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8-27(205) カード

 男三人は部屋の隅に陣取って、談笑をするでもなく厭に冷ややかな視線を私たちの方に向けている。彼らの存在が気に掛かるけれど、玲衣亜さんと小夜さんはいつもと変わらない調子でお酒を飲んで、当り障りのない話をしている。だけどチラチラと男共の方を見てるから、まずは男共がどのように私たちを観察しているか窺ってるといったとこなんだろう。



 まもなく、「アンドレアさんでもしよっか?」と玲衣亜れいあさんが提案した。アンドレアさんというのはコックリさんみたいなもので、一枚の紙に“はい”と“いいえ”の二択に加え全文字&六芒星を記入しておいて、六芒星のとこに女神アンドレアを召喚するのね。で、紙にコインを乗せて、コインには指を乗せといて、それから召喚されたアンドレアに質問するの。するとあら不思議、指が勝手に動いて紙に書かれた文字の上をコインが行き来することで、質問に対するアンドレアの回答が私たちに伝達されるわけ。ま、異世界の子供の遊びだよ。



 きっとアンドレアさんを利用して男共に聞かれてはマズイ話をしようというのだろう。

「アンドレアさん、アンドレアさん、ノーギャラでよければいらしてください。いらっしゃいましたら“はい”の方に進んでください。」

 私たち三人はコインに指を乗せてアンドレアさんを呼び出す。まあ出てこなくてもいいんだけど。いやいや、そもそも出てこないんだけど、玲衣亜さんか小夜さよさんがコインを動かしてるのだと思うけど、コインが“はい”の方に進む。

「お、来ましたね。」

 玲衣亜さんが解説風に言う。

「それじゃ、明日の天気は晴れですか?」

 そう言いながら、玲衣亜さんがコインを滑らせる。

 じ……ゆ……つ……を……か……あ……ど……に……。

 超解読しづらいけど、“術をカードにする方法を教えて”になった。単刀直入だぁッ? 今度は小夜さんがコインを滑らせ、“いいえ”の方に進んだ。そりゃそうだよね。リリス市のアパートでも教えな~いって言ってたし。今度は私がコインを動かしてやる。

「そ、ふ、が、も、う、じ、ゆ、つ、は、つ、か、わ、ん、て、い、い、だ、し、た、ん、で、す。」

 ちょっと話を盛ってるけど、要は爺様が召喚の術の使用を渋り始めたのをきっかけに、カードが必要になったわけだから嘘ではないよね? っていうか、なんか玲衣亜さんがクソウケてるんだけど、なに? なんか面白いことあった?

「あ、アンドレアさんの趣味を教えてください。」

 あ、そうか。あくまでアンドレアさんをやってると装わないと、監視の男共に余計な疑念を抱かせちゃうもんね。てか、アンドレアさんに質問するとか、やる気がないにもほどがあるよね?

 あ……お……い……だ……ま……れ。

 ん? いま動かしたのは小夜さん?

「アンドレアさん、明日のラッキーカラーを教えてください。」

「じ、い、さ、ま、の……やッ、ちょッ、脇腹はやめてくださいッ。」

 人がコインを動かしてるときにちょっかい出すなんて玲衣亜さんも意地悪なんだから。

「じ、ゆ、つ、が、な、い、と、も、う、あ、つ、ち、に、は、も、ど、れ、ま、せ、ん、よ。」

 あ? 玲衣亜さんが腹抱えて笑ってんだけど、なんなの?

 小夜さんも笑いを噛み殺しているよう。

「はあ、はあ、ちょっと待って……お前、私を殺す気?」

 玲衣亜さんが目に涙を浮かべて変なことを言う。

「なに言ってるんですか? っていうか、なにがそんなにおかしいのかちょっと教えてくださいよ。」

「いい?」

 玲衣亜さんは私にそう言うと、一人でコインを動かし始めた。

 あ……お……い……お……も……し……ろ……い。

 は?

