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9-9(217) また買われた

 結局、二人の男からは逃げられなかった。

 抵抗した挙句ボコボコにされてしまっては敵わないから、大人しく相手の言うことに従って無抵抗でいたら、なにもされずに済んだ。



 捕まった跡は二人に両脇を固められ、オレはまた炭坑へと戻ることになった。



 炭坑の事務所に顔を出すと、サンタナがオレに「あとで作業員の目の前で折檻を喰らわせてやる」と冷酷に言い放った。特に怒鳴るでもなく、あくまで事務的に、まるで日ごとの流れが決まった作業を申し渡すかのように。

 それでも際限のない暴力の果てに殺されるよりはマシかと思えたのは、隣に突っ立ってる二人の男が化物だったからだろう。化物に食い散らかされるのだけは御免だ。



「のお、サンタナさん。ちょっとモノは相談なんじゃが……。」

 男がサンタナに声を掛け、サンタナが男の方を見た。

「この餓鬼、ワシらに譲ってくれんかいや?」



 サンタナと二人の男の話し合いの末、オレは今度は二人の男に買われた。

 借金一〇〇クランは二人があっさりとサンタナに支払った。オレが働いて引かれた分が計算されてないじゃないかと思ったが、この際そんなはした金はどうでもよかった。

 オレとしてはサンタナに返済すべきであろう一〇〇クランなんてとうの昔に踏み倒してやると決めてたし、それはこの二人に対しても同じだった。オレが金を借りたのはフール町にいる金貸しであって、そいつへの返済はとっくに済んでんだから。

 あっちこっちたらい回しされてる間に、また一つオレの金銭感覚はおかしくなったようだ。

 サンタナは一〇〇クランを受け取ると、もうオレに用はないとだけ言い捨てて事務仕事に戻ってしまった。

 オレも二人の男に促されるままに小屋を出て、炭坑をあとにした。ここに未練はない。勤続十五年以上の男は勤続三〇年以上の男をめざすんだろうさ。



 山を下りながら振り返って炭坑を眺めてみて、ようやくなんの色眼鏡もなく炭坑の姿を捉えることができた気がした。炭坑は辛い場所ではなくなった。だが、今度はまた新しい地獄が待っている。その地獄はこれまで何気なく歩いていた通りだったり、興味さえ示すことのなかったふつうの家屋だったり、大抵そんなとこなんだ。

 ほかの奴らにはそこが地獄なんだってことが判らなくて、知るは過酷な状況に喘ぐ当事者ばかりってさ。ほかの奴には、誰かにとっての地獄も自分の見る世界と同じ世界が広がってるだけのようにしか見えないんだ。ま、そんなもんさ。オレも前までそうだったんだから。



 山の麓近く、山道の脇に建てられた小屋に立ち寄る二人の男。中に入ると二人の仲間と思しき数人の男がいた。

「おう、今朝方捕まえた餓鬼なんじゃけど、面白いけえうてきたで。」

 小屋に入るなり男が告げる。

 事情を知らない連中はいまいち状況を飲み込めていないよう。

「挨拶せえや。」

 男がオレの背中を押してみんなの前に歩み出る恰好に。挨拶って、なんて言えばいいんだ?

「どうも、ダニーといいます。よろしくお願いします。」



 挨拶もほどほどにオレと二人の男は小屋をあとにした。

 どうやら小屋には仲間に遠出する旨を伝えるためだけに寄ったようだ。



 山を下りた。

「これからポポロ市のローン町まで歩くけえ。」

 オレが住んでた町じゃないか。

 以前は職人見習いとして暮らしてた町で、今度はオレは何者になって暮らすっていうんだ?



 道中、男たちからの質問攻めに遭った。

 オレが何者なのか?

 強さの秘密はなんなのか?

 なぜ炭坑に連れてこられたのか?

 なぜ一〇〇クランの借金を作ったのか?

 何歳なのか?

 等々。



 オレの身体能力の秘密については教えられなかったが、そのほかの質問に正直に答えたところ、どうやら二人ともオレのことを気に入ってくれたようだった。おそらく一六歳で博打に嵌って、たかだか一〇〇クランの借金で炭坑に売られたという逸話が彼らの琴線に触れたのだろう。

「お前みたいな向こう見ずな奴は結構好きじゃわ。」

 って言ってたからな。

 それにしても、この男たちの喋り方はどこの国の言葉なのか、聞き取り辛くて困った。言葉の半分がまったく理解できないということもあった。ま、当人たちは自身の喋り方についてまったく気にしていないようだったが。



 ローン町のとあるアパートの一階、貸し店舗に男たちは入っていった。

 広々とした店舗スペースには机と椅子が数脚、ほかうず高く積まれた箱が空間を圧迫していた。まるで事務所兼倉庫といった趣。内装のペンキは剥げた箇所が散見され、ここで接客をするような雰囲気ではない。

 特に目を引いたのはここにいる連中が一様にバンダナだの頭巾だの帽子を身に着けていることだった。部屋内とはいえ、数人が帽子というだけならそこまで違和感はないが、さすがに全員となると不自然極まりない。思わずここは帽子やバンダナの会社なのかと聞きたくなるほど。



「そういやダニーは煙草はやるんかいのぉ?」

 男の一人が貸し店舗に入るなりオレに尋ねた。

「いや、たまに気が向けばってだけ。」

 すると男が煙草を一箱寄越してきた。「これワシらの煙草」だってさ。机の上では煙草の葉を紙で巻く作業も行なわれているから、おそらく彼らは煙草の製造業者なのだろう。箱には“ アナザー・ワールド ”の銘。意外なところで流行りの煙草の製造業者に出会ったものだ。

「へえ、こいついま流行ってんだってね?」

 オレは煙草の箱を見ながら言った。

「へ、その煙草は美味いけえ。ま、吸ってみいや。」

 今度は男の手からマッチが出てくる。

 最近吸ったばかりだから、むせるせようなことはなかったが、それでも味についてはまったく判らなかった。なにしろオレは煙草といえば“ アナザー・ワールド ”しか吸ったことがないからな。

「ああ、美味いと思う。」

「ほうじゃろ?」

 男は満足そうに言いながら、自身も煙草に火を点けた。

 それからオレを連れて店内を歩き、ある男の前で立ち止まった。

「タカ、この餓鬼、炭坑におったんじゃが、面白いけえおてきたんよ。」

 タカと呼ばれた男がオレの方を見る。

「なんが面白いん?」

「ダニーいうんじゃがの、こいつ、クソ強いんよ。」

「クソ強かったら捕まりゃせんのじゃが。」

「じゃあ、ほどほどに強いんでええわ。とにかく、人間離れした運動神経しとるん。」

「へえ。」



 二人の男がオレを話題にして楽しそうに喋ってやがる。

 オレはこれから、一体なにをさせられるんだろう?

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