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9-14(222) 彼氏

 ナツミと二人になったのは初めてだったから、会社の今後のこととか尋ねてみたのだけれど、やっぱりナツミもなにも教えてくれなかった。



 向こうの世界。

 居場所。

 戦場。

 王。



 不可解な単語がオレの頭ん中で小蝿のようにチラついていた。タケシたちの様子から今日やってきた王ってのがみんなの国の王様なんだろう。だとしたら、ひょっとするとタケシたちは国政に関わる大変なことを仕出かそうとしているのかもしれない。

 時が来れば、タケシたちは自分たちの国に帰るんだろうな。そのとき会社はどうなるのか、オレの借金はどうなるのか……。



 そう遠くないうちに、みんな居なくなってしまいそうな気がする。



 その晩は誰かと話してたくて、結局カレンを頼ってしまった。

 カレンは毎晩お酒を飲んでるから、仕事明けのカレン宅は基本、誰でもウエルカムなんだ。誰もカレンのことを女として見てはいなくて、頼りになる親方のような存在として捉えていた。

「今日はタクヤさん休みだったの? 女の人と一緒だったけど、同じ会社の人?」

 カレン宅でお酒を飲んでるときに、カレンが尋ねた。

「ああ、タクヤさんは急用が入って休み。で、一緒にいたのはタクヤさんと同じ会社の人だよ。女性だけど、親方と同じで滅法強いんだ。」

「へ~。」

 なんだかカレンは面白そうじゃなかった。

「ねえ、ダニー。いい加減、親方って呼ぶのやめてくれない?」

「あれ? 親方って呼ばれるの厭だった? ごめん、みんなそう呼んでたからさ。」

「別に厭じゃないけど……いや、厭に決まってるでしょ? なんでみんな親方って呼んでんのか判んないけど。」

「それはカレンさんが誰にも物怖じしないし、間違ってることは間違ってるってちゃんと言えて、みんなの言いたいことを代わりに言ったり……つまり、頼りにされてるからだよ。あとは……体格かな。恰幅が良いから。オレは親方って呼び方は上手いこと考えたもんだと思うよ。」

「でも、カジノの人たちったら街中で会っても私のこと親方って呼ぶんだよ? お客さんにも親方って声掛けられるし……。親方ってなんだし。」

「みんなカレンさんのことが好きなんだよ。」

 みんなといっても、もちろん全員じゃない。中にはカレンと敵対してる奴もいる。小さな職場内でもくだらない派閥があって、人の出入りごとに繋がりを少しずつ変えたりして……、要は仕事の時間帯をより楽しく過ごすことを目的に結成された寄り合いのようなものか。楽しみ方は誰かを苛めたり陰口叩いたりとか、なんだとさ。

 これまでもそうした派閥に苛められてカジノを辞めていった給仕は多いらしい。そして、いまその標的にされてるのがカレンなのだが、ま、カレンはそんな奴らに負けてないからな。

「明日にでもみんなにも伝えるよ。親方禁止って。」

「なーッ、いいよ。ほかの人たちには親方って呼ばせとくわ。」

「は? 訳判らん。」

「判らんのかぁ? 馬鹿だなぁ。」

「なんか判らんけど、馬鹿でええわ。」

 なんだか判らなかったけど、カレンは満足したようだった。



 それからタケシたちの会社が面倒臭そうなことになってることなんかを愚痴りながら、チビチビやった。ま、愚痴ったといっても、オレの話は長続きしない。カレンの話を聞いてる方が長かった。自分のことを聞き上手とは思わないが、とにかくカレンの方で喋りまくってたからな。

 知り合いの話とか、昔のこととか、いろいろとカレンは話した。



 五時を回り、そろそろ帰ろうかと思ったとき、

「今日は泊まっていけば?」

 とカレンが言ったから、オレも眠たかったら泊めてもらうことにした。

 会社にはいつもの時間に顔を出せばいいんだし、急いで帰る必要もなかった。それに、明日は会社に行くのがちょっと億劫だった。

 雰囲気がなぁ……元に戻ってればいいんだが。



 カレンはベッドに、オレは床に毛布を敷いて寝っ転がった。

「寒くない?」

 暗闇の中、ベッドの方からカレンの声がした。

「ん、少し。」

 天井に向かって喋った。

「こっちにおいで?」

 あ? いまなんつった?

「なに言ってんだ?」

「寒いんでしょ? こっちなら温かいよ。」

 ちょっと女っぽい声音。

「そしたらそっちが床に寝るわけ?」

「ふッ、なんでそうなるしッ。」

「だって……。」

「いいから来なッ。」

「もう。」

 ちょっとビクビクしながらカレンが寝ているベッドに入る。ひょっとするといま、カレンは女になっているかもしれないんだ。

「ちょっと向こうに寄って。」

 とりあえずベッドにスペースを作ってもらわなければ。

 モソモソと端の方に移動するカレン。

 シングルベッドに二人は無理がある気がするんだが。



 布団を引っ被ると、カレンがオレの頭を撫でた。

「ちゃんと来たねぇ。偉いねぇ。イイ子イイ子してあげる。」

 うっざ。

「じゃ、おやすみ~。」

 オレはカレンに背を向けて告げた。

 ま、確かに床で寝るよりは温かいな。



 と思ったのも束の間。

 カレンがし掛かってきたもんだから、身体が圧迫される。

 くっそ。

 これじゃ冬眠中の熊の寝返りに押し潰される憐れな子猫みたいなもんだな。

 だが、一方でオレは思ったんだ。



 カレンが女してるなら、オレは男にならなきゃならないんじゃないか?



 で、なんやかんやあったわけ。



 そして、オレは昼前に起きて、帰宅して会社に出た。

 タケシたちの様子はいつもと変わりなかった。あれからどんな話があったかは聞けない。とはいえ、今後の会社の動向くらいは知っておきたかった。



 タケシたちの様子はいつもどおりだったが、カジノへ出てみるとカレンの様子がいつもと違っていた。

 しばらく話してみて気が付いた。

 いつのまにかオレはカレンの彼氏に認定されていた。

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