8-7(185) 会議
七月二十八日、ニューリーグ城塞にて聖・ラルリーグ使節団と連邦の代表者たちとで会議が行なわれた。今後、同じようなことが起きないように、お前らどう対策するの?っていうのが焦点だ。
聖・ラルリーグも事前に話は詰めていて、連邦が具体的かつ有効的な対策案を提示していないときは、相手の望みどおり戦ってやろうという結論に至っている。もちろん戦に反対する意見もあったが、最後は多数決だったからね。天さんが亡くなったことで連邦がますます調子づかぬともかぎらぬって大抵の人は思ってるみたい。
ま、詰めるもなにも、ハナから極論に達しているわけだが。
会議において、連邦は異世界への転移はブロッコ国の独断で行なったものだと主張。そのうえで連邦は転移の術のカードを七〇枚を議会に提出した。残りのカードは異世界滞在者が保管しているため、その者たちの帰還後に提出するとのこと。連邦が所持するカードの枚数、発見場所、発見時期、使用目的、使用枚数など細かな点が話題になり、連邦側も回答に窮した挙句、ほとんどの問答が“確認します”に終始した。
肝心の今後の対策だが……
・異世界滞在者を全員帰国させると同時に異世界で見聞したことを他言しないように緘口令を敷く
・異世界との関わりについては聖・ラルリーグのものを踏襲し、四ヶ国で認識を共有し、今後はどの国においてもカードが発見された場合はしかるべき機関に提出させる
という二点。
要は一度、異世界を知る以前の状態に戻してしまって、今後も異世界とは関わらない、という取り決めのようだ。
黄泉さんはさらに異世界滞在者との帰還後の面会を要求した。この場にいる人たちの話だけでは信用ならないから、ほかの立場の人たちの話も聞かなければならないというのだ。そういった意味で、連邦軍の一兵士などにも話を聞くから、しばらくは聖・ラルリーグの仙道および軍隊が連邦に駐留することに。駐留期間はおそらく異世界滞在者が帰還するまでで、連邦側の話では帰還はおそらく年末になるとのこと。
そうした取り決めを写した用紙に両国の代表者たちが署名し、血判捺印した。虎さんもその内の一名に数えられている。
最後に黄泉さんが連邦に念を押す。
「一部、不足の事態が起きたため一定期間とはいえ例外はありますが、概ね聖・ラルリーグとコマツナ連邦両国の外交はこれまでと変わらないということで、御承知願いたいと思います。ただ、この年末までは当方の仙道と軍隊がそちらにお邪魔しますので、当然そちらの国民と接触する機会も増えるわけですね。となると、不測の事態が起きることも考えられるわけですが、まあ、不測の事態が起きることはすでに予見できておりますので、そちらの方で手を打っていただき、当方の仙道、軍隊が安心して年末まで滞在できるように万全を期してください。つまり、なにが言いたいかと申しますと、もしなにかあった場合、そのときにはもうこのような話し合いの場は設けられることはない、ということです。」
その場の全員が押し黙って黄泉さんの言葉に耳を傾ける。
「当然、これは年末までにかぎった話ではなく、その後も、この取り決めが履行されない場合においても当てはまりますので、そこのところお忘れなきよう、お願いします。」
つまり、明言こそ避けているものの、今度不始末をすれば二の句を待たず開戦だと伝えてるんだ。黄泉さん、連邦には異世界人拉致犯の引き渡しのときにも肝心の異世界人がいなくて騙されたって恰好になってたから、そのときのも含めて連邦のことなんて信用できないんだろう。ま、それ以前からの積み重ねという線も考えられるが。とにもかくにも、天さんがいなくなったことで歯止めが利かなくなってるのか……、いやいや、天さん自身、異世界人の引き渡しを蛇葛門戸に断られたとき、“オレが連邦を叩き潰す”とか啖呵を切ってたからね。これも天さん路線だと言えなくもないのかな。
連邦は史上ありえないレベルの取り決めを飲まされてさぞ不服だろう。軍隊の国内駐留とか、ほぼ敗戦国が飲む条件じゃん。だけどそのくらいしないと、連邦の動きが読めないから仕方ないのか。いま、この取り決めを蹴って、せっかく回復した交易をお釈迦にしてさらに戦となれば、間違いなく連邦なんて瓦解するだろうし。
蛇葛の跡を継いだ新任の陽迷君もこれには頭を抱えてるだろうね。
聖・ラルリーグ側は天さんから黄泉さんへ、連邦側は蛇葛から陽へと、ともに世代交代しての最初の交渉だったけど、これは黄泉さんに軍配が上がった感じかな。別に黄泉さんが天さんの跡を継いでんのかどうか知らないけども。
きっと将来、この日の会議のことが“ニューリーグ城塞大会議~コマツナ謝り倒しの三時間スペシャル”とかって、歴史を決定付けた会議として語られてゆくんだろうね。
「とりあえず、これで一段落着いたでしょ?」
会議の後、虎さんがみんなの顔を見回して言った。
「そうですね。これで連邦が新兵器引っ提げて聖・ラルリーグに奇襲を仕掛けるってのは未然に防げたと思います。」
伊左美さんが答える。
「あとは異世界の方ですねッ。」
ただ、獣人の女は結局ニューリーグ城塞にて保護されることになったから、まずは彼女の奪還から始めなくちゃならないわけね。やっぱりアレかな? そのときは前のときみたく異世界の恰好をして盗人に入るのかな?
