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9-17(225) 酒宴

 昼日中から店内は酒宴の席になっていた。

「とにかく今年はもう仕事はせんで。残っとんはあとでワシとアキで片付けるわ」とタケシはすっかり休日モードになっちまった。アキ、ナツミ、ユキコの三人もさっきまでやってた作業を放り出していまはグラス片手に談笑している。そんな中、タクヤは酔い過ぎないようにとほとんどグラスに手を伸ばさなかったが、みんなとの話が弾むに従い、確実に酔っ払っていった。

 お酒と肴が尽きてきそうになったころ、ユキコが酒と肴を買いに走っていった。



 今後のことについて、これまでオレに対して沈黙を守っていたタケシだったが、今日、やすしが来るにせよ来ないにせよ、来年には新体制で仕事を始める旨、オレに伝えるつもりだったらしい。



 具体的にはタケシ、アキ、ケン以外の全員がローン町を去り、故郷に帰るのだとか。“ アナザー・ワールド ”の権利は他社へ売って、今後は新製品一本で商売する方針。警備員業務も年内までで契約を切るのだという。これまで各所へ人員を配置してきた警備業務だったから、事業規模は来年以降、大きく縮小されることになる。



 オレは新製品の売り込みのために動かなければならないのかとタケシに尋ねてみたが、その必要はないというので一安心。いままで営業なんてしたことなかったから、聞いていて不安だったんだ。では、オレはなにをするのかと問えば、年明けまでに考えておくという返事。

 タクヤがオレなら大丈夫、なんでも卒なくこなせるさと励ましてくれる。タケシは来年からはオレをアテにしてるんだとプレッシャーを掛けてくる。でも、そんなふうに言われると、正直悪い気はしなかった。



 その間、やすしはオレたちの会話を聞きながらチビチビやっているようだった。タケシばかりは頻繁に靖に声を掛けているが、ほかの人たちは少々酒が入った程度ではまだ靖と打ち解けられないといった感じ。靖は靖で、別に居心地良くも悪くもなさそうに脚立に座り、みんなの様子を見守っていた。



 オレにはこの靖という男について判らないことだらけだった。

 靖がタケシたちのために動いていたのは明白だ。なのに、靖はこの店にあまり寄り付かず、タケシたちとも仲が良いわけはない。いまもタケシに誘われてこの場に残っちゃいるが、ほとんど孤立してるじゃないか。あ~、やっぱりさっさと帰っとくんだった……という靖の心の呟きが聴こえてくるようだ。

 オレの予想ではアキとはもっと会話があるものと思っていたんだが。お互いの座る位置が悪いのか、アキはユキコ、ナツミと並んで女同士で盛り上がってるし、靖は脚立の上だし。

 今日、靖がここを訪れたのはあくまで事務的な確認を行なうためで、こないだ言ってたように、おそらく今日を最後にここに来ることもなくなるんだろう。

 だからオレが靖と会話できるチャンスも今日を逃せば、二度とないかもしれない。



 オレは靖に問い質さなければならないことがあった。

 


 ローン町にやってきてまもないころに葵さんから聞いた話に、確か、靖という仙道がエルメスに潜伏しているという情報があったはずだ。靖は要注意人物だとも話していたっけかな。



 化物染みた連中と物怖じせず話をするし、会話の中に聞き慣れない単語が混ざっていた。靖もきっと葵さんと同じ、出自は同じ“ 不思議の国 ”の住人だ。そう考えると、また一つの仮説が閃いた。



 タケシたちが葵さんが話していた獣人かもしれない。



 獣人は耳と尻尾を隠して生活しているらしいが、タケシたちがいつも帽子や頭巾を被っているのは、それこそ耳を隠すためじゃないか?

 葵さんは言っていた。獣人を見かけたら、無理はしなくていいが一人生け捕りにしてほしい……と。まったく、ホントに無理な話だぜ。隙を突けば一人くらいやっつけられるかもしれないが、そのあとは確実にオレは殺されてしまうだろう。ましてや生け捕りなんて不可能だ。



 ……。



 !!!

「おう、どしたんなら? ぼおっとして。」

 タクヤに肩を叩かれて我に返った。

「いや、なんでもないよ。ちょっと酔いが回ってきたみたい。」

 いけない、つい考え込んでしまっていた。

「ちょぉい、そろそろワシら仕事に行くんで? ほろ酔いならええが、完全に酔っ払って行ったら殺されるで?」

 「ふ、殺されやせんと思うけど。」

 そろそろだと? もうそんなに時間が経ってしまったのか。

「そしたらアレじゃい、最近酔拳を習い始めたんで、今日は酔拳モードで警備をしようと思って来ました、っつって説明せえや。」

 タクヤの言葉に対して、タケシがふざけたことを言い出す。

「ちょい、そがなこと言うたら“ おどれは習い始めたばっかの酔拳試すんに酔っ払ってきたんかいや?”っつって怒鳴られるじゃろ?」

 タクヤがタケシの言葉に応じる。

「そしたら、酔拳の第一歩は酒を飲むことから始まるんですッて言い訳して余計に怒らせりゃええんじゃが。」

 やれやれ、もう完全に他人事だな。でも、からかわれてるのは癪だが冗談を言い合ってみんなで笑い合う、こういう雰囲気は好きなんだよな。



 チラっと時計を見やると、午後四時を回ったところだった。くっそ、そろそろってわけでもないじゃないか。ちょっと焦っちまったよ。



 ああ……、酔ってるつもりじゃなかったのに、幾分か酔いが回ってきてるようだ。頭が上手く回らない。

 タケシたちが獣人だとして、オレはどうしたらいい? 生け捕りなんてできやしないし、オレ個人とタケシたちの関わりだけで言えば、タケシたちにはこれといった非はないんだよ。葵さんも生け捕りにする理由まで教えてくれてりゃよかったのに……。ふう、とりあえずパスだパスだ。獣人のことは後回しにして、と。いまは靖だ。



 オレは大概ほっとかれてる靖の隣に移動して、声を掛けた。



「靖さん、あまり進んでないようですが、大丈夫ですか?」



 当り障りのない話から、とりあえず靖との接触を試みる。



 靖が勤めるお菓子屋のこととか、オレに関してはここで働き始めた経緯についてとか、そんなことを切り口に話しを進める。もちろんオレとしてはほかに聞きたいことが山ほどあるんだが、みんなの前ではさすがにセント・ラルリーグとはなんですか? とも尋ねられないからな。



 靖の勤めているお菓子屋はどこか?

 住んでる所はどこか?

 ローン町に来たのはいつなのか?

 ローン町に来る前はどこにいて、なにをしていたのか?



 頭の中にメモ用紙を思い浮かべ、そこに質問事項を箇条書きしてゆく。

 質問を終えたら、頭ん中のメモ用紙の質問事項に赤線を引いてゆく。



 勤務先は判った。おそらくこの情報は嘘ではない。つまり、靖が二度とここを訪れなくても、オレの方から会いに行くことができるようになったわけだ。

 話しながら、今日、どこまで踏み込むべきか思案する。

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