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9-12(220)

 男とタケシが奥の部屋へ籠ってから一時間。



 誰も男とタケシがなにをやってるかについて、触れようとしないから、オレもそのへんの情報を得られない。あの男が何者かってことについて、特に気にする必要はないけれど、あのタケシに臆することなくモノを言えるというのがオレに尊敬に値した。オレだってタケシに対してあのような横暴な態度は取れない。



 しばらくして男とタケシが奥の部屋から出てきた。

「あんたには一定の感謝はするけど、これ以上はこっちの問題じゃけえ、余計な口出しはせんでくれや。」

「判らん奴だな。僕はお前らの国のことを心配して言ってんだぜ?」

「その気持ちだけありがたく受け取っちゃるけえ、それでえかろうが? あんたへの礼は忘れんわい。ほいじゃけどの、こっちのやり方についてはとやかく言われとうないんじゃい。」

「確かにこれはお前らの問題で、僕は関係ないさ。」

「ほうじゃい。じゃけえ、もうなんもせんでええけんの?」

「おう、判ったよ。ふんッ、まずは戦線が西にできるか東にできるか、そこから見届けてやらぁ。」

 男が乱暴にドアを閉めて出ていった。

「クソ野郎が……。タクヤッ、外に塩撒いとけッ。」

 タケシはあの男に腹が立って仕方ないといった様子。タクヤと女たちはお互いに見合いながら、そんなタケシの様子に呆れている。アキが居ても立ってもいられぬという感じで外へ飛び出していくと、タケシの機嫌がさらに悪化して、みんなは触らぬ神に祟りなしといった具合にタケシのことを見ないようにして仕事の手を動かした。

 この人たちがこんな重苦しい雰囲気を醸し出すのは初めてだ。



 五時過ぎになり、オレとタクヤは店を出てカジノへと向かった。

 雪は降り続いている。

「足元気を付けえよ。」

 雪に少し滑ったタクヤが照れ隠しなのか、そう言った。みんなに踏みしめられた雪は氷に変わっている。

「今日店に来た男は誰なん?」

 それまで黙って歩いてたから、声を掛けられたのを機に尋ねてみた。

「あいつは……よう判らん。」

「判らんって?」

「そのまんまの意味よ。あいつが何者なんか、よう判らん。」

「よう判らん奴って割にはなんか偉そうだったけど?」

「まあ、変わった奴じゃけえ。ほじゃのう、あんなら、隣近所の世話好きのおっさんくらいに思っとったらええよ。」

「ふ~ん。」



 ローン駅で汽車に乗り、フール町へ。



 汽車から下りて、一度途切れたさっきの話を蒸し返した。

「これからする質問が詮索に当るなら、そう言ってほしいんだけど……。」

「なんない?」

「さっきの男が言ってた、向こうの世界ってなんなん?」

「は、お前そりゃ、聞くまでもなく詮索じゃろぉ?」

「だから詮索に当るならって一応聞いたんじゃん?」

「まあええわ。」

 案の定、この手の情報はオレにはくれないんだ。



 六時になり、カジノのオープンに合わせてオレたちの仕事も始まった。



 雪の日だってのに、客足は遠のかず店内は連日どおりの賑わい。とはいえ、騒ぎを起こす奴がいなけりゃ、賑わっていようがいまいが、オレに仕事はないんだとタカを括っていたのに、なにやらポーカーのテーブルの方が騒がしい。なにかあったのかと野次馬根性丸出しで期待混じりに駆け付けてみると、客の一人が女性ディーラーに向かってインチキだのイカサマだの喚いていた。周りの連中は見苦しい男だと思っているのかもしれなかったが、オレにはそうは映らなかった。あの男の姿はかつてのオレの姿。ああして喚いているのはあの男のせいじゃない。あの男を喚かせたのは、いま委縮して被害者面しているあの女性ディーラーで間違いないんだ。あの男がどれほど参ってしまってるのか、きっと誰も判っちゃいないんだ。周りの連中は明日の朝、男の死体がカジノの傍に横たわっているのを見て、きっと馬鹿だのアホだのザマ見ろとか言うんだろう。

 そんなだから、オレは迷ってしまった。男を止めるべきなのか、男に非難めいた視線を注ぐ周りの連中を叱るべきなのか……、女性ディーラーを罵倒すべきなのか。次に、男はこの先の絵を描いてるのかどうかが気になった。男の狂言が喚いて黒服にとっ捕まって幕なのか、それとも女性ディーラーに一矢報いて幕なのか……もし喚いたあとに続く演目が用意されているのなら、それを果たさせてから男を止めに入りたかった。ただ、いま言える確かなことが一つ、オレは警備員失格だ。



