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8-24(202) 黄さんいい人

 雷鳴に続き、雨が屋根を打ち始める。外は真っ暗で様子が判らないけど、結構降ってるようね。

「うむ、確かにオレは転移の術のカードを持っている。だが、どうして俺だと思った?」

 意外にも素直にカード所持の事実を認める爺様。

「ふ、白状したな? まだ爺さんが、とは言ってないんだがね。」

「これだけ言われてまだ認めなけりゃあ、れんの機嫌を損ねるだけじゃないか。」

「そのとおり。」

 ニッと笑うこうさん。

 完全に二人が会話に没頭し始めたので、対面のリアさんが頬を膨らませてしまった。ごめんなさい、今日はもう麻雀どころじゃないかも。

「私の予想でははじめから直接渡されたんじゃないかと思うんだが、どうだい?」

「ああ、蓮の予想どおりだよ。オレは兄貴からカードを貰った。」

「ふん、そのへんの話は今度、酒でも飲みながら聞かせてもらうとしようか。で、いままでなぜ黙っていた? 数年前、銃が発見されて異世界とこちらを行き来してる者がいるとなったとき、少なくとも爺さんは爺さん以外にもカードを持っている人間がいる可能性に考えが及んだはずだ。ま、カードという手段があると判ったところで、当時の状況が大きく変わったとは思えんが、一応ね。」

「なぜ……か。これは兄貴のどんなものよりも兄貴の気持ちの籠った形見だからな。言えば、処分されちまうだろ? だから、だな。」

「なるほどね。ま、判らんでもないかな。」

 そう言ってから、黄さんも爺様も口を閉ざす。



 ここまでの会話から最悪の事態は免れそうだと思われるけど、やはり黄さんが黙ると次の言葉が黄さんいとっても言い難いものではないかと察せられて生きた心地がしない。

 二人の会話が途切れたからか、卓の方ではガチャガチャと洗牌シーパイする音が響く。爺様が思い出したように点棒を取り出してリアさんに渡すと、「結構待ったから利息が三〇〇点付いてんだけど?」と冗談を言う。薄らと笑う爺様。トトさんともう一人の女性が爺様の前に山を積んでゆく。話なら打ちながらしろよとでも言うように。その様子を見て下唇を出して狼狽する爺様。マジかこいつらって感じ?

「葵、代わるか?」

 爺様からの突然の指名。

「いいけど、負けても知らないよ?」

 爺様がお茶を持って席を立ったから、私もお茶を持って卓の前に座る。で、山から順々に牌を取っていく。みんな取るのが速い。私がモタモタと取ったあとにサッと掠め取るように手を伸ばすのはやめて。焦っちゃうから。きっとみんなこう思ってるに違いない。カモが来たって。



 牌を絵柄と数字で並べ変えてみたけど、意識は半分以上が爺様たちの会話に持ってかれてるから、いまいち麻雀に集中できない。



 爺様、隠していた転移の術のカードを取り出してきたみたい。黄さんに請われたから? 黄さん、しげしげとカードを確認しながら「これで全部?」と尋ねている。次の瞬間、なにかが弾けるような音が鳴り響き、驚いて音がした方を見ると、黄さんの手元にあったカードの束がなにかに抉られたかのように削れていた。続けてもう一度音が鳴ると、さらにカードの束が小さくなる。あれではもうカードでもなんでもなくて、ただのゴミだわ。

「これが爺さんの本意だろう?」

「ああ。」

「釈迦に説法かもしれぬが、プラスが当人の知らぬ間にマイナスに作用することも多々あってな、ないよりあるに越したことはない、というものではないんだよ。このカードに関しては、所持し続けるのは爺さんの精神に悪かろう。カードのことは綺麗サッパリ忘れてしまった方がいい。」

「ああ。」

「悪いことをしたとは思わんぞ? 議会に知れても同じことになるんだし、確か、こないだ話したときに爺さんもカードは即刻処分すべきと言ってたしな。」

「おう、気兼ねする必要はないさ。カードなんてあっても使わないんだしな。」

「ふん、詫びというわけでもないが、葵さんが爺さんチに遊びに来たときだが、言ってくれれば私が家まで送ろう。」

「馬鹿言え。蓮にどうやって頼むってんだ? 召喚してもいいってんなら話は別だが。」

「心配は無用。ウチの場所なら葵さんが知っている。」

「そうか。」

 黄さんとしては爺様と転移の術のカードの件についてはこれで手打ちにするつもりみたいね。よかった。

「蓮、オレが転移の術のカードを所持してたこと、議会に言ったっていいんだぜ?」

 せっかく収束するかと思ったのに、爺様がなんか言い出した?

 黄さん、小首を傾げてから「なぜ?」と爺様に問う。

「理由なんかねえよ。ただ、好きにしろと言ったんだ。」

「は、罪を償いたいのかい? 例えば、私はケビンとマーカスをこっちの世界に留め置いたが、罪悪感もなければ、償うべき罪もないと思っている。それこそ明日ケビンとマーカスを帰してしまえば、それで私も晴れて無罪放免だ。帰したあとはなにをどう言われようと知らぬ存ぜぬを決め込むからな。文句がある奴はかかってこいってね。」

 黄さん、ふだんの素行が悪いと評判な割りにはいい人なの? 相手が爺様だからか?

「へ、よく考えたらお前も脛に傷持つ身だったな。」

「そういうことさ。爺さん、チクるなら明日の朝までだぜ?」

「なにをいまさら。」

「あと、これを返しておこう。」

 黄さんが差し出したのは転移の術のカードだった。

「え?」

「実はさっき、一枚だけくすねておいたんだ。この一枚は正真正銘、一の形見として持ってりゃいいさ。形見だから、使う心配もあるまい。」

 ほ、これで本当に決着ね。爺様も恰好着けるんだから、ヒヤヒヤしたじゃない?



 それからまもなく、黄さんが席を立ち、帰る旨を告げた。

 そのとき私に「葵さん、そういうわけだからテイルラントに帰るときは私を訪ねてくれればいいよ。居れば、送るから」と言ってくれたんだけど、居れば……って、なんかアテにならなそう。しょっちゅうフラフラしてるイメージしかないんですが。それよりなにより、黄さんは私の転移の術のことも見透かしてたりするんだろうか。いまの話の流れだと、私が帰宅するのに転移の術のカードを遣わせてもらってたって感じに受け取れたのだけど。

 そして、爺様にも一言言い残して行った。「爺さんはたいしたことないのかもしらんが、召喚の術込みで考えると生半可な奴より厄介そうだな」と。おそらくいま麻雀を打ってる面子を見ての感想なんだろうけど、うん、確かにリアさんとトトさんだけでも厄介そう。

「ロンッ。」

 ひいぃッ。ビクってなった。

「見えてる大三元に振り込むとか、ちょっとお仕置きが必要ね。」

 だ、大三元ですって? あ、よく見ると白発中を鳴いてるじゃないッ。



 というわけで、罰としてその晩は夜を徹して麻雀を打たされました。

 ケビンさんにはお別れを言えそうにないわね。

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