9-11(219) 来客
タクヤたちと過ごし始めて一ヶ月が過ぎた。
警備の仕事は任されたエリアで諍いなどが起きないように目を光らせるだけで、これまで危ない行動に移した奴なんて一人もいないから、実質まだなにも仕事らしい仕事をしていないような感じだった。
初任給は五クラン。そのうち三クランを返済に充てたから、二クランが手元に残った。家賃はタクヤたちの会社持ちだから、二クランでも十分過ぎる額だった。十二月になり、ローン町に吹く風も冷たくなってきたし、時候においても金銭面においても炭坑から抜け出せてよかったと改めて思った。
なにしろ店内をフラフラしてるだけで金になるんだ。なにもせずに長時間を過ごすことだけは辛かったが、肉体労働よりはマシ。とはいえ、深夜二時が閉店なので、朝と夜が逆転するとまではいかなくても、オレの生活の中での日照時間は確実に減っていた。炭坑と違い、自由な時間がある分、生活のリズムが狂ってきたことが気になった。
それに、タクヤたちは非番でも遊び歩くことなく地味な生活を送っていたから、一緒にいても外で居酒屋に入ったりすることなどなかった。酒は安酒を部屋で飲むだけ。女とも無縁。店には女もいたが、誰と誰が付き合ってて、とか、誰と誰が夫婦で、というのはないようだった。みんな同じ会社の同僚というだけ。みんな稼ぎの割に、驚くほど質素に暮らしていた。
「ねえ、なんでタクヤたちってお金持ってんのに使わないんだ?」
この程度の質問ならば詮索には当らないだろうと思い、尋ねてみたことがあったが、
「ワシら別に遊んだり贅沢しとうて金稼ぎようるわけじゃないけえ。」
とのこと。じゃあ、なんのために? というのは、おそらく詮索に該当すると予想されたので、そのときは「ふ~ん」とだけ返しておいた。タケシに釘を刺された“ 詮索しない ”という縛りのおかげで、タクヤたちとの会話はときどき円滑に進まないんだ。
詮索をこちらからしなくても、店内にいれば自然とタケシたちの会話も耳に入る。この前タクヤから聞いてた新製品が来年早々発売予定だとか、仕事の依頼は増えても人員が不足しているからオレみたいなのをあと二、三人増やしたいだとか。ま、いずれもオレにはほぼ関係のない話だから、オレが店内にいても大声で話し合ってるのかもしれないが。
十二月三日、雨。あまりに寒くて雨が雪になるんじゃないかって天気だった。
その日もオレはタクヤとともにお昼にお店に入った。お店には暖炉があって、薪が赤々と燃えて広い店内を温めていた。カジノの警備が始まる午後六時まで、店で適当に話したりほかの人の仕事を手伝ったりしながら時間を潰すのが常。ただのお手伝いに過ぎないから、みんなオレに感謝しながらやり方を教えてくれるし、なにかヘマしても怒られることもなく、気楽なものだった。どちらかといえば、この時間は楽しかった。
今日は女性たちが主に担当している葉っぱの紙巻き作業を手伝っていた。といっても、葉を巻くのはコツがいるらしく、オレは葉を巻くためのペーパーをひたすら裁断する作業に没頭していた。ガシャ、ガシャ、ザク、ザクと裁断機を動かす音が店内に響く。タクヤも刻まれた葉を巻く作業を手伝いながら、女たちとお喋りしている。
「あ、雪じゃがッ。」
窓の方を向いて作業をしていたユキコがはしゃぐように言う。
「ホンマじゃ。まあこがに寒かったら雪も降るわいのう。」
タクヤも窓の方を見て言う。
「う~、寒いのは苦手だにゃ。」
数少ないまともな言葉遣いをするアキ。大体まともなのに、ときどきまともじゃなくなるんだよな。にゃってなんなんだ?
