1‐11(24) 警察ムカつくわぁッ
“ 牡牛の午睡 ”オーナー殺害事件から数日間は、なにごともなく過ぎていった。
オーナーが亡くなったとはいえ、“ 牡牛の午睡 ”は繁盛していたため従業員ごとオーナーの親族に引き継がれることになり、支配人をはじめとする従業員一同、オーナーの死によって自分自身の生活が脅かされることはなくなったのだと胸を撫で下ろしていた。
ま、なにごともないといっても、玲衣亜とルーシーさんとの不和はなかなか解消される気配はない。ルーシーさんの真意は不明だが、玲衣亜はパーチー会場でのルーシーさんの意味不明な発言が許せないからってんで、事件以来、ルーシーさんとは口も利いていないのだという。
ふふ、伊左美には気軽に「謝って」って言って、伊左美が謝るにせよ謝らないにせよすぐに仲直りするクセに、相手が違うと対応も変わるみたい。そこはやっぱりなんだかんだで、玲衣亜は伊左美には甘えてるんだろうね。
ルーシーさんと疎遠になって新しい交友関係もできたみたい。こないだなんて、大きな袋を抱えて帰ってきたと思ったら僕と伊左美を呼びつけて、「ちょっと着てみてッ」ときたからね。袋からは紳士服が上下で二セット出てきて、僕と伊左美が部屋の中での着用を渋ると、「まッ? せっかく買ってきたんだから、着てみせてくれたっていいじゃないッ」って怒ってたっけ。なんで僕たちの服を買ってきたのか尋ねると、なんでも僕たちがいつもボロの服を着てたんじゃ、いつも一緒にいる玲衣亜にズボラだのなんだのと悪評が立つんだってさ。確かに一緒にいるけど、奥さんじゃないんだから、そこまで気にしなくってもいいのに。ま、これも誰かの入れ知恵なんだろうけどさ。うん、今度のブレーンはなかなかに常識人っぽいし、いいんじゃないかな? そうでなくても、玲衣亜がパーチー用に自分だけ余所行きの服を新調したことを反省してるのは間違いないだろう。口や態度には出さないけど、玲衣亜ってときどきいい奴だからね。
そんな平穏な暮らしにも、思いがけない警官からの再聴取により警鐘がガンガン鳴り響くことになった。
奴ら、聖ラル・リーグ国なんて国が調べても見当たらないといって確認に来たっていうんだ。一体、僕たちの出身地と今回の事件となんの関係があるってんだ? てんで的外れな方面への捜査してるから、いつまで経っても犯人が捕まらないんだッ。って言ってやっても、奴さん疑心暗鬼の虫で人の言葉をハナから信用しないんだから、聴取に応じるのも馬鹿らしくなるよ。その日はおたくらの調べ方が甘いんじゃないですかと言ってお引き取り願ったけど、今後のことを思うと憂鬱になるね。
そうしたわけで僕たちも警官への警戒を強めていた折り、玲衣亜が忌々しげに言った。
「今日、ルーシーが謝ってきたわ。」
実にパーチーから約一ヶ月、ついに友達だったルーシーさんが謝ってきたってのに、玲衣亜の表情は思いのほか浮かないものだった。はあ、と溜め息を漏らす玲衣亜。なんでこんなに暗いのかその理由を早く聞いてよッて、訴えてるみたい。
「仲直りしたん?」
伊左美が尋ねた。
「仲直り、ねえ。」
玲衣亜さん、もったいぶってる。
「なんか謝ってもらえたのに、そんな嬉しそうじゃないね?」
「まあ、ね。」
あら、まだ押しが全然足りないみたい。
「なんで?」
煙草に火を点ける玲衣亜。ふ~っと大きく息を吐く。
「なんか、腑に落ちないんだよね。」
煙草の先端を見つめながら玲衣亜が言う。
「なにが?」
「ルーシーになんか探りを入れられてたみたいで、気持ち悪いんだ。」
玲衣亜自身、まだ確証を持てないみたいだったけど、ルーシーさんは玲衣亜の反応を試すように話をして、その反応を窺っていたんだってさ。「私は警察に何度か聴取を受けたのだけど、そっちはどう?」とか、「知り合いの警官によれば警察は犯人は魔女ではないかと疑っているらしい」とか、必要以上にあの事件の捜査状況を気にしているし、魔女だなんて突拍子もないことを言い出すし、で。
なるほど、そりゃおかしいね。いまや玲衣亜だって魔女が空想上のおばあちゃんだってことを知ってる。加えて、魔女狩りっていうのが実際にあったってことも知った。
最前から予知だのなんだのと絵空事ばかり言うルーシーさんには、確かに不気味なものを感じる。相手の意図を推し量れないぶん余計にね。だから、謝ってきても素直に謝罪として受け取ることができないんだってのもしようがない。
「あんまり気になるようだったら、もうルーシーさんと親しくするのやめとけば?」
そんな僕の提案にも玲衣亜は曖昧に相槌を打つばかり。友達だと思っていた人に裏があったと知って、失望してるんだね。
「玲衣亜には悪いけど、ルーシーさん、曲者かもしれないから、今後付き合うにしてもあんまりこっちのことをペラペラ喋らない方がいいと思うぜ。」
伊左美も言い難そうだった。
「うん、大丈夫だよ。」
玲衣亜の囁くような声。玲衣亜、大丈夫? 今日、死ぬんじゃない?
