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1‐8(21) ダンスパーチー②

 支配人の案内でオーナーへの挨拶を済ませた僕たちは、ようやくご馳走にありつくことができたわけだけど、支配人はそのまま僕たちに付き添ってくれていて、あそこにいるのが何々伯爵だの、あの青い軍服を着ているのが何々公で一緒に踊っているのがその夫人だのと紹介してくださる。“キミたちはとっても素晴らしいパーチーに招かれているのだから、感謝したまえ”という思惑ををその面倒見の良さの裏に読みとってしまうのは、邪推が過ぎるかな?



 そんな中、が大声を出した。

「おい、あそこにいるの『マンガ』じゃん。普段はパン焼いてんのに、一丁前におめかしして踊ってりぁあ、なかなか様になってるじゃねえかッ。」

 ん? どこ、どこ? 僕とも伊左美の視線の先を追う。

「ほら、あそこッ。赤服の隣の、ベストを着た小太りの奴。」

「あ、あれか? 頭を結ってない美人と踊ってる奴。」

「そうそう、それだッ。ああ、あんな美人とベッタリして。なんで『マンガ』はあんな美人と踊ってんだ?」

「あの女性は彼の奥さんだよ。」

 支配人が答える。

「え、奥さんなんですか?」

「そうだよ。ま、付き合いは短いが伊左美くんも彼の人柄の良さは承知しているだろう? だから、夫人が美人でも不思議はないさ。」

「結局、男は中身ってわけかぁ。奥さんにも見る目があったってわけだッ。」

「そういうことさ。ところで、伊左美くんはまだ独身なのかい?」

「へえ、お恥ずかしながら。」

「歳はいくつだっけ?」

「ん、100飛んで5歳くらいだったと思いますが、ぐぅッ。」

「ええ?」

 顔をしかめて聞き返す支配人。

「いえ、二十三歳ですぅッ。」

 一際大きな声で返す伊左美。ちなみに今回、伊左美の発言をいさめたのは僕ね。もう、決めたんだ。やられっぱなしは癪だから、これからは二人の落ち度に対してビシビシ突っ込んでいこうって。



 まもなく支配人もほかの集団の中に紛れていってしまい、僕たちはまた三人になった。伊左美がさっきの年齢詐称の件で軽く落ち込んでいる。

「迂闊だった。」

 後悔の色を滲ませ、両手で口元を覆う伊左美。

「訂正もしたわけだし、そんなに気にする必要ないよ。」

 自分で諫めておいてアレだけど、慰めてみる。

「そうだよ、あんなの“異世界あるある”の一つだよ。」

 玲衣亜も一緒になって慰めにかかる。

「落ち込んでる場合じゃないよッ。そんなことより僕に感謝するのが先でしょ?」

 珍しくしょげている伊左美が面白くて、つい、いろいろ言っちゃう。

「とりあえず飲みなよ。伊左美がそんな顔してたら、せっかくのパーチーがお通夜の会場になるじゃん。」

 そう言って伊左美にワインを差し出す玲衣亜。

「悪い。」

「気にしてよねッ。」

 言いながら、グラスを傾けかけた伊左美の背を玲衣亜がバシッと叩くと、伊左美がワインを口元にぶちまけたんで、その姿に僕と玲衣亜は大笑いした。

「お前らマジでふざけんなしッ。」

 そうそう、伊左美はこうでなくっちゃッ。



 それから僕たちは周りをキョロキョロしたり、あるいはぼうっと眺めながら過ごした。知り合いの姿を見つけてもさ、その知り合いは彼自身の所属するグループに紛れてゆくので、声をかけるのも躊躇ためらわれたんだよね。これじゃまるで、豪華な催し物付きの居酒屋にて、いつもの三人で飲んでますといった風情。

「なあ、なんでオレたちずっと三人でいるんだろ?」

 伊左美が間延びした声で言った。

「ん、そりゃこっちの世界を調査する仲間だからじゃない?」

 赤の他人がいると、あっちのこととか話しにくくなるしね。

「ま、そりゃそうなんだけどさ。」

 そう返事はしながらも、そういうことが言いたいんじゃないんだという感じの伊左美。

「なんなん?」

 玲衣亜が尋ねる。

「いや、なんか友達っていう感じの奴っていないよなって思って。」

「まあ、ね。」

 なんだ、そういうことか。うん、いねえよ。どうしたんだよそれが、悪いかよ?