 そんな私の様子を見てさらに笑う二人。ちょっとムカつくんスけど。

「ちょっといいですか?」

 玲衣亜さんの手をどけてコインを動かす。

「い、み、が、わ、か、り、ま、せ、ん。」

 今度は二人が周囲を憚らず笑い出す。

「あのな……。」

 今度は小夜さんがコインを動かす。

 こ……い……ん……う……ご……か……し……な……が……ら……し……や……べ……る……な。

「あ……。」

「判った?」

「はい。」

 くっそぉ、超恥ずかしいんですけど。



 結局、アンドレアさんでは話が進まなかった。一度弛緩した空気が再び緊張することはなく、玲衣亜さんも小夜さんもときどき冗談を交えてくるし、真面目に質疑応答しようとして長文を書くと伝わらないとあって、ひとしきり笑ったところでアンドレアさんにはご退場いただいた。



 宮廷から派遣されてきたっていう男共が本当に邪魔だった。

 小夜さんの話では彼らには施術できないのだという。ただの人間だから術が効かないということはないのだけれど、黄泉よみさん→宮廷→男共という流れで小夜さん監視の命令が下っているのだとすれば、術への対策も為されてるはずだ、と。

「なにしろ私をやっつけに来てる連中だからな。例えば、まったく私の存在が考慮されていない場面で、誰かに施術するってんなら安心なんだが、明らかに私を狙ってきてる連中に施術するのはリスクがあり過ぎるんだ。」

 だから小夜さんは現状に参ってるようだった。特にこれは獣人の女が攫われた一件とはまた別の問題だったから、もしかすると聖・ラルリーグと連邦の間に嘘偽りない親交が結ばれるまで、監視は続く可能性だって考えられる。そんな関係、これまでにだって存在しなかったから、実質、永遠に監視が続くこともあり得るわけだ。

 幸か不幸か男共は紳士的な人物というか、仕事以上のことはしないからまだいいようなものの。といっても、精神的に監視付きというのはキツイけどね。

 日が落ち始めたころ、私と玲衣亜さんは小夜さんの屋敷をあとにした。



「小夜のこともなんとかしてあげなきゃね。」

 霊獣の背の上で、玲衣亜さんが言った。どうやら玲衣亜さんはまた一つ、問題を抱えてしまったみたいだ。リリス市にいた小夜さんを獣人の女のことでセント・ラルリーグに引っ張ってきたのはとらさんたちだから、小夜さんの現状をまのあたりにしては、玲衣亜さんなら小夜さんを助けたいと思うだろうことは予想していた。

「私もお手伝いできることがあればなんでもします。」

 私はお菓子屋のことも含めて、玲衣亜さんの傍でお手伝いしたいと思う。

「ありがと。でも、どうしよっかなぁ。」

「いざとなれば小夜さんはリリスに帰してあげればいいんですよ。」

「ふん、そだね。まだカードがないわけじゃないんだ。」

 ああ、そういえば虎さんたちが持ってるカードがあるのか。それなら虎さんの許可が下りれば小夜さんは自由になれるかもしれない。でもそうなると小夜さんが私にカードの作り方を教える理由がなくなっちゃうんだよね。むむむ、ま、仕方ないか。

 空からだと太陽が地に没してゆく様子がよく判る。お尻が落ちてもまだ頭は出てて、頭まで沈んでもまだ光りは地平線を黄金色に染めてて。本当にこの世界は丸いんだなぁと思う。



 少なくとも連邦との悶着が終わらないかぎり、私は異世界へ行けなくなってしまった。“ 行けるけど行かない ”のと“ 行けない”のは精神へのダメージが桁違い。私の心の拠り所が一つになってしまった感じ。例えるなら、いままで二つお金を稼ぐ手段があったのに、それが一つになってしまってさあ大変みたいな? その一つに縋るほかないというのは人を弱くさせる。私ももうこっちで以前のように強気には行動できないだろう。議会にくっついてってなにかするなんてとんでもない……とかね。

 というように気分が滅入っていたそんな日だった。

 もう当分用はないと思っていた爺様から召喚された。

 場所はいつもながらの爺様の家。

 見回せば爺様のほかにリアさん、トトさんがいて、ん? 小夜さんと小夜さんの屋敷にいた男の子と女の子、さらに中年の女の人もいる。麻雀打つにはちょっと数が多い気がするんですが……。

「小夜さんが葵に用があるってよ。」

 爺様がそう言うんで、小夜さんの方を見る。

「よう。突然呼び出して悪かったな。」

 と小夜さん。

「いえ、でも大丈夫なんですか? 監視の人らは?」

「そんなのどうでもいいんだ。」

 そう言って私の肩に手を置く小夜さん。

「これから人のいないところへ転移してくれないか。」

「え?」

「カードの作り方を教えてやる。」

 一瞬、我が耳を疑った。

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