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9-15(223) クリスマス

 カレンと恋仲になってしまったことで、タクヤはオレをからかった。

「誰と誰がくっつくか判らんもんじゃのぉ。」

 と、タクヤは感心してた。

 オレの方はそんなに気楽に構えてはいられなかったが、とはいえほかに誰と付き合ってるわけでもなかったから、なんとなくカレンと付き合ってるっていうのは否定しなかった。ただ、当人に付き合ってるっていう実感がなかった、ってのもあるかもしれないが。



 しばらく付き合ってみて判ったが、カレンの嫉妬深いのには参った。カレンにはナツミのことが気になるようだった。オレの会社のことをタクヤに尋ねたり、オレに会社でどんなことをしてるのかと無暗に詮索してきた。これにはタクヤも少し辟易していた。女性ディーラーと仕事終わりに少し話しただけでもヤキモチを焼かれた。とはいえ、オレにはほかの誰かに気があるなんてこともなかったから、的外れな嫉妬も特に気にしなかった。



 カレンはオレが借りてる部屋まで来ては小まめに世話を焼いてくれた。料理もしてくれたし、しなくてもいい掃除もしてくれた。溜まった洗濯物を持って帰っては洗濯して持ってきてくれたり、本当に申し訳なくなるくらい、いろいろとやってくれた。



 フール町とローン町は鉄道での行き来になるからお互いの家が近いわけでもないのに、その距離もカレンにはあまり苦にならないようだった。「引っ越さないの?」と聞かれたことはあったが、オレは現場よりも会社に近いローン町の方が住み良かろうと思った。ローン町は母の故郷だったし、マビ町を出て初めて住んだ町だったから親しみもあった。一方のフール町は、オレにとっては苦い思い出のある町だった。ま、思い出というにはまだ最近の出来事だが。



「ねえ、クリスマスはどうするの?」

 クリスマスと同時に暮れも近づき、誰もが足早に歩く忙しない街の中、カレンが尋ねてきた。

「特になにも。家族はケルン市だし。カレンは?」

「私もなにも。クリスマスはみんな予定あるみたいだから逆に暇なの。」

「どっか行く?」

「ケルンに行ってみたいわ。」

「ケルンなんかなにもないよ。まだここの方が都会だな。」

「ダニーの家があるじゃない?」

「は? オレんチにもなにもないよ。」

「バターピーナッツがあるでしょ?」

「そんなもん、そこらへんの乾物屋に入れば売ってんじゃん。」

「ダニーのお父様とお母様にご挨拶しなきゃいけないでしょ?」

「はッ、挨拶なんかしなくていいさ。」

「手ぇ。」

「ん?」

 なんか右手を差し出してくるカレン。

「手ぇ、繋いでいいよ。」

「誰が繋ぐかぁ。こんな街中で。」

「照れてるの?」

 つぶらな瞳の間に皺を寄せて尋ねてくるカレン。眉がへの字に曲がっている。

「照れてるんじゃないけど、街中だから。」

「もうッ。」

 そう言ってカレンは唇を尖らせてそっぽを向く。

 ときどき、こうしたやりとりがオレたちの間にはあった。街中で女と手を繋ぎたいとは思えないが、カレンがキョトンとしたり拗ねたりする表情や仕草は可愛いと思った。



 他の人たちに見せる仕草とは似て非なるそれに接っして、ようやくオレとカレンは付き合ってるのかもしれないと思うようになった。



 タケシはクリスマスを前にリリスへ出張に行ってしまった。なんでもリリス市にもウチの支店があるらしく、そこで全体会議があるのだとか。“ アナザー・ワールド ”がエルメス全域に流通していることを鑑みれば、リリスに支店があるというのは別に驚くことじゃなかったが、このタイミングで全体会議を開くというのが引っ掛かった。いつか話していた新製品についての話し合いとも考えられなくなかったが、オレの予想ではきっと王とか向こうの世界だとかそういう話について協議するのが目的なんだ。



