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8-29(208) カード作り③

 一〇枚目のカードを持つ手の指先が震えている。

 一枚目はどってことなかったのに、回数を重ねるごとにカードに気を込める作業がとてもキツイものなんだと判った。ウッと気を込めて、ふうっと一息吐く。

「案外キツイだろ?」

 草を枕に寝そべる小夜さん。

「はい、全部に術を込めるとなると、もしかすると今日中はムリかもしれません。」

「いいさ。」

「追手とか大丈夫ですか?」

「追手ってッ。ま、ここが見つかったらこれで一足先に向こうへ逃げるさ。」

 小夜さん、そう言って一枚のカードを眼前に掲げる。

「そうだ、できた分は?」

「あ、こっちのがそうです。」

 カードの束を示すと、小夜さんそこからカードを三枚取って、小夜さんの屋敷にいた三人に渡した。

「お前らも、誰かがここに来たらすぐカードを使え。場所はどこでもいいが、この国の仙道と術師全員が敵だと想定して逃げろ。……葵。」

「はい?」

「リリスの私の部屋に行き先を設定したカードを作れるか?」

「それは実験してみないとなんとも言えませんね。いまのところ、できませんとしか言えませんが。」

「そうか。ま、そうだよな。」

「申し訳ないです。」

「ん、いいさ。」

 言いながらまた寝っ転がる小夜さん。



 次の一枚を手に取り、気を込めようと試みたけど、上手く気が流れない。チッ、もうムリだ。

「すいません、打ち止めですわ。」

「そうか、まあ、横になれよ。」

「はあ。」

 疲れてたから一休みって感じだけど、正直、草っぱらで寝っ転がるのは趣味じゃない。ふう、星がキレイ。

「カードは全部もらってくよ?」

 横から小夜さんの声がした。

「全部?」

「そう。んで、できるだけカードは作るな。」

「え? そしたらカードを作れるようになった意味がないじゃないですか。」

 小夜さん、ここにきてなにを言ってるんだ?

「いま、こっちでカードを持つのは危険だからさ。」



 いままでは聖・ラルリーグにカードの存在を知る者はいなかった。だが、いまは大抵の者がカードのことを知っている。だから、仮に私がカードを持っていても、絶対に誰かにそのことを知られるわけにはいかない。とはいえ、人間だからどこでヘマをするか判らない。それで、小夜さんはカードを全部リリスに持っていくと言ったんだ。アパートを訪ねてくれば、そのとき帰りのカードを渡してやるってさ。もしくは、異世界に行く直前に一枚だけ作れって。カードについて、小夜さんはことのほか口うるさかった。



「もし、異世界に行きたくなったらまずは爺さんに相談しな。それでダメだったら、カードを作れ。」



 石橋を叩いて渡るって表現がピッタリなやり方だ。

 カードはきちんと向こうで保管しといてやるっていうから、迷いつつも小夜さんの提案を飲んだ。



 それから小夜さんは、カードを作れるようになった意味を考えろと言った。私が術師として成長したってことじゃないですかねぇと言えば、そういうことじゃないと一蹴。カードが真価を発揮するのはなにも異世界だけじゃなくて、こっちでだってカードがあれば誰もが術を使用できるんだ、とか、そういうことを考えろということらしい。なるほど、小夜さんもいろいろと考えてるんだね。



 私と小夜さん、草っぱらに寝転がったままの会話は続く。今度はこちらから気になってたことを質問したみた。

「カードが危険なものだって判っていながら、なんで私にカードの作り方を教えようと思ったんですか? 確かこないだまでは教える気なんてサラサラないって感じでしたよね?」

 くあ……ふう、横になってると眠たくなったくるね。

「葵と玲衣亜が私んチに来た日があるじゃん? あの日からずっと玲衣亜と伊左美が入れ替わり立ち替わりやってきちゃあ、私に向こうに行けって言うんだ。旅費は払うからって。」

 監視の人らがいるから言葉をところどころ変えてるのね。でも、二人ともそんなことしてたんだ?

