8-26(204) 小夜さんチ
虎さんたちはみんな覇気がないようだった。
“はぐれ”の証人喚問を実施するために方々に出掛けたりするのも大変なようだったが、それ以上に“はぐれ”に事情を説明するのに骨が折れるのだと虎さんは愚痴を零した。
「いまのところ親交のある人たちにしか伝えれてないんだけど、犯人扱いされるのが心外だってのと、この機に乗じて“はぐれ”のデータを収集し直そうという議会の思惑が透けて見えるみたいで、なかなか上手く話に乗ってくれないからね。ま、相手の言うことも尤もだし、いい加減やる気がなくなってきたんだけど、どうしよう?」
儚げな笑みを浮かべる虎さん。どうしよう?って……超ウケるんですけど。「もうやめちゃえばいいんですよ」と冗談半分で言えば、「私も十二仙の肩書なんて捨てて“はぐれ”てしまおうかな」と虎さんが応じる。いや、私がやめろと言ったのは証人喚問であって虎さんに十二仙をやめろと言ったんじゃないんですが……、虎さんも相当参ってるようね。私が一言、“犯人は靖”と伝えれば虎さんの悩みも晴れるのだろうけど、靖さんが犯人だと知ったときの虎さんたちの受ける衝撃を思うとなかなか言い出せない。それに、いま伝えれば証人喚問のために骨を折った恨みまで上乗せされて靖さんの死が確定しそう。思い出すたびに靖さんには腹立つけれど、なんだかんだで私は靖さんのことを心底憎めない。獣人の女を攫った理由もそうだけど、靖さんって根っこはたぶん優しいんだ。
虎さんたちが“はぐれ”の証人喚問に消極的だったのは私にとっては好都合だった。あんまり忙しいようだと、玲衣亜さんや伊左美さんを連れてくのが憚られるからね。で、虎さんたちに“小夜さんチに行ってカード作成大作戦”の話をしたところ、玲衣亜さんが一緒に来てくれることになった。どうやら玲衣亜さんも証人喚問についてはやる気がないようで、気晴らしに外に出るいい理由ができたと言ってた。
「小夜も自宅謹慎中で退屈してるんだろうから、丁度いいんじゃない?」
そう言いながら酒瓶を抱える玲衣亜さん。
お酒を土産に霊獣を駆って小夜さんのお屋敷までひとっ飛び。
門を叩くと、十二、三歳くらいの少年と少女が応対に出てきた。
「お~っす、小夜いる?」
玲衣亜さんが気さくに挨拶する。友達なのかな?
「そりゃ、いますよ。」
少年が呆れた調子で返事をする。自宅謹慎中なのを知ってて聞くなよなって感じ? でも、やっぱり玲衣亜さんに付いて来てもらってよかったわ。
二人に案内されて小夜さんのいる部屋へ向かっていると、廊下を歩いてくる二人の男と擦れ違う。
「お、客か? 珍しい。」
男の一人が少年に尋ねた。まるで珍しい物を見るかのようにジロジロと私と玲衣亜さんに視線をくれる男たち。もしかすると彼らが小夜さんを監視してる仙道なのかもしれない。
「はい、こちらは小夜様のご友人でございます。」
「玲衣亜と申します。」
「あ、葵と申します。」
会釈する玲衣亜さんに倣って私も頭を小さく下げる。
「私たちは訳あって小夜殿の屋敷に住まわせてもらっております、只野兵次と申します。」
「同じく、只野惣一と申す。」
兵次の方は物腰柔らか丁寧で、惣一の方は無骨といった印象。そして、少年の挑戦的な目。訳あってと理由を濁すあたり、小夜さんの評判をことさら貶めたいわけではないのだろうけれど、あまりイイ感じはしないわね。
少年が「失礼します」と言って障子を開けると、小夜さんがこちらを見て目を細めた。
「小夜様、ご友人を案内しました。」
「ああ、杯を三つとなにか肴になる物を適当に持ってきてくれ。」
「はい。」
小夜さん、玲衣亜さんが抱える酒瓶を見て指示を出す。
「で、なにしに来たんだ?」
そしておもむろに理由を問うとか。なんかあまり嬉しそうじゃないんですが。
「もちろん、遊びに来たのよ。小夜が退屈してるんじゃないかと思って。」
「こんな辺鄙なとこまでご苦労なこった。」
小夜さん、そこで初めてニッと愛好を崩す。
ほっとしたのも束の間、ザッと障子が開く音とともに先程の男二人にさらに新顔一人を加えた三人の男が部屋に侵入してきた。ちょっと、女の子三人集まって秘密の話をこれからしようってのに、なに勝手に入ってきてんのよ。
「すまぬが、同席させてもらうぞ?」
無骨惣一が無茶を言い出した。
「すまぬが、遠慮していただけますでしょうか?」
間髪入れず切り返す玲衣亜さん。目が本気だから、怖いんですけど。
「すいません、これには訳がありまして、私たちとしても本意ではないのですがどうしても同席しなければならないんです。」
腰柔兵次が穏やかに言うも、「そんなことをおっしゃられても、私には訳が判りませんわ」と玲衣亜さんも穏やかに返答して、結局兵次が理由を話す羽目に。
小夜さんが監視されるに至った理由は、コマツナ連邦と小夜さんとの繋がりが疑われているからとのこと。で、小夜さんが不審な動きを見せないように見張っているらしいのだが、来客も連邦の者である可能性がないとは言い切れないため、同席して話を聞かせてもらわなければならないのだという。なお、この監視は宮廷から指示されたものであるらしく、特に仙道とか議会という単語は登場しなかった。であれば、この三人はただの人間なのだろうか?
「これもこの国のためですので。」
男が最後の殺し文句を吐く。私たちが小夜さんの正体を知らなければ、この説明を受けることにより、小夜さんを危険人物として認識を改めることになるのだろうけれど、あいにく私たちは小夜さんの表も裏も知ってて付き合ってるから、そんな言葉に惑わされたりはしないんだけどね。
「そういうことでしたか。判りました。ま、床下で聞き耳を立てられるよりは正攻法で臨んでる分、いいんじゃないでしょうか? 同席を許可しましょう。」
そしてこの上から目線だよ。玲衣亜さんと一緒に来たのは頼もし過ぎて逆に失敗だったか?
「ありがとうございます。」
兵次が玲衣亜さんに頭を下げる。
「小夜も大変ね。」
「ふ、玲衣亜と葵が来たから、もっと大変なことになりそうだよ。」
私も問題児の一人にカウントされてるみたいね。ええ~、でもこれじゃカードの話なんてできないじゃん。どうしましょ?