「なあ、ウチの会社ってさ、大丈夫なん?」

 なんだか慌ただしくなってきたので、タクヤに尋ねてみた。

「あ? いまんとこ問題ないけど、どしたん?」

「いや、この会社が倒産するんじゃないかとか、そんなんじゃないんだけどな……。」

 ただ、ある朝目が覚めたらタクヤたちが忽然と姿を消してるんじゃないかって。

「……オレは来年もいまの仕事を続けられそうかい?」

「んん、どうじゃろ。もしかしたらカジノじゃのうてほかのとこに行くことになるかもしらんけど。」

「そういえば新製品ってどうなってんの?」

「ほうじゃのぉ。」

 尋ねてもタクヤは言葉を濁すばかり。まるでタクヤも新製品についてはたいして知らないといった風を装うから、すぐに尋ねるのをやめた。やれやれ、タクヤでこの調子だと、ほかの人に聞いたって教えてくれそうにないな。いや、新製品のことはいいんだ。新製品のことはタケシが緘口令を敷いてるらしかったし。

 むむ、どうにも今後のタケシたちの動きが読めないな。

 警備の仕事を始めてまだ一ヶ月強しか経っていないが、独立も視野に入れてカジノの支配人に媚を売っておいた方がいいかもしれない。もし借金がチャラになるなら、また大工に戻るのも手かな? その方が堅実なように思えるし。



 そうこうするうちにクリスマスになり、オレはカレンと共に観光地でもある中世期に建てられた古城、メントス城を訪れた。ポポロ市から鉄道を乗り継いで二時間。山間に浮かぶその姿は美麗ではないが荘厳で、城周辺、城内を見て回っては往時の人々の暮らしぶりに思いを馳せずにはいられない。



 オレはつい最近まで本に埋もれて暮らしていたから、かつてから歴代の王朝の勃興や衰退、そうした歴史に興味があった。一方のカレンはどうかといえば、観光地の一つとして一度は訪れてみたかった場所、くらいの感じ。ただ、山を登り、広い城内を散々歩かなくてはならないことに辟易してたが。カレンはちょっとびっこを引いてるから、あまり歩くのが得意じゃないんだよな。急ぐことを強要されてなければ、カレンは大体ゆっくり歩いていた。一歩々々を斜め前に出すような感じで。そんなだから、オレはカレンのペースに合わせて歩いた。見たい場所がたくさんあるからといって、じゃあ、何時にここで待ち合わせね、と言って別行動を採るわけにはいかない。なんだかんだで付き合ってるんだからな。



 カレンは本もほとんど読まなかった。一ページ読むと眠たくなっちまうんだとさ。そのくせ契約書の類となると熟読して内容をしっかり把握するのだから、文章を読むのが苦手というより、カレンにとっては本ってヤツが退屈なだけなんだろう。



 城の周りにはクリスマス市が並び、城を見て回ったあとは市場を見て過ごした。

 途中、カレンがお約束のように手を差し出してくる。

「お手々。」

 カレンはオレより二つ上。マトスやミーシアと同い歳で、ときどきというか、オレを年下の男の子という風に思っている節があった。お手々って言い方はないよな。

騎士ナイトは女性に献身的であるべきなんでしょぉ?」

「ああ、騎士ナイトはな。オレ、警備員だもん。」

「ダニーは私の騎士ナイトなんだから、私に優しくしなきゃダメッ。」

 そのプリプリした言い方が可愛いと思ったから、オレは素直にカレンの手を取った。

「今日は特別な日だからな。」

「やればできるじゃなぁい。」

 なんだかカレンも驚いてる。ってか、オレをおちょくってやがる。ま、いいけどな。手をブンブン振って、嬉しそうだし。

「じゃあ行こ。」

 カレンはそう言うとオレの手を引いて市場を歩き出した。



「今日のダニーは九〇点。」

 ロール町への帰路でカレンが言った。

「ふだんは?」

「三〇……五〇点くらいかな?」

「ふだんのオレはろくでもない奴だな。」

 言いながら、自分でも判っていた。今日は気合いを入れてカレンに気を遣ったことに。気合いを入れていないときのオレには、なにかが足りないんだ。¥

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