8-18(196) マーカスVSケビン ①
もうすぐバトルが始まる予感(^^)
「オレも蒼月さんに、神陽たちが異世界のお菓子屋をこっちに開こうとしてることについて、話しとけばよかったなぁ。」
黄さんが帰ったあと、爺様は力なく言った。
私はなにも言えなかった。
天さんは私が転移の術師であることをずっと黙っていてくれた。日々弱っていく天さんのお見舞いに足繁く通っていたのは、半分は天さんの容体を気にしてとか、体調がいいときの話相手として、だったのだけど、もう半分は天さんが秘密をバラしてしまわないように圧力を掛けるためだった。私はいつもここで天さんの周辺を警戒してますよってね。天さんは私のことを恩人だと言い、術のことは口外しないと約束してくれていたのに、私はどこかでその言葉を疑ってたんだ。
天さんが亡くなったいまとなってはアレやコレやとああしておけばこうしておけばってことが思い浮かぶけど、きっと存命であればそんな気持ちには辿り着きやしないんだ。爺様はいまごろ悔やんでいるようだが、私はなにも後悔していない。
黄さんとはぶっちゃけ天さんの屋敷内でもちょくちょく顔を合わせていたんだ。病床にある天さんを前に異世界人同士の試合の話なんてできやしないし、当時は私自身、いまは天さんのお身体のことで頭がいっぱいで、ほかのことには満足に手が付けられないんですみたいなスタンスでいたから、無事に黄さんのお誘いから逃げてこれたんだけど、もうダメだった。
はい、結局、マーカス対ケビンの試合を組まれてしまいました。片や暇を持て余した黄さんに鍛えられ続けた男、片や特訓らしいことはなにもせずに過ごしてきた男。勝負にならないのは火を見るより明らかだ。ていうか、勝敗云々よりもマーカスさんが死ぬ気がしてならぬ。だからこそ、死ぬ確率を下げるために特訓しようと、一ヶ月間の猶予をもらったんだ。ただ、問題はなにしたらいいのか判ってないってとこなんだけど。
マーカスさんに試合のことを伝えるのは、死刑囚に死刑執行日を宣告するような感じだった。だけど、当のマーカスさん自身に特にうろたえる様子は見られなかった。すでに覚悟を決めていたのかもしれない。父さんは「蓮さんは特に命のやりとりをさせる心算はないって言ってたんだろ?」と、場を和ませようとしてるのか気休めを口にする。
うん、確かに黄さんは爺様の家でルールを確認したときも、参ったと言えばそこで試合終了だと話してたから、死ぬ前に降参してしまえばそれで済むのだろうけど。じゃあ、いつ参ったって言うのかが、私には判らない。
片腕が使い物にならなくなったら?
両腕が使い物にならなくなったら?
歯が折れたら?
首を折られたらどうするの?
相手を殺してしまう心算がない闘いというのが理解できない。少なくとも死んでしまっても構わないくらいの認識でなければ、試合が成立するのかどうかさえ、怪しく思われた。
しかもケビンさんの後ろに控えているのは黄さんなのだ。冗談が通じる相手とは思えないから、試合開始と同時に“参りました”なんて宣言させようものなら、怒り狂うことが予想される。せめて健闘はできるくらいになってもらえればいいのだけれど。
「試合といっても、黄さんはマーカスさんとケビンさんを本気で殴り合わせたいみたいですから、ルールは特に細かく決められてはいません。ただ、参ったと相手に言わせればそこで終わり。その宣言のあとに相手を殴るのは反則になって、悪質であれば黄さんの怒りを買うことになるので気をつけてください。下手すれば問答無用で消すって言ってましたから。」
マーカスさんに試合方法を伝えると、ケビンさんは要点だけを何度か復唱したんで、私もそれに首肯した。
「この試合の一番の問題点ですが、降参するタイミングが難しいってとこですかねぇ。ケビンさんがどこまで鍛えられてるのか判らないので、下手すると一発でやられることも考えられますからね。」
マーカスさんの敗北を前提に話すのはためらわれたけど、この際、言葉を器用に選んでる場合じゃないからね。たぶんマーカスさん自身もケビンさんとの境遇の差は感じてるだろうし。
「相手が参ったとなかなか言わない場合はどうなるんですかぃ?」
え?
