8-13(191) ジークさんに伝えた
その晩、虎さんたちは屋敷に戻って来なかった。
そして、一夜明けて。
今日は気分転換も兼ねて、溜めてた仕事を一気に片そうかなと思います。
相も変わらずゴトゴト運送から仕事を請け負っているのだけれど、最近では各地に荷の集積場が作られているんで運ぶのも楽チンなのだ。なにしろ転移の術を使う回数が少なくて済むからね。それだけ実際に歩いて移動する距離も短くなるってわけ。ま、私が荷を運ぶわけじゃないんだけど。運ぶのはマーカスさん。父さんから無理矢理引っぺがしては私の仕事をちょいちょい手伝ってもらってるんだ。天さんに家を建ててもらうときに馬を一頭貰ったのだけど、家を空ける頻度が高くなったときに売り払ってしまった。町に厩もあるけれど、配送に行ってきま~すって言って出て行っといて、その日の晩に町を出たはずの馬が厩にいたのではいささか都合が悪いしね。私の仕事はいつ仕事に出てって、いつ帰って来たのか誰にも知られることなく済ませるのが流儀だから。それでいてクレームは入らないっていうね。
父さんとマーカスさんの二人はニューリーグ城塞に併設されたターミナル内で働いている。併設といっても、連邦の人たちをニューリーグ城塞以東に入れないことを目的に、ターミナルは城塞から見て連邦側に位置するので、城壁による防衛の範囲外。とはいえ一応、城壁から睨みを利かせているので大事は起こるまいとの考えだそうだ。
いきなり城塞前に転移するわけにもいかないので、まずはニューリーグの郊外に転移する。それでしばらくテクテク歩き、城塞前に来ていつもと雰囲気が異なることに気付く。なんだかいつもより門前の警備も多く、柵まで巡らされて物々しい雰囲気。そこで獣人の女がまさにこの城塞から連れ出せれたのだということに思い至る。
配送のタイミングと事件がぶつかるなんて、時期が悪かったか? 父さんから貰った通行証でいつもどおり入れればいいのだけれど。
城門前の柵の前で勝手が判らずウロウロしたり門前の様子を窺ったりしていると、そこへ衛兵がやってきて声を掛けられたのを幸い、通行証を見せると案外すんなりと入城の許可が下りた。
ターミナル内、みんなが荷運びに精を出す傍らで突っ立っている父さんに声を掛けようと近づくと、向こうも私に気付き、先に声を掛けてきた。
「おう、葵か。元気にしてたか?」
「ええ、おかげさまで。マーカスさん借りてくよ。」
突っ立ってる父さんとは対照的にセッセと動くマーカスさんを親指で示す。
「ああ、昼まで待ってくれ。午前中はちょっと物量が多いんだ。」
父さんがそんなこと言ってるけど、知らな~い。
「マーカスさーん。」
「ええッ? 父さんの話聞いてたッ?」
マーカスさんの方へ駆け寄る私の背後で父さんの悲鳴が聞こえたけど、聞こえていない振り。なにしろ今日は忙しいんだ。配送を済ませたら虎さんのお屋敷へ行って議会での話を聞かせてもらって、そのあとでケルンとポポロに行ってジークさんとダニーに獣人のことを伝えなきゃならないからね。昼までなんて待ってたら日が暮れちゃうわ。
マーカスさんに事情を話して、一緒に父さんに挨拶する。
「じゃあ、行ってくるわ。マーカスさんは今晩父さんとこに連れてくから。」
「待て、葵。お前、いつもそんな調子でマーカスさんを連れ出してるが、もう少し父さんとも親子の会話ってヤツがあってもいいんじゃないか?」
「は? なに言ってんの? 親子の会話ならいましてんじゃん。」
「これのどこが親子の会話なんだよ。」
「馬鹿ね。相手が父さんだからこんな感じに話してんじゃん。他人相手ならもう少しマシな話し方するわよ。」
「な、なるほど。って、そういう問題じゃないだろぉ?」
