8-12(190) 別れる⑤
※投稿直後ですがサブタイトル変更しました 別れるシリーズ?はこれで終わりです
縦に長い感じです
「靖さんは?」
きっかり一〇秒後に再び私を召喚した爺様が疑問を口にする。
「ん、彼、急いでたみたいだったから、改めて彼のお望みの所へ送り届けてきたの。」
咄嗟に出る嘘。まだ頭の中で状況を整理し切れていないから、靖さんがやったことを誰かに伝えるべきなのか、判断できない。
「向こうの世界か。」
ギロリと私を睨む爺様。召喚してってお願いしたから、行き先が異世界だったと考えても不思議はないか。
「ええ、そうみたいね。それが、彼の希望よ。」
「そうか。」
それ以上、爺様は特になにも追及しなかった。ま、異世界で暮らすってだけなら、別におかしな話ではないからね。特に靖さんの場合は向こうでお菓子職人やってたわけだし、案外こっちにいるより向こうの方が職を見つけやすそうな気さえする。
あの女のことさえなければ、私だって、もし靖さんが「僕、異世界で暮らすわぁ」と宣言したとしても、「ふ~ん、そう」で済ませてた話なんだ。
「そういえば、虎さんたちは?」
爺様としばらく話したあと、虎さんの屋敷に来た。
いま、この屋敷内には誰もいない。今晩、議会が招集されるらしく、虎さん、伊左美さん、小夜さんの三人は議会の使者とともに天さんの屋敷へ向かったそうだ。爺様はそれに便乗して仙人の里まで帰ってきたのだとか。なのでいま私は不法侵入を犯してるわけだが、別にいいよね? おマツさんだってよく敷地内を通りがかってるみたいだし、この屋敷はやってることが問題だらけな割にオープンなのだ。
で、実は私も議会への出席を求められていたらしいのだが、そこは爺様が断ってくれたみたい。私はあくまで一般人だからってね。爺様もよく気が付くようになってくれてなによりだわ。
議会が招集される理由は、獣人の女が連れ出された件に関連してのことらしい。ニューリーグ城塞の警備が突破されたというのも問題だけど、それ以上に女がいた牢の中で発見されたメモが物議を醸しているようだ。メモに書かれていた文言は“私は聖・ラルリーグの人間でもコマツナ連邦の人間でもありません”で、これをどう解釈したものか、というのも議会で話し合われるみたい。
たぶん、連邦に累が及ばないように、という靖さんの配慮なのだろうが、みんな余計に混乱して、それこそ小夜さんに累が及ぶんじゃないかと心配なんだけど。
ふう。
息を吐いて縁側に寝っ転がり、天井に並ぶ木の板の模様を眺めてみる。
落ち着いて頭をクリアにしてみると、改めていまの状況の不可解さが脳裏に浮かび上がる。
なんだろ?
なんでこんなことになってんだろ?
それ以上は切なくなるから、なにかを考えたり、思ったり、感傷的になったりするのをやめる。パチン。
薄らとした肌寒さに目を覚ますと、もう夕暮れどきだった。
当人に記憶がまったくないのに時間が経過しているというこの現象にも最近は慣れたもので、もう驚いたりしないけど。お昼寝は大切なんだ。
「おはよう。よく寝てたみたいね。」
!!!
「あッ、玲衣亜さん。」
「こんなとこで寝てたら風邪引くよ?」
気を遣ってくれるのはありがたいんですけど、人の寝姿を見てないでもらえますかね? 髪を手で梳いて身嗜みを整えてっと。
「師匠と伊左美は仙人の里に行ったの。待ってても今日は帰ってこないかもしれないよ?」
「そ、そうですか。」
「なにか用なら、師匠らが帰ってきたら伝えとくけど。」
「いえ、別に虎さんたちに用があったわけじゃ……。」
「あら? じゃあ、空き巣にでも入ったん?」
「んなわけないじゃないですかッ。そしたらこんなとこで寝てませんよッ。」
「はは、それもそうね。」
微笑みながらも、なんか寂し気な玲衣亜さん。ただ単に靖さんが出てくってだけでショックを受けてた人に、さらに追い打ちをかけるような情報を伝えるなんてできないよね?