 男が立っているのは舞台じゃない。オレが観客然として成り行きを見守っていても、予期せぬところから新たな演者が現われる場合だってある。

 男と言い争いを始めたのはカジノの給仕だった。

「あんたも男ならキャンキャン喚いてんじゃないよ。負けたもんはしょうがないでしょぉ? ちょっと負けが込んだからって文句言ってんじゃねえよ。」

 給仕は強気に男を非難した。周りの連中はヒヤヒヤしながら二人の様子を見ているばかりで、誰も二人の仲裁に入ろうとしない。ここに居たってオレは判らなくなった。周りの連中もひょっとすると男を応援してたりするのか?

「うっせえッ。オレが何連続負け続けてるのか判ってんのかよッ。インチキでなけりゃ、あり得ねえ。」

 男も給仕に言い返す。

「博打なんてそんなもんさ。みんな負けてんだよ。引き際を弁えてるかそうでないかの違いだけさ。あんたは負けちまったんだろ? じゃあ、もうさっさと帰んなッ。みんな迷惑してんだよ。」

「ああ? なんでお前に指図されなきゃならねえんだ? 殺すぞ?」

 そう言って男が光りモノを取り出した。きゃあああッと周りの女から悲鳴が起こる。なんで刃物を突き付けられてる給仕は黙ってんのに、関係ない奴らが悲鳴を上げてんだ? オレは周りで一々騒いでる奴らを真っ先にぶん殴ってやりたくなった。とはいえ、さすがに刃傷沙汰はマズイな。

「へえ? 兄さん、女に刃物向けてなにいきがってんだか知らないけど、やれるもんならやってみなよ。あんたの男が下がるだけだから。」

 給仕も強情だった。刃物を見て少しは大人しくなるかと思ったが、とんでもない女だ。急がないと、血を見る羽目になりそうだ。

「チッ。相手が女だからってなにもしないとでも思ってんのか?」

 男の刃物を握る手に力が入る。女が唾を飲む。ああ見えて、女も内心ヒヤヒヤしてるんだろう。

「おい、そこまでにしときな。」

 そう言って男の肩を叩いたのは、男の隣の椅子に座っていた男だった。

「兄さん、刃物を出したら兄さんの負けさ。姉さん……負けん気が強いのはいいが、強情を張るなら相手を見てからにしないと、いつか痛い目に遭うぜ?」

 結局、その男が喚いていた男を店の外に連れ出したので、大事には至らなかった。

「ふえ~ん、怖かったぁ。」

 給仕が女性ディーラーに嘘とも本気ともつかないことを言った。

「怖かったぁ、じゃないですよ。でも、ありがとうございました。」

 女性ディーラーも給仕の言葉に呆れているようだった。



 騒動が落着してしまったので罰が悪かったが、オレは一応、ポーカーのテーブルに顔を出した。

「なにかありました?」

 女性ディーラーに白々しく尋ねてみた。一部始終見ておきながら現場に駆け付けなかったとなると、その方が問題だと思ったから、あくまで知らない振りをした。

「おめえ、来るのが遅せえんだよ。なにやってんだよ? ちゃんと仕事しろよ。」

 給仕が畳みかけるようにオレに悪態を吐く。悪態? この場合は正論か。いや、でもオレは女性ディーラーに尋ねたのであって、決して給仕に尋ねたわけじゃない。

「いい? 私が命懸けで狂人からこの子を守ったの。」

「ああ、そうだね。確かに、男と姉さんが言い合いしてるのが見えたよ。」

「じゃあ、明日のお昼奢ってよ。」

 はあ? それじゃオレが強請ゆすられてるようなもんじゃないか。これはオレ、怒っていいのか? でも、その給仕の可愛らしい要求に周りの連中は和んだのか、微かに笑いも漏れている。これは断るに断れないな。

「オーケー。判ったよ。」

「い~い? 私、命を賭けたの。私の命はおいくら万クランなのかしら?」

 また周りから笑いが起こる。



 誰かがオレの尻を叩いて言った。

「兄ちゃん、高く着いたなぁ。給料何ヶ月分のお昼をご馳走させられるのかな?」

 おいおい、性質の悪い冗談はやめてくれ。

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