「あ、あの、マーカスさん? ケビンさんは仙道の中でも一、二を争う変人に鍛えられてるので、おそらくほとんどなにもしていないマーカスさんでは勝ち目は薄いのではないかと……。」
そうそう、相手の心配なんて微塵もしてなかったわ。
「試合中に勢い余って死なせてしまう分には反則にはならないって感じですか?」
「う~ん、そのへんあまり詰めて考えてないと思うんで、また試合前にでも確認します。でも、相手の心配よりも自分の心配をした方がいいですよ?」
おそらく黄さんは試合中に相手が死んでしまった分には問題なしと言いそうな気がするけど。
「葵さんはオレが負ける方に賭けてるみたいですねぇ。」
「別に賭けてるわけじゃありませんが、相手はたぶん結構強いっスよ?」
「とはいえ、負ける気で闘いに臨む馬鹿もいないでしょう?」
「死ぬる気で臨む馬鹿なら目の前にいますけどね。」
!!!
口が滑ったぁ~。いまのは言い過ぎだッ。
「別に死ぬ気もありゃしませんが。」
「じゃあ、どうなったら“参った”って言う心算なんですか?」
「あ、こりゃ無理だって思ったら、ですかね。」
もうッ、そんな曖昧な答えじゃ安心できないじゃん。
「じゃあ、三回殴られたら参ったって言ってくださいよ。」
三回も殴られれば相手との力の差が判りそうなもんだと思ったんだけど、私の要望をあっさり断るマーカスさん。なんかこんな話をしてると、出会ったころのマーカスさんを思い出しちゃった。いつも、いまにも死にそうな顔をしてたマーカスさん……そうだわ。
「一つ伝えとかないといけないことがあったんだ。黄さんが転移の術のカードをマーカスさんとケビンさんのためにかっぱらってくるって言ってたから、もしかすると、もうじきマビ町に帰れるかもしれませんよ?」
マーカスさんの表情が変わる。この情報にはさすがに驚いたみたい。
「だから、絶対に黄さんの暇潰しのための試合なんかで死んだらダメなんですッ。」
「そうですね。試合開始と同時に“参った”言いますわ。」
「それは闘うより確実に死ねるのでやっちゃダメですッ。」
もうッ、極端なんだから。でも、傍目にもすぐ判るくらい嬉しそうな表情をするマーカスさんを見てると、こっちの頬も思わず緩む。急激な態度の変化がスッゴイ嬉しくて、涙が出そう。
マーカスさんもやる気になってくれたところで、特訓開始といきたいのだけど、一体なにをすればいいのやら。
途方に暮れている私に父さんからの意外な一言。
「ふふ、葵。案ずるでない。マーカスさんはある程度鍛えてある。」
ん?
なんなのかな?
走り込みとか腕立て伏せとかさせてたのかな?
「一体、どんなふうに鍛えたっていうの?」
「日々のトレーニングに加えて父さんと組手したりとか。」
ダメやんッ?
「父さん、トレーニングとか気にしてくれたことは感謝するわ。でもね、マーカスさんもケビンさんもパワーアップしてるげなの。父さんと組手したって仕方ないのよ。」
「いや、葵さん。親父さんは強い人だから、いい特訓になったよ。」
「え? 強い? 強いってなに?」
「葵、父さんも術師の端くれだからな。お前がどういうふうに父さんのことを思ってるか知らんが、知っちゃうと泣いちゃうから知らなくてもいいんだがね、父さん、意外とそこらへんのお兄ちゃんよりは強いんだよ。」
謙遜しながら話す父さん。そこらへんのお兄ちゃんってのはまあ冗談だとして、マーカスさんがいい特訓になったって言ってるんだから、なにも問題はないかな?
「そうなんだ? なら、よかった。」
「え? 父さんの術とかについて聞いたりとかないの?」
「ん、大丈夫よ。」
「マーカスさん、これこれ。どう思う?」
「葵さん、同じ子を持つ身として言うんですが、ちっとは親父さんの気持ちも汲んであげなけりゃ、親父さんが可哀想ですぜ。」
マーカスさんに言われるとちょっと心に響くんですけど。やめてッ、私をそんなに責めないでッ。
「と、父さん……。」
「ん? なんだい?」
そう言ってサッと私の方を向く父さん。いい笑顔作ってんじゃねえよ。馬鹿ッ。
「これからあと一ヶ月、本格的にマーカスさんの特訓を始めるから、しばらくマーカスさん借りっぱになるからね。」
ガクっと一瞬項垂れる父さん。ごめんなさい。なにも面白い言葉が思い浮かばなかったの。
そんなこんなありつつ官舎をあとにした私とマーカスさんは、とりあえず虎さんの屋敷に向かうのでした。




