8-20(198) マーカスVSケビン ③
今日もマーカスさんは虎さんの屋敷内で一人、瞑想に耽っている。
部屋の障子を少し開けて覗き見しているわけだが、マーカスさんったらもう一日中、食事も摂らずにあの調子だから、逆に身体を壊すんじゃないかと少し心配だ。
「彼の調子はどう?」
「ふわぁッ。」
急に声を掛けられてビックリした。そうそう、いま虎さんの屋敷にはロアさんっていう“はぐれ”の仙道が来ているんだ。“はぐれ”の証人喚問の任務遂行のため、虎さんがまず接触を図り、協力を仰いだらしい。彼女、あんまりみんなと親しげに話しているものだから、マーカスさんとケビンさんが試合をすることや特訓のことについて、ついうっかり口を滑らせてしまってしまったことから、彼女もマーカスさんに興味を示し始めたんだ。もちろん彼女には口外せぬよう口止めしてるけど、人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもので、私でさえ秘密を吹聴してしまうのだから、ほぼ第三者であるロアさんの口外しないという言葉にどれほどの信憑性があるものか。テイルラント市のウチの町じゃあ、人の醜聞なんて半日あれば町中に知れ渡り、翌日には尾ヒレが付いてさらに一周するじゃないか。それにもう虎さんも知ってるしね。この噂が広まった暁にはみんなで異世界に移住するしかないかな。そのときには黄さんも連れてったげようね。
「いやぁ、ずっとあの調子です。座ったまんま、微動だにしませんよ。ありゃあもうなにかを悟ってますね。」
「そう、がんばってるのね。」
いつ見ても優しい雰囲気を漂わせるロアさん。なんだか落ち着いていて大人の女性って感じ。それも気品がある方のね。ロアさんには伊左美さんの呪いも効きなさそう。
「がんばり過ぎて身体壊さなきゃいいんですけど。」
「そうですね。」
チラッと部屋を覗き見る。マーカスさんの耳には私たちの会話もまったく届いていないみたい。依然として瞑想を続けている。邪魔にならないうちに退散しとこうね。
マーカスさんが瞑想を切り上げたのは夜遅く、もうみんな寝ようかっていう頃合いだった。廊下の渡る足音に気付き、もしかするとと思い部屋から出るとそこにヨロヨロ歩くマーカスさんがいたんだ。
「マーカスさん、大丈夫ですか?」
「身体の方は大丈夫ですが、特訓の方は大丈夫じゃねえですわ。」
むむ、マーカスさんに焦りが見られる。あまり焦ってほしくもないけど、焦ってもしゃあないですよとか無責任なこと言えないし……。どうしたものか。って誰にも判らないから伊左美さんの発案で瞑想とかしてもらってんだけども。迷走してなければいいんだけど、どうなんだろ? 夜も更けたがここは伊左美先生に相談してみるほかなかろう。なにしろいまのマーカスさんには時間がないんだ。伊左美さんにとっての一年がいまのマーカスさんにとっての一分みたいな感じ? 下手すりゃあと一ヶ月の命なんだから。
夜中、伊左美さんに相談してみたところ、とりあえず明日まで待ってということだったので、その夜はマーカスさんにも休んでもらった。
そして翌朝。
虎さん、伊左美さん、玲衣亜さん、ロアさんの四人総出で作戦会議。とはいえ、異世界人を鍛えるというのが初めてのケースなので、みんなどうしていいかいまいち判らないみたい。頼みの伊左美さんも即効性のある特訓となるとお手上げといった感じ。そして、しばらく続いた話し合いの末、伊左美さんが一本の紐を持ってマーカスさんに歩み寄った。
伊左美さん、マーカスさんに座るように指示する。
それからマーカスさんの後ろに立った伊左美さん、なにを血迷ったかマーカスさんの首に紐を掛けたかと思うと、一気に締め上げた。
マーカスさんが一瞬驚愕の表情に変化したかと思うと、そのまま気を失った。
気を失ったマーカスさんを起こすでもなく、その様子を静観する四人。
まもなく横たわったマーカスさんの身体から透けすけのマーカスさんの上半身が起き上がると、そのまま透けすけマーカスさんがふわりと空中に浮き上がろうとする。なお、透けすけマーカスさんの頭上には天使の輪が浮いている。実体はまだ横になったままなのに。なにこの現象?
玲衣亜さんを除く三人が透けすけマーカスさんに殺到して、浮遊してゆく彼を取り押さえる。それからエイッエイッと彼をマーカスさんの実体の中へ無理矢理に押し込むと、気を失っていたマーカスさんの身体がピクリと動き、目が開いた。
みんなでマーカスさんの顔を覗き込む。
「だ、大丈夫ですか?」
ちゃんと意識が戻ったのか確認の意味もあって声を掛けてみる。するとマーカスさん、少し笑って……。
「ああ、生まれ変わった気分だよ。」
だってさ。
一度魂魄が抜けて半ば死んでたんだろうから、間違ったことは言ってないんだろうけれど。無茶苦茶だわッ。
「これは一体……狙ってやったんですか?」
「うん。でもここまで狙いどおりになるとは思ってなかったよ。世の中ってまだまだ謎が多いわね。」
私の問いに答える玲衣亜さん。まさか玲衣亜さん発案っスか?
「一度魂魄を失ったことで、いま、マーカスさんは自分の身体に内在する魂をはっきりと認識できてるはず。」
と伊左美さん。
「ええ、ようやくオレにも魂の在り処が判りました。」
「おお~ッ。」
一同鬨の声を上げて拍手する。
ちょ、マジかお前ら。確信がないのに人の身体を使っていろいろ試してしました感が半端ないんだけど。
いま思ったけど、いや、前から思ってたけど再確認。虎さんたちってやっぱりちょっと……やり過ぎなときあるよね? いや、結果オーライだからいいんだけども。
それから数日して、マーカスさんは透けすけマーカスさんを自在に出すことができるようになった。しかもケビンさんは自身の透けさんを身体から離すことができなかったけど、マーカスさんは透けさんを遠くまで飛ばすことができた。これも一度魂魄を抜いた成果かしら? ただ、マーカスさんが言うには、透けさんを以ってしてもケビンさんが言ってたような馬鹿力は出ないらしい。それを聞いて伊左美さんと玲衣亜さんは、距離を詰められないように闘うんだとか、馬鹿力が出ないなら膝とか急所狙いの技に特化させればいいんだよとアドバイスを授けている。前者はいいが、後者は不採用でしょぉ? と異議申し立てをしたところ、真顔でなにがダメなのか判らないって言われたから、私もちょっと答えに窮してしまった。確かに、相手がケビンさんではなくて本当の敵だとしたら、伊左美さんと玲衣亜さんのアドバイスで問題ない気がするような、やっぱりちょっと違うような……。
私があたふたしてるのを察したのか、マーカスさんはケビンさんとの試合では急所なんて狙いやしませんと約束してくれた。そうよね、急所狙いには誇りってのがないもんね。
それからの三週間、みっちり修業したマーカスさんは透けさんを結構自在に扱えるようになった。その成果を一度ケビンさんにもお披露目して、お互いに手の内を晒したところで、その翌日、いよいよ試合の日になった。
黄さんのお家の近くの空き地で、マーカスさんとケビンさんが対峙する。
審判は黄さん。
黄さんが両者の間に立つ。
「試合、始めッ。」
黄さんが試合開始を告げた。
マーカスさん、適当なところで参ったって言いなよね?




