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8-16(194) 爺様とお話

 転移の術を使うのをやめるというのは、人類に火を使うなというのと同じくらい無茶な話だ。って言い訳すれば、きっと、それとこれは全然別の話じゃないかと怒られてしまうんだろう。

 爺様が優先してるのは私の安全。それに対して私は利便を優先してるからね。人間、一度楽を覚えてしまうとなかなか元には戻れぬのだよ。

 それと同じ理屈で、異世界との行き来についてもやはり諦めきれぬ。ハナからその存在を知らなければ、こんなことで葛藤しなくてもよかったのにね。爺様と話しながら、そんなことを考えてると、ふとした疑問が頭をぎった。



「ねえ、おじいちゃん。どうってことないことなんだけど、聞いてもいい?」

 無言で私の方を見る爺様。

「えっとね、前々からときどき気にはなってたんだけど、最初にさ、なんで私を異世界に連れてってくれたの?」

 これ、以前からふっと疑問に思ってはその都度頭から消えてたんだけど、私にとってそれなりの謎だったんだ。

 爺様、まだ無言。ちょっと、とりあえずうんとかすんとか言ってよ。

「まだ聞いていいって答えてないんだが、それともアレかい? いまのは盛大な独り言ってヤツか?」

 ぬぬぬ……。

「くっそムカつく……ちなみにこれが独り言。あまり独り言とかは言わない方だと思ってるけど、自覚してるのは大体がこんなニュアンスのヤツね。いまの長ったらしいのは独り言じゃないわ。」

「冗談だからそうマジに答えなくていいんだが。あと、言葉遣いな。どこで覚えたんだか知らないが、ときどき言葉が乱暴になってるから注意しな。」

「はいはい、もうちょっと女らしゅうせいって言うんでしょ? 大丈夫よ、こういう言葉は身内か友達にしか使わないから。それで、さっきの話だけど、最初に私を異世界に連れてってくれたのはなんでなの?」

 腕組みして考え始める爺様。もう結構前のことだから、パッと理由が出てこなくても仕方ないか。

「む、なんでだろ?」

「いやいやいや、絶対覚えてるでしょぉ? 私じゃないんだから、ちゃんと理由があって異世界に連れてってるはずよ。おじいちゃんはときどきとぼけたり話をはぐらかしたり、いまも話をはぐらかしたりしてるけど、いつだってしっかり考えてから物事進める人だから、理由を忘れたりするなんてことはないわ。ね? なにも特別なことを聞いてるんじゃないの。ただ、なんとなくなんでだろって思ったことを聞いてるだけなの。どんな理由でも笑いやしないから言ってみて。」

 私の問い掛けに爺様が唸りながら煙管に火を入れる。やはり私の睨んだとおり、この話は結構し難いようね。なにしろ私に異世界の存在を教えなければ、いまのように爺様は私に手を焼くようなことはなかったんだから。虎さんたちの方には手を焼かされただろうけども。そんななのに、私を異世界に連れてった理由ときたら、それはもう海より深~い理由があるに違いない。さあ、さっさと話してちょうだい。じゃないと気になって今夜からぐっすり眠ることもできなくなるわ。



「うむ、おそらく、そのときは兄貴の側に立って考えたんだろうな。」

 重々しい口調ながら他人事のように言うわね……だろうなって。

はじめちゃんの?」

「兄貴は異世界の調査を続けたいと思ってたからな。オレにカードをくれたときも、そんなことばかり話してたよ。」

 遠い目をする爺様。

「カードをずっと持ってたのは、いつか一ちゃんの本懐を遂げてやろうと思ってたから?」

 爺様が真面目に答えてくれてるから、私も真剣に話を聞くわ。

「さあ、どうかな? ただ単に捨てられなかっただけかもしれないし、形見の一つだってんでな。」

「なるほどね。」

 真面目に答えてくれてるけど、まだちょっと空っ惚けてる部分もあるかな。これ以上はあまり追求できないけど。本心では爺様も一ちゃんの処刑を適正なものだったかどうか疑問に思ってるんじゃなかろうか。異世界へは行かぬと言いながらも虎さんたちを応援し、私を異世界へ連れてった爺様。そうした一連の行動は、一ちゃんの意志を爺様自身も継いでいるかのように思わせたり。

「おじいちゃんは議会を憎いと思ったりしたことないの?」

 いろいろ考えてたら、追求しないはずがポロッと追及してるしね。

「議会は……全体のためにあるからな。オレの意に沿わない決定をすることもある。それだけの話さ。少なくとも、聖・ラルリーグにとって議会が間違った決定を下したことはあまりない、と思ってる。」

「なるほど。」

 今度こそ本気で口をつぐむ。余計な詮索はしなくてもいいからね。この話題が爺様にとって気持ちの良いものとはかぎらないし。

 それからしばらくシンとする室内。ペラ、ペラ、と時折り小説のページを繰る音が響く。いろいろと考えちゃって、内容があまり頭に入ってこないけど。ただ文字を追っているだけって感じ。



「葵は……。」



 爺様の声が響いて、目を上げると、爺様は視線を小説に落としたまま言った。

「異世界のことを知らなけりゃ知らない方がよかったと思ってるか?」

 !!!

 なかなか鋭いことを聞きなさる。もちろん、そんなことは思っていないのだけど、知ってしまったからこそ周りに余計な気を遣わなくっちゃならなくなった面倒臭さは、異世界のことを知らなければ感じることのない感覚だったろうし。でも、絶対に知らない方がよかったなんてことはないんだよね。

「いや、全然。」

「そうか。」

 私と目を合わせもせずに、ペラっとまた一枚ページを繰る爺様。おい、話しながら読んでんの? 読みながら話してんの? どっちなの?

「いま私がなんてったか判ってる?」

「いや、全然。」

 ヤッバい、判ってるのか判ってないのか判んねえよぉ。どっちなんだよぉ?



 頬を膨らませて閉口してる私を見て、爺様が鼻で笑ったから、ちゃんと聞いてたんだってことがようやく判った。いや、いまの受け答えの仕方とか意地悪が過ぎると思うんですが。私をからかって楽しむのやめてほしいんですけど。



 コン、コン……コン、コン。



 玄関を叩く音。誰かしら? 爺様と顔を見合わせると、爺様も首を傾げて、出てって目で私に催促する。爺様の家といえども私の方が若いからね。



「はーい。」



 扉を開けると、こうさんが立っていた。

「わお、葵さん。こんなところで会うとは。」

「こんなところって、これでもおじいちゃんチなんですが。」

「はは、まあまあ。ちょうどよかった。爺さんに話があって来たんだが、葵さんにも話があるんだ。」

 黄さんの瞳が怪しく光る。うう、厭な予感がする。私はなにも話すことなんてないんですけど……とも言えないし。

「と、とりあえずお茶でも入れますんで、おじいちゃんと話しててください。」

 黄さんをおじいちゃんにパスして、そそくさと居間をあとにする。

 そしてお湯を沸かしながら思う。

 マーカスさんの命運もこれまでか……と。

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