8-28(207) カード作り②
場所を一っ子一人いない山中に移して術の稽古。
小夜さんは鬼教官だった。
「気を意識できないなら、とにかく使いまくってみれば少しは意識できるようになるんじゃない?」
という安直な発想の下、私は何度も何度も転移の術を繰り返すことを強いられた。いままで回数を競うように転移の術を連続使用したことなんてなかったから、これが初めての経験だったのだけれど、術を使うのが非常に疲れを伴うことなんだと初めて知った。心臓はバクバク鳴ってるし、全身の筋肉がプルプルしてもう足も上がらないといった具合。
一秒間に二回くらいの頻度でひたすら転移してるからね。連続使用自体に意味はないんだ。ただ、私を疲れさせるのが目的なんだから。
いつ終わるとも知れぬ苦行。身体はもう無理だと悲鳴を上げている。でもそこからのもう一踏ん張りもう二踏ん張りなんだと小夜さん。要するに気を失うまで続けろってことね?
こんなに苦しいのなら、もうあとはどうなってもいいから目一杯休みたい。水をガブ飲みしたい。いまの私ならアホみたいに水を摂取できるはずだ。
もうあかんと思って膝に手を付いて休憩しようものなら、「なにサボってんだ?」と叱責が飛ぶ。「いえ、こう見えて同じ場所で転移を繰り返してるんですよ?」と下手な言い訳をすれば、「今後は同じ場所で転移するのは禁止」と条件が加わる。
そして少しずつ横に転移してたら、小夜さんの琴線に触れたらしく、やたら「凄い、凄い」と連発している。そこで小夜さんからお呼びがかかり、小休憩になる。いえ、別に休憩だと告げられたわけじゃないのだけれど、連続転移から解放されたこの一分二分がとてもありがたいの。
「なんか横にスライドしてってるみたいで面白い。」
小夜さん、人の気も知らないで勝手に面白がってる。見世物じゃないんだけど。
「その動きを反復してみて。左にしばらく進んだら今度は右へって感じで。」
小夜さんから新たな指導が入る。
小夜さんの指示どおりに動けば、「もっと小刻みに転移を使って」だの「身体を動かすな」だの次々と怒声が飛ぶ。パッパッパッって感じで転移してたのを気合いを入れてパパパパパッてな感じに行なえば、「そうそう、そんな感じッ」と小夜さんご満悦の様子。仕舞いには「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セーベネイッ」と手拍子しながらリズムを取る始末。
私は一体、いまなにをやらされてるんだ?
正直、逃げ出したいと思った。
体力の限界に挑戦するというのは、本当にキツイ。しかも、見張り付きだから、自分の意志で休むことさえままならぬ。以前、異世界で小夜さんを置き去りにして海にダイブするって形で逃げ出したことがあるけど、当時の私は本当に天晴れだと思う。ホント、よく逃げたもんだよ。いまはとてもじゃないけど逃げ出せない。小夜さんとの繋がりができちゃったから。それを壊したくないから。弱気になったわけじゃない。ただ、ここで逃げたら小夜さんからは見放され、玲衣亜さんたちからもきっと怒られてしまう。これまでに築いてきた関係が壊れるのが怖かった。だから、闇雲にがんばった。
髪も顔を汗だくで、自分でもそれが汗なのか涙なのかさえ判らないくらいだった。
転移の術の連続使用の特訓開始から二日目には気絶した。
三日目になって、ようやく気というものの流れが掴めてきた。私の中を流れる力の源が確かにある。術の使用により気は減少してゆき、身体に負荷がかかるような感覚。気の流れを掴んだからといって、私の転移の術が向上したわけじゃない。カッコいい効果音が付くわけでもなければ、宙返りしながら現われることもできない。パッと消えてパッと現われる……そこは変わらない。新たにできるようになったことといえば、連続使用による滑らかな横移動。歩いていないのに、動いていないのに、横に移動してる? 凄いッ、的な。そんな大道芸、私には必要ないのだけども。ただ、小夜さんはお気に入りのようだけどね。
特訓が終わり、再びカードの原紙を手に取る。
「さあ、魂をカードにブチ込むんだッ。」
小夜さんが発破を掛ける。
ええ、私の魂、見せてあげるわッ。
えいッ。
私の気がカードに吸い込まれてゆく手応えが、確かにあった。
そのカードを小夜さんに渡す。
「転移解除。」
小夜さんがそう言うと、目の前から小夜さんの姿が消えた。
成功だッ。
不意に背後から肩を叩かれたので振り向くと、頬に指が刺さる。視線の先には小夜さんの笑顔があった。
「おめでとうッ。よくやったな。」
「ありがとうございますッ。小夜さんのご指導のおかげですッ。ホントに、ありがとうございました。」
深く頭を下げた。特訓がキツかった分、嬉しさもひとしおだ。
小夜さんの屋敷にいた男の子と女の子、女の人も一緒に喜んでくれている。がんばってよかったッ。
「じゃあ、このカード全部転移の術のカードにしといて。」
そう言って小夜さんが取り出したのはカードの束だった。
うわぁ、人が感動してたのにすぐこれだよ。