「靖は? 無事に目的地に着けてた?」
「え、ええ。そりゃ、私の術で行ってますからね、大概無事ですよ。」
「そう、よかった。」
全然よかぁないんですが。うう、なんだか気不味いわ。
「そうだ、葵ちゃん、まだ時間ある?」
「ありますけど。」
ん? またなにか思い付いたのかな?
もう日も落ちて、辺りは暗くなっている。場所は屋敷内のお座敷。蝋燭の火が揺らめけば、お座敷の雰囲気がいつかの一夜を思い出させる。だけど、もうそれも過去の話だ。もう絶対に粗相はしない。
いま、私の目の前にはお椀二つとお酒の入った壺に、紙と筆、硯がある。一体なにが始まるんだろ?
「じゃあ、そのお椀にお酒を注いで。」
ま、お酒は飲むためだからね。
トクトクとお酒を注ぐ。ん、OK。
「かんぱ~い。」
は?
キョトンとして玲衣亜さんを見てると、続けて「かんぱ~いって言ってるでしょぉ?」とおっしゃる。あッ、ああ。手が使えないからね。飲ませてってことか。もうッ、もう少し判りやすく言ってくれればいいのに。お茶目さんなんだからッ。
手が不自由になってからおマツさんのお世話になっている玲衣亜さんは、おマツさんより禁酒を仰せつかっているようで、ここ数日間お酒をまったく口にしていないのだという。ふふ、お酒がなくても死にはしないってことが判ってよかったじゃないですか。
お椀に入ったお酒を数杯空けたあと、玲衣亜さんが私に書き物をしてくれと言った。私は字を書くの下手ですよと断っておいてから、紙を広げてその前に座る。玲衣亜さんは壁に背を持たせかけて、ちょっと離れてるけど横から私が書く様子を見守る恰好になる。
硯に墨を溶いて、準備完了! さて、なにを書かせようっていうんだろう?
「いいですよ、言ってください。」
玲衣亜さんに確認する。
玲衣亜さん、目を閉じて書く文言を考えてる模様。
「右端、紙の天地の中央に文字が来るようなイメージで……。」
おお、文字を書く位置の指定ですね。はいはい。
「お菓子カンパニー。」
お、お菓子カンパニーっスか? 今朝靖さんに言ってたヤツって、冗談で出たお菓子屋の名前じゃなくてガチだったんですね。
「お~か~し~、か~ん~ぱ~に~ぃっと。はい。」
「一行空け、頭一つ下げで、一〇九五年、七月、二十九日……。」
今日の日付か。ちょっと待ってよぉ、ほいほいほいっと。
「……設立。」
「え!?」
玲衣亜さんの方を見ると、いまの声にビックリしたのか、玲衣亜さんも目を開けて私の方を見ていた。
「うん、今日、できたんだ。」
「今日!? ですか?」
「うん。」
なんで? なんで? 今日、靖さんが出てったばかりなのに?
頭の中で疑問がグルグル回る。筆を持つ手が震えている。こんなんじゃ読める字さえ書けやしない。
気が付くと、紙が濡れていた。
おお? なに? なに?