「来る日も来る日もそんなことされてみろよ。鬱陶しくて仕方ないから、思い切ってリリスに戻ることにしたんだ。その方が私としてもいいし、監視付きの生活なんて窮屈で仕方なかったしな。」

「でも、さっきの旅費っていうのは、転移の術のカードのことですよね? それがあれば私にカードの作り方なんて教えなくっても、リリスに帰れるじゃないですか。」

「そりゃ、そうなんだけど……、玲衣亜たちにもカードは必要だろうし、それに……。」

「それに?」

「片道切符じゃあ、もうこっちに戻ってこれなくなるだろ?」

「いや、監視を振り切って逃亡した時点で、もうアウトじゃないですかね?」

「ちょっと戻ってくるだけなら、問題ないさ。」

 さっきまでカードのウンチクを語ってた人と同一人物とは思えない発言だわ。ま、いいんだ。転移の術のカードがないと、寂しくなったときが辛いもんね?

「そしたら、これでお別れってことにならずに済みそうですね。玲衣亜さんたちとも。」

「まあ、な。」

 お、もしかして小夜さん、照れてるんですか? 意外と可愛らしい部分もあるんじゃないですか。



 続いて、カードの作り方がなぜ判ったのか? これは素朴な疑問ね。

 で、答えは観察と閃きと経験のおかげ……らしい。

「カードをよく見れば不純物が混ざっているようだったし、触り心地もザラザラしていた。転移の判も顔料とかの朱ではなくて、乾いた血のようだったし。それに天眼石は元々気をよく吸う石だと知ってたしな。」

 もちろん、最初から正解したわけじゃないとのことだったが、知ってたから試すこともできたんだと小夜さん。さすが、伊達に長生きしてるわけじゃないのね?

「でも、カードの作り方を聞いてて思ったんですが、天眼石と術師の血があればカードにしなくてもカードと同じ効果を発揮させることができるんじゃないですかね?」

「確かにな、それはあるかもしれない。」

「試してみました?」

「いや、やってない。というか、試す必要がなかったからな。相楽一がカードという形にしたのには意味があると思ってる。いざ術を使いたいというときに一々石に血を垂らしてなんてやってられないし、カードなら持ち運びも楽だし管理するのも簡単。人に渡すこともできる。」

 なるほど、小夜さんったらホントによくカードについて考えてたのね。

「そして、なにを用いて術のカードを作ったかが判り難いから、簡単には真似されない。だから、たぶん、相楽一もいろいろ研究した末にこの形に行き着いたんじゃないかってね?」

「かもしれませんね。」

 その話を最後に、私たちは眠りに就いた。いまが夏でホントによかったと思う。冬なら死んでたわ。小夜さんを置き去りにして帰宅なんてできないしね。



 そして、次の日。

 転移の術のカードを仕上げると、小夜さんたちは早々に向こうに出立するというので、四人の旅支度が整うのを待ち、いざリリスとなったとき、私は賭けに出た。

「小夜さん、向こうへ転移するのなんですが、お代は五〇〇〇ロッチになります。」

 小夜さんの流儀に従い、術を融通するのもビジネスライクに、ね? それにマーカスさんがいなくなったから、運送業を再開するのに馬とかほしいし。

 お代を請求されたことに驚く小夜さんに私がビジネスだからと伝えると、小夜さん、なにを勘違いしたのか「葵には負けたよ。虎の借金は半値に負けてやる」とか言い出した。え? それは結構なことだけどちょっと違うんですが。でも上機嫌な小夜さんに誤解ですとも言い出せず……とほほ。



 準備が整ったところで、リリスのアパートに転移した。

「小夜さん、またこっちへくるときはこのアパートに寄るんで、ちゃんとここに住んでてくださいよ。」

 念のために釘を刺しておく。ひとまずカードは全部預けちゃうわけだし。

「ふ、ああ、そうするよ。前も四人で暮らしてたからな、問題ない。」

 そう言って連れの三人を窺う小夜さん。三人ともここで暮らすことに異論はないみたい。

「あと、一応、言っとくんだが。私にはもう、聖・ラルリーグに居場所はない。葵も、いまは大丈夫だが危うい立場にあることは肝に銘じておきな。お互い脛に傷を持つ身だが、ま、玲衣亜たちの働き次第で脛の傷だって勲章に変わるときがくるかもしれない。……つまり、その、がんばれよ。」



 おお、鬼教官にはおよそ似合わない台詞にグッときますわ。

「もちろんッ、がんばりますよッ。」

 それから小夜さんに靖さんがエルメスで暮らしていることだけを伝えた。



 聖・ラルリーグに戻った私は疲れと汚れをを洗い流すために温泉に行って、帰宅してベッドに入った。

 ああ、布団が気持ちいい。



 小夜さんも今晩は良い夢見てね。

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