「話してくれてありがとな。ま、アレだ。あんま気にすんなよ。世の中、いろんな奴がいるんだから。」
最後にそう言うと、伊左美は部屋に戻っていった。
翌日からは玲衣亜もいつもの調子を取り戻し、また日常が戻ってきた。
ま、それも三日後にはおじゃんになったんだけど。あのパーチーからなんだか慌ただしいわ。
警官が店先にやってきてね、僕と伊左美に用があるっていうんだよ。ふう、あいつらはいつも、リボンで結んだ“ 苛々と不安 ”を大きな袋にわんさか詰めて、いつでもどこでも誰にでもすぐ渡せるように準備して往来を物色して歩いてるんだから、いい気なもんだッ。まったくッ、毎度毎度、なんて気の利いたプレゼントだろうッ。
『マンガ』に警官が僕たちを呼んでることを教えられて、店舗の軒先の方へ出向くと、ちょうど支配人と警官数名が話をしているところだった。
「連れていくなら昼過ぎにしてくれッ。」
支配人の怒声が店の前の通りに響いた。
なんだ、なんだ?
その声を聞いて、僕たちはやや駆け足で支配人のもとへ向かう。
「お忙しい時間帯であることは判っているんですが、これもこの街の治安のためですので。」
「一体、彼らがなにをしたというんだ?」
支配人が僕たちを一瞥して言った。
「彼らがなにかをしたと、まだ決まったわけではありませんが、彼らにどうしても確認してもらいたいことがあるんです。用が済みましたら、すぐお帰りいただきますので。」
「で、帰ってくるころには店は暇になってるって寸法だろう? ふん、どうせなら一日貸してやるから、そっちからも四人、こちらに貸してもらいたいもんだね。そう、トレードしてくれというんだったら相談に乗らないこともないよ?」
あら、さっきまで心の中で支配人を応援していたのに、その言い方はないよぅ。ま、パン生地を捏ね繰り回すだけだから、替えはいくらでも利くんだろうけどさ。支配人の失礼な言葉に腹を立てた警官の一人が支配人の前に歩み出ると、警部がその警官を制して支配人に言った。
「申し訳ありませんが、これも仕事ですので。」
「二言目には仕事、仕事ッて。大した決まり文句だよッ。」
いつのまにか支配人の背後に玲衣亜とルーシーさんが来ている。警部はルーシーさんが現われたのを確認すると、僕たち三人とルーシーさんを連行するよう、ほかの警官に指示を出した。
「では、すいませんが、ご同行願います。」
ご同行じゃないだろ? 連行するんだろ? 二枚舌のクソ野郎めッ。
「すいません、ご迷惑をおかけしますが、すぐに戻って来れると思いますので。」
伊左美が支配人に謝罪する。
「昼過ぎの暇なときに戻ってくるから、私がいなくて寂しいでしょうけど待っててくださいねッ。」
玲衣亜が軽口を叩く。
僕は会釈だけ。ご同行だからか、特に警官に拘束されているわけでもない。
警官と一緒に散歩しているといった感じ。でも、すこぶる気分は悪い。でもそれ以上に、僕たちの知らないところで、僕たちへの殺人に対する嫌疑が強まりつつあることが怖いんだよね。
当人に心当りがまったくないってのにッ、なんで周りだけが知ったふうに話を進めてんだッ。




