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8-23(201) 追及

 マーカスさんとケビンさんの二人に転移の術のカードのことを話した。

 マーカスさんには事前に帰れる可能性を示唆していたけれど、ケビンさんにとっては寝耳に水だから、さぞ驚いて喜ぶだろうと思っていたのだけれど、帰還が実現するという話に目を輝かせたのはマーカスさんだけで、ケビンさんはお礼を述べつつも目立たないほど小さな溜め息を吐いた。

 こうさんが席を外したときに、改めて三人で話をしたところ、ケビンさんはいまのマビ町に自分の居場所があるかどうかというのが不安らしい。ケビンさんの言葉にマーカスさんも言葉を詰まらせる。マーカスさんは奥様が再婚していないことを確認済みとはいえ、マーカスさんもケビンさんと同じく死んだことになっている。それでもマーカスさんの場合は家族の前に姿を見せて、実は生きてたんだと言えば元の鞘に収まる可能性もあるけれど、ケビンさんの場合、もし奥様が再婚していれば身を引くのだろうか。

「まあ、なんだかんだ言っても、餓鬼どもに会いたいから、マビ町に帰れるものなら帰りたいんだ。」

 奥様が再婚してることを想定したうえで、ようやくケビンさんが帰りたいと口にする。まだ奥様が再婚してると決まったわけじゃありませんし、なんて気休めは言えないよね。私とマーカスさんは気不味くなって互いに顔を見合わせる。

「なあ、葵さんの力でパッとマビ町まで行って、ケビンの嫁さんの様子を見てやれんか?」

 マーカスさんが懇願する。さらに、様子を見に行けるとしても“二人が生きていて間もなくマビ町に戻る”という情報は伏せておいてくれという。帰還を伝えてお祝のご馳走でも作って待っててくれるようならいいが、予想だにしない亡霊の出現予告に心を煩わせるってことも考えられるからな、と。向こうでの二人の生活については私の管轄外、二人はそれぞれ自分で奥様とお話して、寄りを戻せるか否かの感触を確かめたいのだそうだ。

 明日には二人はマビ町に帰れるかもしれない。だから行くなら今晩なのだが、爺様の様子も判らないんで様子見に行けたら行くと、いまの私にはそう約束することしかできなかった。



 翌日の黄泉よみさんとの質疑応答へ向けての予習を終えて、いざおいとましようと玄関の扉を開けたとき、夜も更け切っていることにようやく気が付いた。黒い森の影から響いてくるカサカサと木々の揺れる音。なにも怖がる必要なんてないのに、山奥の闇夜の中、人家を離れなければならぬと思うと、なぜだかお化けが出るんじゃないかと勘繰ってしまう。早くここを離れて爺様のとこに行かなきゃ。

「むう、すっかり暗くなってしまったな。葵さん、マーカス、今日は私が爺さんチまで送るよ。」

 爺様には今日が試合の日だと伝えてあるし、黄さんと一緒に帰宅したとして驚かないかな? 黄さんの申し出に否応なく従い、白帝虎はくていこの背に跨って爺様宅を訪ねた。



 ドアを叩くと、しばらくして爺様が顔を出す。

「あ、おじいちゃん。ごめん、帰りが遅くなっちゃったから、黄さんに送ってもらったの。」

 ちょっと驚いた様子の爺様。

「ああ、今日はマーカスさんとケビンさんの試合の日だったな。蓮、わざわざすまなかったな。ありがとう。」

「別にここまで送るくらい、わけないよ。」

「黄さん、ありがとうございました。」

 私とマーカスさんは黄さんにお礼を言って爺様の家の中へ。部屋の中にはテーブルを囲んで三人の先客。そしてテーブルの上には雀卓が載っかり、一人が爺様の伏せられた牌のいくつかを持ち上げて盗み見して、ほかの二人と一緒にコソコソ笑い合っている。どうやら手癖の悪いお友達を呼んで麻雀を打ってたみたい。悪いとこに押しかけちゃったな。って、トトさんとリアさんもいるんだけど。もう一人は見ない顔だけど、やっぱり彼女も召喚されてきたのかな?

「あ、麻雀してたんだ。悪いね。突然押しかけちゃって。」

 すぐ背後から黄さんの声。

「だから言ったろ? 今日はもてなしてやる暇がないんだ。」

「麻雀なら仕方あるまい。いいよ、爺さんは打ってな。私は葵さんにお茶入れてもらうから。」

「むむ……。」

 黄さんは爺様に話があるのかな?

 爺様は迷惑そうにしながらも黄さんをほっといて席に戻る。

「おじいちゃんにお話があるんですよね?」

 一言黄さんに確認して、隣の部屋から小さな机と椅子を二つ持ってきてから、お茶入れに取り掛かった。お茶の準備をしてる途中、なにやら爺様たちの賑やかな声が聞こえてきた。爺様の悲鳴にほか三人の笑い声。楽しそうでええこっちゃ。



 お茶を持ってリビングに戻るころには、爺様は麻雀を打ちながら黄さんと話をしていた。異世界人二人の帰還や今日の試合内容とかね。

「ところで、異世界人を帰すって自分で言っててさ、思い出したんだ。この台詞、前にもどこかで聞いたことあるなって。」

 黄さんが妙なことを言う。

「ふうん……、ポン。」

 爺様はとりあえずって感じで相槌を打っている。

「前ってのが、結構前なんだよ。連邦から転移の術のカードを貰う前の話なわけ。なんか妙じゃないか?」

「妙?」

 爺様が聞き返す。ほかの三人は二人の会話を聞いてはいるんだろうが、黙々と麻雀を打っている。

「なにしろ異世界へ帰すって言った人物は異世界へ行く方法を心得てるということだろう。だが、相楽さがらはじめ亡きあとセント・ラルリーグで異世界へ行ける者はいなくなった。そうだろ?」

「そ、そうね。おおう、もぉ、さっきから字牌しかツモんねえよ。トトさんの山どうなってんだ? 積み込みは犯罪だぜぇ?」

 露骨にうろたえてる爺様。それを察せられまいとしてるのか、唐突な芝居臭い物言いが逆に爺様の狼狽ぶりを物語ってるよう。それはともかく、なぜ爺様がダメージを喰らってるんだ?

「だがね、カードという形で異世界へ行く方法が残っているなら話は別だ。私は一人だけ、カードを持っている人物に心当りがある。そいつはこれまでも異世界の件について議会にも顔を出して話をしてるんだが、おそらく嘘を吐いたことはないんだろうな。ただ、言わなかったってだけで。」

 これは十中八九爺様のことを言ってるんだわ。そして、爺様には先程から心当りがあり過ぎて狼狽してる、と。

「……。」

 あらら、ついに黙っちゃった。爺様が転移の術のカードを持ってるってことを黄さんが見抜いてしまったんだとしたら……!!! もしかして黄さん、爺様を起訴するつもりッ? わ、私はどうなるのかしら?



 爺様、黙ったまま自牌を卓上に捨てる。牌を置く手が若干震えてるようにも見えた。



「ロンッ。」



 ほわッ。ビックリしたぁッ。

 どうやらリアさんが上がったみたい。

「三暗刻、ドラ二で満貫、八〇〇〇万点プリ~ズ。」

 上機嫌で爺様に点棒を催促するリアさん。



 ピカッ。



 一瞬、部屋が眩い閃光で白く染まった。

 続けて、凄まじい稲妻の轟音が耳をつんざく。

 ええ? 曇ってたけどさぁ、雷注意報とか聞いてないんですが。

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