さらに一粒、滴が落ちて紙を丸く濡らしたから、自分の目から涙が落ちてるんだってことに気付いた。
玲衣亜さんに見られないように、そっと身体を傾けて、玲衣亜さんから顔を背ける。
「いい? そしたらまた一行空けて、天地中央より少し下の方から、伊左美……。」
「ちょっと、タイムです。」
ダメね、涙が止まらない。玲衣亜さんのことを思うと、靖さんが憎くてならない。靖さんのことを思うと、玲衣亜さんが可哀想でならない。靖さんめ、こんなにみんなに思われていながら、よくも抜けぬけと。
ほどなくして、お菓子屋の名前と設立年月、設立時の店員二名の名前のみ記入された紙が出来上がった。紙が乾いたところで、紙を折り畳んで玲衣亜さんがいつも持ち歩いているという小さな袋の中に仕舞った。
「ある程度、期限を決めなきゃね」と玲衣亜さんは言った。靖さんは元々聖・ラルリーグと異世界のことで揉めるのを嫌っていて、いつも他に任せればいいじゃん、自分たちでする必要ないじゃんと言っていたらしい。ま、それについては私も靖さんがそんなことを言ってるのを聞いたことがある気もする。
今回の獣人が異世界に出入りしている件と聖・ラルリーグの絡みで「靖の不満もいよいよ爆発したのかもしれない。生爪も剥がされて、そのうえ指も二本失ってさ。いままでもいろいろあったけど、今回のは私たちも傷を負い過ぎたんだ」……そう漏らす玲衣亜さんは、靖さんのことをちっとも恨んでいないみたい。いや、実際のところ、私もお昼まではそうだったんだ。
「靖にとっては、時間ってすごく限られてたんだよ。時間の終わりってのがおマツさんチに佇んでる感じに見えてたんだろうね。」
ああ、虎さんの屋敷から見て、ってことですね。時間の終わりがお隣さんに居座ってる状態的な?
「一方の私たちは年齢でなかなか衰えることがないから、すべての課題をクリアして、ううん、そこまでは言わなくても、現状浮き彫りになってる問題くらいは片付けてからお菓子屋を出そうと躍起になってたんだけど、靖にはたぶん、それさえ悠長に感じられたんだと思う。」
ずっと靖さんと一緒に過ごしてきた玲衣亜さんが言うんだ。おそらくそれも靖さんが出てった理由の一つの側面なんだろう。いいですよ、玲衣亜さん。お酒の力でもなんでも借りて、ここで私にすべて吐き出してください。
「感覚の差ってヤツ? 私たちと靖は違うんだってこと、忘れないようにしてた心算なんだけどね。ついつい、忘れちゃうんだよね。あ~あ、ずっと前にも似たような経験したんだけど、全然反省できてないよ。」
聞けば、相手に対して気を遣うのは両者の間に距離を生む可能性があるから、玲衣亜さんは心を許した相手に対して、一定の礼儀を除き、気を遣う感覚を放棄してるんだってさ。それでちょっと痛い目を見たこともあるとか。
「六年だよ。こんなことになって、靖には悪いことしたな。」
玲衣亜さん、結構なダメージを心に負ってしまってるみたい。
な、慰めなきゃッ。
「玲衣亜さん、靖さんなら、いま、あっちの世界に行ってます。」
これは本当。
「え?」
俯いてた顔を上げる玲衣亜さん。
「きっと、向こうでこれからもお菓子を作り続けるんですよ。なんてったって、靖さんは一人前のお菓子職人なんですから。」
これは大嘘……じゃなくって、優しい嘘?
「ああ、そうだね。ホント、靖は腕の良い職人だった。」
それ本当?
「そうですよ。」
ここらへんは適当。
でも、玲衣亜さんも少し元気が出てきたみたいだからよかった。
「葵ちゃん、トイレ。」
「え?」
「と~い~れッ。」
「トイレは用を足すところですが、それがどうかしました?」
「連れてってッ。」
「お、おマツさんは?」
「お酒が原因で行くのにおマツさんに頼めるわけないでしょぉ? それもあってお酒止めてたのッ。おマツさんに余計な手間掛けさせられないから。」
「ああ、お酒飲むとトイレが近くなりますもんねッ。」
「判った?」
「わ、私でいいんですか?」
「厭なの?」
「いえ、喜んで。」
喜んでってのもおかしいか? もうッ、油断してるとすぐ変なこと口走っちゃうんだから。