「あら、私にはいるよ?」

「ああ、ルーシーさんか。」

「うん。一緒にお買い物にも行くし、お昼も一緒だし、友達っていっていいレベルだよね?」

「ああ、そだね。」

「でも、そっちだって仕事明けに一緒に飲みに行ったりしてるんでしょ?」

「ん、あ、ああ。」

 玲衣亜を追跡した晩のことを言ってるのだと思い、僕と伊左美は苦笑いする。

「どうしたん? あっちの世界が懐かしくなった?」

「いや、そんなんじゃないよ。」

「友達がほしくなったん?」

「そりゃあ、いないよりいた方がいいだろ?」

「私は別に気にしないけど。」

「ああ、玲衣亜はあっちじゃ仙人の里に引き籠ってたくらいだから、そうなんだろうな。」

「あら、引き籠ってたけど、友達がいなかったわけじゃないよ? だって、仙人の里にだって友達はたくさんいるんだから。」

「ああ、そうか。」

「ねえ、伊左美。私が友達になってあげるよ?」

「バカじゃねえの? 玲衣亜とは友達っつうか、小っちゃい頃からの付き合いじゃん。っつうか、なんで上から目線?」

「だって上なんだも~ん。こっちの世界でもすでに友達がいるしッ。」

 伊左美が大きく息を吐いた。

「まあ、いいや。で、ルーシーさんは来てるの?」

「来てるはずなんだけど、どこにいるのか判んないね。」

「人が多すぎらあ。」

「ね。」

 なんとなく会場を行き交う人たちを呆然と眺めてみる。

「あ、あそこ、自分らのお友達じゃない?」

 玲衣亜の向いている方を見ると、『マンガ』夫婦と『旦那』夫婦が歩いていた。両夫人の手にはそれぞれ子供の手が握られている。向こうもこちらに気がついたようで、手をフリフリこちらに近づいてきた。

「おうっす。楽しんでるか?」

「ま、ぼちぼちね。」

「何度も踊ってたら疲れちゃったよ。」

「お疲れ様。」

 なんてことを挨拶代わりに話しながら、夫人を紹介してもらう。

「これがオレのカカアだよ。」

「はじめまして、アルトレーノ・ボサノピーノの家内でルルと申します。」

 え? なんて?

「はじめまして、やすしです。」

 聞き取れなかった名前は永遠の闇の中に投げ捨てて、僕は差し出された手を握る。っていうか、『旦那』の名前ってなんだよ? 『旦那』が『旦那』でよかったッ。

「どうも、レイチェル・カモミール・トラスヴェールです。」

 はいはい、もう右から左でいいや。僕の耳はトンネル構造だから、別にいいよね?

「どうも、靖です。」

 僕はとりあえず笑顔を浮かべて挨拶しておいた。それから子供たちとも挨拶を交わし、七人で世間話に花を咲かせる。といっても、子供たちは積極的には話に加わってこないけど。子供同士でなにやらごにょごにょ話をしている。きっと大人には秘密の話なんだろうね。

 一方、『旦那』と『マンガ』はといえば、仕事場での様子や家での様子がそれぞれに情報交換されて、各方面への言い訳に必死だった。違う、オレはそんなんじゃないってね。



 しばらくして『旦那』が玲衣亜をダンスに誘った。玲衣亜は踊れないって最前から言っているのに、『旦那』がしっかりリードするから大丈夫とかなんとか。ふ~ん、そんなもんなんだ? それでも玲衣亜はかたくなにダンスを拒否していた。また淑女然とした話し方を復活させたことから察するに、たぶん、恥を掻くのを見越しているんだろうね。踊れないこととお酒に酔ったことを言い訳にしてたけど、玲衣亜が酒に負けるところなんて想像できないし。

「じゃあ、オレが踊ってやるよ。」

 ええ? 伊左美さん、ご乱心なすったかいッ? 引っ込んでなさいよ、この酔っ払いがッ。ほらッ、『旦那』も困惑しているじゃないかッ。

「あら、面白そうじゃない?」

 ほらッ、夫人もそう言っていらっしゃるって、え? 男同士のダンスなんて面白くもなんともないですよ、とかんげんしたいところだけど、ノリの悪い奴って思われるのが厭だから黙って成り行きを見守る。こちらの世界の常識人である『旦那』の良識に賭けるしかないッ。と思ってたのに『旦那』の野郎ときたら、「人生に一度くらい、野郎と踊ってみるかッ」だってさ。って、踊るんかいッ!?



 ホールの隅っこに陣取る二人。さすがに真ん中の方で恥を晒すつもりはないらしい。でも、ほかが優雅に踊る中、あの二人のダンスときたらまるで噛み合ってなくて、酔っ払い同士が互いを支え引かれしながらフラフラしてるみたいなんだよね。

 あら? 次第に様子が変わってきましたよ。いまや足を引っ掛け合ってどうにか相手を転がそうと両者とも必死じゃないかッ。子供みたいにじゃれ合ってッ。いや、楽しいならいいんですけど、こっちには戻ってこなくていいからね?

「あらあら、まあまあ」と微笑ましく二人を見守るご夫人方。玲衣亜は羨ましそうな眼差しを二人に向けている。子供たちが「僕たちもやる~ッ」と母親に相談しているのを見て、玲衣亜が「あの二人のは悪い見本だからやめとこね~?」と諭している。いや、玲衣亜も人のこと言えない気がするんですけど。



ピーーーーッ!!!



なんて思っていると、突如、楽隊の演奏を打ち消すほどの甲高い笛の音がホール内に鳴り響いた。



場内がざわつき始める。



なのに伊左美と『旦那』はそれを試合終了のホイッスルとばかりにダンス? 取っ組み合い? をやめて、相対して深々とお辞儀をしている。



楽隊が演奏を中止する。



伊左美と『旦那』が笑い合いながら僕たちに合流してくる。この二人すげえわ。ふう、他人のフリ、他人のフリっと。



笛の音は断続的に鳴らされ、音のする方を見るとたくさんの警官がホール内に進入してきていた。



「事件だわ。」



玲衣亜がなんか呟いてるのが聞こえた。

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