「はいは~い。んで、バイバ~イ。」
父さんはそれ以上なにも言わなかった。私の隣を歩くマーカスさんが振り返って「すいませんッ、今晩には戻りますッ」と父さんに向かって大声を出したんで、「マーカスさん、ごめんね」と謝っておく。親子の間で板挟みになってて大変そうだからね。
昼イチで配送を終えて虎さんの屋敷へ行ってみたものの、まだ戻ってきていないようだった。おマツさんチにも顔を出して、玲衣亜さんにも一応確認してみたが、返事はまだ帰ってきていないとのこと。あらら、アテが外れたわ。仕方がないので、最新情報は抜きでケルンとポポロを訪ねることに。
まずはケルン市のジークさん。
彼の家を訪ねてみたものの、いまは仕事に行ってると奥様。そうそう、平日の日中は大抵みんな仕事してるよね。うん、私も仕事してきたし。っていうんで、ケルンの街でしばらく時間を潰して夕方、再びジークさんの家に突撃。
私とマーカスさんとジークさんの三人、秘密の会議が幕を開けた。
とりあえず獣人の説明から始めて、獣人たちが各地に散らばっていること、目的などを伝えた。その説明にマーカスさんも捕捉を加えてくれて、戸惑いを隠せなかったジークさんも次第に要領を得てきたみたい。
「で、ジークさんに特になにをしてほしいってわけじゃないんですが、もし、マビ町とかケルンの街で獣人を見かけることがあったら、可能であれば。いいですか? 可能であれば、でいいので、一人でいいんで生け捕りにしてほしいんです。」
難しい顔をするジークさん。
「当然、ジークさんにはジークさんの生活があるんで、積極的にこの問題に介入してほしいわけではないんです。獣人もこっちでは獣みたいな耳とか隠して生活してるみたいなので、仮に獣人とこの町で擦れ違ったって、その人が獣人であるとは判らないかもしれません。それならそれで、放っておいてくれたらいいんです。ただ、相手が間抜けにも尻尾を出して往来を歩いてたら、そのときはって話です。それも、無茶をしない範囲で。」
ジークさんには奥様も子供もいるから、あまり無茶は頼めないんだ。
「逆にその獣人ってのは……。」
「ええ。」
「オレやダニーのことは知ってるのかい?」
「ジークさんとダニーのことは私とおじいちゃん、あとはマーカスさんとケビンさんしか知りませんよ。」
「そうか。」
「あ、ダニーのことはケビンさんは知らないか。」
「……判った。一応、気には留めとくよ。」
「ありがとうございます。」
これで獣人の話は一段落。
「ダニーにはもう伝えた?」
「いえ、ダニーには明日にでも伝えようかと。」
それからしばらくはジークさんとマーカスさんが話をした。獣人とかそういったことと関係のない、ただの世間話。ただ、マーカスさんの家族の話になると私も他人事ながら胸が痛む。マーカスさんはすでにこっちでは亡くなったことになってるんだ。だから無暗に顔も晒せない。そんなマーカスさんが気にしてるのは未亡人が再婚したかということ。なにしろ、マーカスさんは奥様に自分のことを死んだものとしてすっぱり諦めてほしいと思い、ジークさんに伝言を頼んだのだから。ジークさんの話ではまだ再婚とかしてないみたいだけど。このへんの問題の半分は黄さんのせいだわ。
そんな二人の話を聞いてて、重要なことを思い出した。いや、忘れてる方がどうかしてるんだけどね。
「そうそう、ジークさん、あと一つ、気に留めておいてもらいたいことがあるんです。」
「ん? なんだよ。」
「ケルンではないんですが、エルメスのどこかに、ジークさんやダニーと同じ、仙道が一人、潜伏してるんです。」
特に生け捕りだとか殺してくれとかの注文は付けずに、ただの要注意人物として、私は靖さんのことをジークさんに伝えた。




