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9-20(228) 靖の部屋

 年が明けてすぐに仕事があるわけじゃなかった。タケシは新しい仕事を用意してやるからと言って、店から姿を消した。金は最低限は出してやるが、不足なら日雇い労働でも勝手にやってろとのお達し。ただし、余所の仕事に移るなよ、と念を押されている。仕方ないから、オレとアキはしばらくは店内の片づけやら掃除をしていた。煙草の権利は売っちまったが、今後も新製品を扱ううえで拠点は必要になるから、テナントはそのまま借りっぱなしになっている。


 大掃除も粗方終わってしまうと、新年早々オレは暇になった。


 アキは新製品を販売するための前準備でなにやらやっていて、手伝おうかと申し出ても要らんと言われた。


 すぐにカレンのことが頭に浮かんだが、カジノに用がなくなると、カレンのいるローン町が遠くなった気がして、断念した。それに彼女、今晩も仕事があるし。


 すると、足は自然と靖の勤めるお菓子屋である『天使のドーナツ』の方へと向いた。


 靖を詮索するとかいう以前に、疾しい点のない、ただの純粋な興味から靖に聞きたいことがあったんだ。だからあまり身構えることなくオレは靖と会えたと思もう。とても自然な感じで。


 とはいえ、昼日中は靖の方も仕事中だったから、カウンター越しに少し話したあと、仕事が終わるころに店の前で待ってろと言われた。


 午後1時、また暇人に逆戻り。


 靖のお薦めで買ったパンを持って、プラプラと落ち着けるとこまで歩き、適当に座ってパンを齧った。


 抜けるような青空。


 今日は絶好の仕事日和だな、と大工していたころを懐かしく思った。炭坑にいたころだと、青空も雨もクソ喰らえって感じだった。カジノに出入りしていたときは、天候といえば通勤以外に関わりがなかったから、あまり気にならなかった。精々が雪道にウンザリさせられただけ。そして、暇を持て余したいまは青空に解放感すら覚える。思えば、こうやって一人で超絶暇な時間を過ごすのも久し振りだ。最近、ふだんはいつもカレンと一緒にいたからな。


 お昼を済ませてから、誰か知った奴がいないかとその辺をウロウロ歩き回ってみたが、知ってる奴なんて見当たらなかった。いまなら、大工仲間に会いたい気分なんだがな。そういう気分じゃなくなると、一々会いに出掛けてゆくのも億劫になるんだ。勝手に姿を消しちまって、ちょっと罰が悪いからさ。


 


 日が暮れて、再び靖が働いているお菓子屋へ向かった。


 仕事明けの靖は、意外にもオレを彼の暮らすアパートの部屋に案内してくれた。


 靖の部屋にはオレの部屋と同じでなにもなかった。


「で、話したいことって、なに?」


 お酒を用意し終えたところで、靖が言った。


「ウチの店にいたタクヤさんたちについてなんスけど、タクヤさんたちがどこへ行ったのか、靖さんなら知ってると思って。」


「ああ、タケシらには教えてもらってないわけね?」


「ええ、タケシさんたちは秘密主義者なんスよ。」


 下手なカマは掛けずに、正直に話した。なにしろ、オレがすでに“ タクヤたちがどこへ行ったかを知っている ”ってことが、“ 靖にとってなにを意味するか ”が判らなかったから。いまいち、タケシたちと靖の関係が読めないんだよな。はっきりと仲間ってわけじゃなさそうだし、むしろ、タケシたちのことをイカレてるとか言ってたくらいだし、どちらかといえば、犬猿の仲って感じ? 靖とタケシが形式上友達になったのだって、年末のことだし。


「はッ、そしたら、僕も教えられんわぁ。だって、教えたら僕がタケシに怒られそうだし。」


 靖は屈託なく答えた。ま、隠し事をしようっていう気負いがないのは判る。教えられない、とはっきり言ってやがるからな。


「誰も靖さんに教えてもらったとか言いませんよ。というより、タクヤさんたちがどこへ行ったかをオレが知ってるって時点で、タケシさんのオレへの信用がなくなりますから、話すメリットがないッス。」


「まあ、僕のことは置いといても、教えられんよ。言っとくけど、タケシたちがいろいろと秘密にしてんのは、あいつらなりの優しさだからね?」


「優しさ?」


「そう、あいつらイカレてるけど、イカレてるってことを悟られるまでは、おそらくずっと猫を被り続けるんだよ。ダニーはあいつらの中身なんて気にせず、猫だと思って付き合ってた方がいいってことさ。っていうか、むしろまだタケシらと一緒にいるの?」


