撤退を考えてるんだ。なんだか不気味な話ではあるからね。」
「賢明な判断だと思いますと、マーレライに言ってあげて。」
「言う訳ないでしょ。オレなんかが。」
「っつうか、ダニーさぁ。せっかくだからマビ町まで行って親に顔を見せて来いよ。」
は? ジークさんったらなんなの? マフィアの仕事を手伝ってる姿を披露目に行けってか? ま、見てくれは大工のころの装いだけども。
「んで、ついでに一〇〇クラン借りて、ダニーを買った奴に叩き付けてやれよ。そしたら、もうマーレライの護衛なんてしなくて済むじゃないか。」
ああ、なるほど。そういうことですか。
「ヤダよ。そんなことしたら、今度はバタピー工場でこき使われるだけじゃないか。」
債権者がタケシから親父に変わるだけって、むしろそっちの方が悪夢だわ。
あまり戻りが遅くなってもなにかと都合が悪いからと断って、オレは帰ることにした。席を立ったオレにジークさんが言う。
「オレたちがマーレライの動きを知ってるってことは、ほかのマロンの連中も知ってるってことだからな。」
「ああ、事故には気を付けるよ。」
部屋を出ると、もう辺りは暗かった。どうやら長居し過ぎたみたいだ。さて、帰ったら、なんて報告しようか。




