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8-9(187) 別れる ②

とらさんたちのお話、なかなか終わらないですね。」



 暑い日差しが照りつける庭先。

 少し木陰になってる虎さんの屋敷の縁側で、私たちは虎さんたちと議会の使者の話が終わるのを待っていた。

 やすしさんはお別れの挨拶まで済ませてたのに、出てく機会を逸してしまったために、いまも私たちと一緒に駄弁っている。小夜さよさんと爺様はこのロスタイムを利用して、靖さんに「どこか行くアテはあるのか」だとか「お金はあるのか」だとか、いろいろ尋ねてる。なんだかんだで、みんな靖さんのことが心配なんだ。

「さっき一般社会に戻るって行ってましたけど、虎さんたちとの付き合いは続けるんですよね?」

 私もこの機に一番気になってたことを尋ねてみる。

「ん、いや。人間の社会でやってくんだ。ふつうの人は仙道とかとは関わりを持たないから。虎さんたちともみんなとも、これでお別れかな。」

「なんでですか? 別にいいじゃないですか。靖さんはふつうじゃないんですから、いまさらふつう振ろうたってダメですよ。」

 靖さんの変なこだわりの意味が判らない。私だって一般社会で働きながらこうしてみんなと付き合ってるのに、ふつうふつうって連呼されると心外だわ。

「いままでふつうの環境になかったからね、いま、僕はプーちゃんだし、お金もないし。特別持ってるものといえば、精々が異世界の衣服くらいかな。ほかにはなにもないよ。これってふつうじゃないよね?」

「つっても、いまや靖さんは一人前のお菓子職人なんだろ? あの技量があればなんとでもなるさ。あのクッキー美味かったぜ。」

 どことなくマイナス志向の靖さんを励ます爺様。

「確かに、異世界のお菓子そのままを作るのはご法度でも、こっちにもありそう感を演出すればイケるのかも。」

「そうですよッ。イケますよ。」

「いや、まあ、それは追々考えるよ。ひとまず、僕はふつうにならなきゃならないんだ。住むところに、仕事に、嫁に、たくさん探さないといけないものがあるんだ。」

 それからもいろいろ話してみたけど、いまの靖さんにはなにを言っても暖簾に腕押し、柳に風といった具合だった。



 そして、お昼前になっても虎さんたちまだ部屋から出てこないもんだから、とりあえず靖さんには帰ってもらうことになった。聞けば、靖さんは異世界で働いてたお菓子屋に給金を取りに行く途中だったらというので、爺様と打ち合わせしてから、靖さんと一緒に虎さんの屋敷を出た。



「どこへ行けばいいですか?」

「ポポロ市の……僕たちのアパートがあったとこでいいや。」

「じゃあ、アパートの部屋でいいですかね? 人に見られるとアレなんで。」

「いいよ。ありがとう。」

「じゃ、いきますッ。」

 ピョンってな感じで♪



 前来たときに荒らされた靖さんたちの部屋も、いまはすっかり綺麗になって、家具を除き私物は一切片されてしまったようだった。もうここは靖さんたちの部屋ではないんだ。獣人の男が突き破った窓は窓枠だけが残され、枠には薄い板が貼られていた。家主はいまごろ靖さんたちに対しておかんむりに違いない。

「窓の弁償とかどうすんですか?」

 なんとなく尋ねてみる。

「ね、このままトンズラするってのが良さそうだけど、玲衣亜はなんとかすんだろうね。」

「だろうねって。」

 呆れた。

「正直、時間が経つとさ、この部屋の修繕費のこととかどうでもよくなっちゃったんだ。それよりも、これからの僕の生活費の方が問題なんだ。」

「はッ、ま、そうですね。」

 それは確かにそのとおりかもしれない。

「だから、鍵を掛けずにこの部屋を出てくのもいまの僕には気にならない。」

 そう言って玄関ドアから出てゆく靖さん。私もそれに続き、階段を下りて外に出た。アパートの前の通りは人の行き来も多く、街に来たんだって感じ。服装が向こうのなのがやや気になるけれど、ま、いいじゃん。



 爺様に召喚されるのは一時間後になっている。それまでに無事に給金を回収できればいいんだけど。

 靖さんたちが勤めていたお菓子屋はアパートの割かし近くにあった。

「それじゃ、僕はいまから店長に少し説教されてくるから、ここでいいや。」

 ???

「葵ちゃんの術のことは墓まで持ってく。あと、ボディガードの件だけど、必要になったら爺様に言って今日みたいに呼んで。できるかぎりなんとかするから。」

 ???

 あ、ええ、ありがとうございます。

「じゃあ、いままでありがとう。」

 ???

 靖さんが踵を返してお菓子屋の中へ入っていった。

 私は通りの様子を眺めながら靖さんが出てくるのを待った。

 入店してから十五分くらいかな? 靖さんが給料袋を手にして出てきた。

 無事に給金貰えたみたいでよかった。



 まだ時間あるし、そのお金でお茶でもしましょッ。



 って、言おうと思ったんだ。

「あれ? 待っててくれてたんだ?」

 ???

 出かけた言葉が靖さんのその一言に遮られる。

 え? なに言ってるの、この人。

「はい?」

 思わず聞き返す。

 よく意味が判らない。

「じゃ、僕、もう行くから。葵ちゃん、本当にいままでありがとうね。」

 そう言って手を差し出してくる靖さん。

 反射的にその手を取って握手する形になるが、ちょっとまだ早くない?

「じゃあね。」

 え?

 靖さん、ふつうに私に背を向けて一人で歩き始めたんですけど。

 は?

 思わず靖さんの背を追いそうになるが、なんか変な予感がして思い留まる。

 待て待て葵、お前はなにか勘違いしてるんじゃないか?

 いや、勘違いしてるのは靖さんの方じゃないか?

 と、とにかく状況を整理して。

 靖さんは異世界のお菓子屋に給金を取りに来た。で、無事に給金を貰えた。任務完了! あとは爺様が召喚してくれるのを待つだけだ……だよね? なにも間違ってないよね?

 なのになんであの人、勝手に一人でスタコラサッサと歩いてってんの?



「臭う! アイツは臭うぜ! 葵ちゃんッ。」

 そ、その声はッ、アオ!?

 ショルダーバッグの中から聞こえる声。

 いつのまにそんなとこに忍び込んだのかッ。

 バッグを開けてみれば、ハンカチがヒラヒラと空中に舞い上がった。

 あらま、今回はハンカチになっちゃったのね。

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