「うん、だってオレ、タケシから仕事貰ってますからね。」


 靖がグラスを傾けたとき、不図、彼がずっと皮手袋を嵌めているのが気になった。気になったが、理由は聞けなかった。オレはタケシたちに教育されちまって、人になにかを尋ねることにすっかり憶病になっちまったようだ。いや、警戒心が強くなったというべきか……、特に、タケシや靖みたいな別種の人たちには。


「タケシから貰う仕事なんて辞めちまえばいいんだよ。要は、金と命、どっちが大事かって話さ。」


「そうはいってもですねぇ、金がなきゃぁ、命もないんスよ。」


「ふん、なるほどぉ? ダニーも大概イカレてんね。タケシらと一緒にいられるのも頷けるわ。」


「だから、タクヤさんたちがどこへ行ったか、教えてくださいよ。」


「やだ。」


 むむ、やっぱダメか。


「これ、みんなの会話を聞いてての推測なんスけど、タクヤさんたち故郷へ戻った人たちみんな、もうじき死ぬんだと思うんスよね。」


「なんでそう思ったん?」


「ほかでもない靖さんが、戦線がなんとか言ってたのを聞いてさ、あと、居場所? タクヤたちの居場所が、戦場だって言ってたのも、そうですね。」


「ああ、言った言った。言ったわ。聞いてたんだ?」


「そりゃ、靖さんを初めて見た日のことでしたからね。インパクト強かったスよ。そうだ、これも聞いときたかったんですが、靖さんはよくタケシとあんなふうに話できますよね? 靖さんって、ただのお菓子職人と見せ掛けていて、実は相当強かったりするんスか?」


「いや……。」


 そう言うと、靖は席を立ち、引き出しを開けてなにかを取り出してから、また席に着いた。


「僕にはこれがあるってだけさ。強くはないよ。」


 言いながら、靖はテーブルの上に拳銃を置いた。え? 靖って仙道なんだろ? なのに、拳銃!? そもそも、拳銃くらいでタケシたち数人を相手にして、いざってときに制圧できるとでも思っていたのか?


「おお、どうりで。」


 だが、獣人と仙道について知らないていのオレには、拳銃を切り札だという靖の言葉に疑問を挟むことができない。


「どんな鍛えた奴でも、鉛玉を急所に打ち込まれたら仕舞いだからね。」


「そら、そうですわ。で、さっきの話の続きなんスけど、オレは炭坑で馬車馬のようにこき使われてたところをタクヤさんに助けてもらったし、その後もいろいろと面倒を見てもらって、タクヤさんをはじめ、タケシさんたちには本当に感謝してるんスよね。そんな人たちが、死にに故郷に帰ろうってんです。」


「うん。」


「ローン町の駅まで見送りに行ったとき、みんなのことを忘れないように、タクヤさんの顔も、ナツミさんの顔も、ユキコさんの顔も、みんなの顔を出来の悪い頭に刻みましたよ。ですが、タクヤさんたちに感謝はしてますが、じゃあ、タクヤさんたちがなんのために帰国するのかってことになると、オレはそんなことさえ知らないんスよね。」


「うん。」


「自分の命の恩人が、なんのために死のうとしてるのか。それくらい、知っておきたいんです。タクヤさんたちがなにに殉じようとしているのか。」


「なるほど。そうだねぇ。」


「だから、お願いです。詳しいことは聞きません。ただ、タクヤさんたちがなにに命を懸けようとしているのかだけ教えちゃくれませんか。」


「いいけど、つまらん理由だよ。」


「お願いします。」


「もうすぐあいつらの国で戦争が始まるから、兵役に就くために帰っただけだよ。」


「んん? 全然つまらん理由じゃないんですけど?」


「おう、ごめんね。ダニーの推測どおりの答えだから、特に面白くもないかと思っただけよ。確かに、つまらないってこたぁないね。」


「あ、すいません。いえ、推測どおりだったとはいえ、靖さんの方から答えをいただけてよかったです。」


「まあ、ええよ。でも、これ以上はなにを聞かれたって答えられんよ?」


 これで一段落と言わんばかりに背もたれにギギッと背を預け、軽く伸びをする靖。ところがどっこい、まだ少しばかし話したいことがあるんだ。ある意味、オレとは関係のないことなんだが。


「ところで、靖さんとアキさんって付き合ってんスか?」


「ブフゥ!! ゲホ、ゴホ……。」


 おおおお!! 靖の野郎!! 人の顔に酒ぇ噴き出してんじゃねえよぉ! 唐突に話題を変えたオレにも責任がないとは言わないけどさぁ!


「ごめん! ごめん!」


 大慌てで靖がタオルを差し出してきた。とりあえず顔を吹いて、服もポンポンして、っと。


「靖さん、意外と判り易いっすね。」


 実際、付き合ってるふうな様子なんて一瞬たりとも見たことないんだけどな。これはちょっとツッコミ甲斐があるかも……。

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