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9-5(213) ぼったくり

 炭坑に来て一週間もするとあんなに恐怖したここでの生活にもだいぶ馴染んできた。仕事は肉体労働で単純な作業しかさせてもらえないから問題なかったし、炭坑に連れて来られた馬鹿な若者ってレッテルを貼られて、大抵の者はそんなオレを面白がり、優しくしてくれた。

 食事は朝、昼、晩、きちんと用意されていたし、内容も酷くはなかった。朝は黒パンにバター、チーズ、玉ねぎやジャガイモのスープ、昼は黒パンにバター、チーズだったり茹でたじゃがいもにクリーム、野菜の酢漬けだったり、晩は黒パンにバター、チーズにスープ、野菜だったり……というように、特に良いわけではないが、酷くもないといった具合。



 第一印象はアテにならないな、と思った。




 初日に、地獄に落とされたように感じてしまったのは、周りの人間の得体が知れなかったからだろう。あと、部屋の見てくれとか、臭いとか、いろいろとウンザリさせられる材料に富んでたからな。

 だが、周りの連中と付き合ってみれば、オレと同じ血の通った人間なんだと判って安心できた。



 同じ掘っ立て小屋に暮らす面々は誰もがオレと同じように借金で首が回らなくなった奴ばかり。

 博打のせいだったり、酒のせいだったり、詐欺に遭ったとか、事業を起こそうとして失敗したとか、理由は幾通りかあったが、一つだけ共通してるのは、みんなどうしようもない奴らだってことだ。

 長いのになるともうこの炭坑で一五年以上働いてるってんで、さすがに借金も返せたろうと尋ねると、



「オレたちの稼ぎだとなかなか借金も減ってかねえのさ。それに、なにしろオレたちの借金はいまも増え続けてるしな。」



 男は微笑を浮かべてそう答えた。



「ここでも博打とかやってんの?」



 いまも増え続けてるとなると、そういうことしか思い浮かばない。



「いや、博打の真似事ならときどきやるが、タネ銭がほとんどねえからな。そんなので借金は増えやしない。こう、もっと堅実に安定して、ちょうどいい塩梅で借金は増えてんのさ。」



 男の言ってることがよく判らなかった。オレがまだ腑に落ちないといった顔をしてるのを見て、男は面白がってるようだった。オレがさらに追及しても、男はもう答えてくれない。「しばらくすれば判るさ」と言うだけ。



 その男のほかにも何人かに同じことを尋ねてみたが、誰も真面目に答えてくれない。



 最初の一週間でオレに支払われた賃金はたったの三クーだった。

「これだけ?」

 素っ気なく渡された三クーを数えて、思わず口にした。

「ああ、お前に渡せるのはそれだけだ。ほかはここでの食事代や部屋代、諸経費に充てられてるからな。ああ、あと、お前の場合は借金の返済金だな。」

「借金がいくら減ったのか教えてもらえませんか。」

 事務方の男がペラペラと帳簿を捲る。

 どうやら教えてくれるようで安心した。

 まもなく、男は帳簿を見ながら眼鏡をクイッと持ち上げると、



「お前の一週間の稼ぎが一〇五クー、そこから食事代で三十五クー、部屋代二十一クー、諸経費で一〇クー引いて、三クーをいま渡したから、三十六クー。お前の借金返済に充てられた額は三十六クーだな。」



 淡々と読み上げるように言った。



 三十六クーということは、借金が一〇〇クランで一クランが一〇〇クーだから、単純計算で……一二百七十七週間ッ?

 待て待て、単位が小さいからブッ飛んだ数字になるんだ。月に直すと……六十九カ月ッ?

 最早計算するまでもなく五年以上かかることが明らかになり、目の前が一瞬真っ暗になった。



 こんなところで……五年以上も週三クーでこき使われるのか……。



 いまさらながらに一〇〇クランという金額の高さを思い知らされた。

 ホイホイと金貸しの口車に乗せられてお金を借りてしまっていた一週間前までの自分の気楽さが恐ろしくなった。いや、あのときは勝てば一〇クランだろうが一〇〇クランだろうが簡単に手にできたんだ。その手軽さに魔が差しただけなんだよ。

 それよりなにより、差し引かれた食事代やらなにやらはぼったくりじゃないか? あんな狭くて薄汚い六人部屋が日に三クーだと? 食事代だって最低限のもので日に五クーも取るなんてッ。五クーもあれば、もう一品デザートでも付いていいんじゃないか?



 たちまち絶望の淵に追いやられて、あるアイデアが想起される。



 逃げ出しちまおうかな。



 ブンブンと首を振ってその考えを追い出した。

 我ながら最低だと思った。

 どこでも寝られるなら、なにもここでなくてもいいじゃないかって思っちまったんだ。

 そういうことじゃないのにな。オレの周りの奴らだって、真面目に働いてるってのに、つい一週間前まで地獄だなんだとここの連中を心のどこかで侮蔑していたオレがそんな考えを抱いちまったら、オレはもう立ち直れなくなっちまう。



 オレはその日の夜、同じ部屋の奴らに言った。

 返済のことについて尋ねても、肝心な部分を教えてくれなかった連中だ。



「さっき、事務の人に聞いたんスけど、オレ、五年でここを出ますよ。」



「おお~、五年たぁまたえらく早いな。よかったじゃないかッ。がんばれよ。」

 一人が大層驚いたように目を丸くした。

「いいなぁ、たったの五年かよ。」

 さらに一人が羨ましそうに言う。

「ふん、お前がいくら借金を拵えてるのか知らねえが、オレはここを五年で出て行った奴なんて見たことねえな。」

 十五年以上、ここにいる部屋の主がボソリと言った。

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