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9-16(224) 変人の男

 年の瀬がすぐそこまで迫ってきても、カジノは営業を続けてたからオレとタクヤも営業日に合わせて十二月三〇日まで働くことになっていた。オレの場合、給金は日給月給だったから特に問題はなかったが、だから三〇日のお昼も会社にいたわけ。すると、またあの変人の男がやってきたんだ。



「ホントはもうここに顔を出すつもりはなかったんだけど、念のため、最後の確認にね。」



 男はやや罰悪そうにタケシに言い訳した。いつもの横柄な態度に比べると、今日は腰が低いようだ。タケシの机には乗らず、店の隅に置いてあった背の低い脚立をガチャリと広げて、その上に腰を下ろした。



「どうせ年明けのことじゃろうが?」

 タケシが忌々しそうに切り出す。

「察しが付くなら安心していいかな。そう、年明けの移動についてね。」

「どうせそがなことじゃろう思うたわい。」

「ごめんね、僕もこれでいままでいろいろ動いてきたから、やっぱりキミたちが向こうに戻ってみんなの前に顔を出すまでが僕の責任だと思ってるから。」

「キミたちいうて……気持ち悪い言い方すなや。」

「いや、お前らって言うよりは上品でしょ?」

「上品なんかどうなんか知らんが、よお言うのぉ? こないだはお前らがどうしようが知ったことじゃなあとか言ようったじゃろうが。」

「うん、ホントはそれが本音なんだけどね。世の中建て前も必要じゃない? なんかキミたち……お前らをきちんと戻すとこまで世話しないと、もしバックレられたりしたときに僕が責任を問われかねないからさ。年明けを前にしてちょっとビビっちゃったわけ。ホントはお前らがバックレたとしても、そのときはセント・ラルリーグがブロッコ国を捻り潰してお仕舞いってだけなのにさ。仮にそうなったとして、僕は一つもダメージを喰らわないのに、おかしな話だよ。」

「おかしな話じゃいうんは判るわ。じゃがの? そもそも、あんたがワシらのことでコソコソ動きょうるんがおかしいんで? ホントにどうでもええんじゃったら、世話焼かんかったらよかったんじゃけえ。」

「うん、そうだね。我ながらおかしな関わり方をしたと思うよ。ま、そういうわけで最後の確認をさせてほしいんだ。お前らは年明け、どういう感じで向こうに戻るわけ? 時間とか場所とか……。」

「三日には向こうに戻って、まだ日のあるうちにブロッコ市の庁舎に顔を出しゃあええんじゃろうが。で、実際に聖・ラルリーグの奴らと会うのは四日、そのときは王さんとかにくっついとりゃええんじゃろ?」

「そうだけど、ちゃんとみんなで戻るの?」

「もちろん、全員戻る。そういう話で通す。あんたはどうせずっとここらへんフラフラしようんじゃろうけえ言うが、ワシとアキ、ケンの三人はこっちに残るで。」

「まだ武器に執着してんの?」

「いや、武器はもうええ。持ってってから聖・ラルリーグを怒らせてもつまらんけえのぉ。」

「ん、よかった。でも、じゃあ、なんで残るん?」

「こっちでしようる商売を維持したいのと、……あんたがおるけえじゃのぉ。」

「僕?」

「ほうよ。あんた得体が知れんし、ふだんは暢気にお菓子作りょうるいうけえ放っといてもええんかもしれんが、なかなか小賢しく動きやがるけえ、こっちとしても目を離すわけにいくまあ?」

「そんな心配しなくても僕もこれ以上出過ぎた真似はしないよ。基本、目立ちたくないんだから。」

「なんなそれ? もう十分目立っとるじゃろうが?」

「といっても、まだ聖・ラルリーグ側の人らとは誰とも会ってないからね。ブロッコ国である程度知られるのは仕方ないけど、聖・ラルリーグ側には知られたくないんだ。」

「なんでな? あんたぁ、別に聖・ラルリーグにとって悪いことをしようるわけじゃないんで。じゃけえ、そがに向こうの目を気にする必要もなかろうが。」

「大前提として、僕は聖・ラルリーグで盗人をして逃げてきてる身だからね。なかなか大きな顔して聖・ラルリーグの人らとご対面なんてできんわ。」

「なんか盗んだん?」

「……アキさんさ。」

「ああ、ほうじゃったのぉ。それじゃあ、なかなか向こうにも戻れんのぉ。」

「そう、だからあとはお前らに下駄を預けて、僕はこっちでお菓子屋してようかなって。」

「そんなじゃあ、別にあんたから目ぇ離してもええんじゃろうが……、とにかくワシらにも仕事があるし、アキは向こうの役人に面が割れとるかもしれんけえ、出せんのよ。……ほうじゃ。ちょい待っちょれ。」



 タケシが奥の部屋へ引っ込んだ。

 二人の会話には相変わらず疑問符が浮かんでばかりだが、要はタケシとアキ、ケンを除く人たちは年明けには故郷に帰って戦争に参加するってとこかな。自国の危機に馳せ参じるとか、なんとも勇ましいことだ。尊敬に値するね。



「おう、まあ一杯飲みないや。」

 奥の部屋から戻ってきたタケシが男に差し出したのはグラスとウイスキーだった。

「お、どしたん? 今日は厭に気前がいいじゃん。」

「ま、これからもよろしゅうお願いしますいうことよ。」

「ああ、そういうことね。って、どういうこと?」

「ふんッ、友達になろうか言ようるんじゃが。」

「はあッ?」

“ 変人の男 ”が友達に昇格だと? 男の方もタケシの言葉に驚いてるようだ。

「おう、タクヤ、アキ、ナツミ、ユキコ、今日の仕事は仕舞いじゃ。これからここでやすしさんと飲むで。」

 タケシがみんなに声を掛ける。っていうか、仕事は仕舞いっつっても、オレとタクヤにはカジノの警備があるから、タケシの一存ではどうにもならないと思うのだが。案の定、タクヤがタケシにカジノの警備があるからと断りを入れていた。だが、タケシは「今日くらいちょっと酔って行ってもええわい。ワシが許す」と言って聞かない。ホントに大丈夫なのかな?



 っていうか、靖ッ?



 さっき、タケシは確かに靖って言ったよな……。



 男の方を見れば、男は遠慮がちにタケシの酌を受けているところだった。

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