「炭坑からこっちに移ってこれてよかったぁ。雪山ん中で追っかけっことかしたくないけえのぉ。」
とタクヤ。
「雪の日に脱走する奴もおるまあ? ま、降り始めとかならがんばろって気になるんかもしれんけど。」
タクヤの言葉にユキコが異を唱える。
「といっても、炭坑の見張りってほとんど小屋の中にいるんでしょ? それに逃げる奴も少ないっていうし、別に冬でも問題ないんじゃない? それに見張り以外でやれることもないし、ゆっくり快適に過ごせそうだけどにゃ。」
にゃあにゃあ族の一派であるナツミが凄いことを言う。山小屋の中が快適だと?
「そりゃあナツミが真面目じゃけえよ。時間を有効に使うんはええが、いっつも仕事に精を出しようったら疲れようが? ときどきしっかり休むんも仕事のうちで?」
タクヤが良いことを言う。
「そうよ。ナツミはがんばり過ぎよ。」
タクヤに同意を示すアキ。
タクヤの話ではこの女たちでさえ、オレより強いだろうとのこと。ただ、腕っ節はあっても女は警備の仕事には出さない。強いことが悪目立ちしそうだし、信用とか偏見の問題もあるらしい。例えば、女だから舐められ、睨みが効かなくって諍いが起こったりとか。
お店に来客があったのはそんな午後の平和なひとときのことだった。
不躾に扉が勢いよく開き、冷たい風が店内に入ってきた。
同時に一人の男がツカツカと遠慮なく店に入ってくる。
ロングコートにマフラー……完全に冬の装いだ。そして、帽子を着けていない。
オレの知らない顔だが、みんなは面識があるんだろう。誰も男に対し、「いらっしゃいませ~」とか言わないからな。
男の入店と同時に店内は静かになった。
みんなが男の挙動に注目してるんだ。
店内に入り、扉を閉めた男は店内をぐるりと一瞥すると、オレの傍までやってきた。
「帽子を被ってないな?」
男はオレを見てそう言った。言葉の意味がよく判らなかったが、オレは新参者なので返事も含めて軽く会釈した。もしかするとこの男、この会社で……実際は会社かどうかも知らないが……偉い人なのかもしれないし。
「この子はどうしたんだ?」
男がオレの傍にいるタクヤたちに尋ねる。言葉遣いもまともだ。
「ベリア炭坑でこき使われようったけえ、助けちゃったんよ。」
タクヤが返事する。
「で、いまはお前らがこき使ってるってわけかい?」
「別にこきは使ようらんのじゃが。」
タクヤをギロリと睨む男。
「ちゃんと賃金を支払って、仕事してもらようるだけよ。」
「タクヤさんはそう言ってるが、本当か?」
今度はオレに尋ねる男。
「ああ、そうだよ。ちゃんとお金は貰ってる。」
オレの回答にも男は満足していないようだった。視線を落とし、なにか考えてる様子。
「よく余所の人間を雇う気になったなぁ?」
男がタクヤに言う。
余所のって……オレは元々ローン町在住だから、そんな余所者ってほどでもないんだが。
「その子は特別なのよ。それに、その子も借金を抱えて大変な時期だったし……その子以外に私たちの仕事を手伝ってもらおうとかは考えてないわ。」
アキが男に説明すると、男は「そうか」と一言呟いて、店内をさらに奥の方へ進み始めた。男に話すときのアキは若干焦っているように見えた。一体、あの男は何者なんだ? そう尋ねれば、詮索するなと言われるのがオチなんだろう。
男はタケシさんの前まで行くと、ピョンと飛び跳ね、タケシさんの机の上に腰を下ろした。
「よお。」
男が上からタケシに挨拶する。
「なに机の上に座りょうるん?」
質問しているタケシも心中穏やかじゃなさそう。
「ふん、今日はイイ情報を持ってきたんだ。お前らに向こうの世界での居場所を作ってやったぞ。」
向こうの世界?
居場所?
これもオレには判らない話のようだ。
「居場所って……どこなん?」
若干面喰ってるタケシ。
「戦場だ。」
物騒な男の言葉にタケシは言葉を詰まらせているよう。そんなタケシの肩を叩きながら男が言う。
「な? 朗報だろ? ちったぁ嬉しそうにしろよ。海賊ども。」