「そうだね。あの女を手元に置いとけなかったのは痛いけど。」
「そのときはまた言っていただければ協力しますので。また声掛けてください。」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ。」
「今回はなにもしてませんし、異世界に出没してる獣人の方が私にとっては厄介ですからね。私にとっては次が本番ですから。」
というわけで、次の作戦に向けて私はちょこちょこ虎さんの屋敷へ顔を出すことになった。緊急であればテイルラント市の私の家か爺様のところを訪ねてもらうことにして。
これからそう間を置かずに連邦への駐留事業が進むだろうから、場合によっては虎さんたちにも駐留の要請があるかもしれず、そうなれば虎さんたちには自由がなくなる。今度のは向こうの警察に獣人の存在をチクるだけだから危険も少なかろうし、準備もなにもないから急げるだけ急いだ方がいいだろう。獣人の判別は獣耳で行なうわけだし、私たちに危害が及ぶことはないから。
そして、虎さんの屋敷まで一緒に戻ると、屋敷にはなにやら甘く香ばしい匂いが漂っていた。もしかして靖さんがお菓子作ったッ? 甘い匂いに誘われるように廊下を進んでゆくと、そこに汗を掻き掻き炊事場の片付けをしている靖さんの姿が。
「ありゃ? お帰り。早かったね。」
「すっごい甘い香りがしますね。なに作ったんですか?」
「うん、ちょっとクッキーを焼いてみたんだ。こっちの材料とかで問題ないかテストする意味も兼ねてね。」
そこに出来上がった物があるんだけど、と靖さんがクッキーをおススメしてくれたんで、一つ摘んでみる。おお、これはバターたっぷりな感じで、まさに黄金色のお菓子と呼ぶにふさわしいですなッ。パクリッ……モグモグ。うん、美味しいッ。明日、一人ででも異世界に行ってこようかしら? とか思ってみたり。もう靖さんは一人前のお菓子職人だわ。いつのまにか立派になってしまって。
「どうよ?」
「すごく美味しいですッ。」
「でしょ?」
靖さん、ちょっと嬉しそう。
みんなもクッキーを口にして、虎さん少々感慨に耽っていらっしゃる。
「私が向こうに行ったのは数えるほどしかないからね。こういう味がなんかすごい懐かしいんだけど。」
よかったね、虎さん。
「そういえば、獣人の女はどこ?」
靖さんが虎さんに尋ねる。
「ああ、あの女ならニューリーグ城塞に保護されてしまったよ。だから、向こうに行く前に、まずはあの女を奪還するところから始めないといけなくなった。」
「保護?」
「あの女は使節団に連邦の悪巧みを直訴したから、連邦に返すのはまずいってんで聖・ラルリーグ側に置いてるのさ。」
「獣人なのに、聖・ラルリーグの敵だらけの城塞に……か。」
独り言のようにぼそっと呟く靖さん。
「靖さん?」
虎さんも変に思ったのか、靖さんに声を掛ける。
「ああ、いや。じゃあ、玲衣亜とおマツさんとこにクッキー持ってくわ。」
なんか考え事でもしてたんだろうか?
「あ、私も行きますッ。」
とりあえず、私も玲衣亜さんに挨拶するために靖さんにくっついて行くことにした。




