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8-5(183) ピンチ?

 獣人の女の話を粗方聞き終えたあたりで視界が闇に覆われ、目に光を取り戻したときには、眼前にとらさんの鎖で拘束された獣人たちが胡坐を掻いて並んでいた。その列の真ン前では仁王立ちした黄泉よみさんが辺りを睥睨へいげいしている。四方を見回せば私のほかにまだ昏倒している人の姿も散見され、起きている者たちが声を掛け、あるいは揺すって起こそうとしているところ。そして、目の前に虎さんがヌッと現われたかと思うと、「気分はどう? 気を失ったのは黄泉さんの陣のせいで、特に健康に問題があるわけじゃないから心配しなくてもいいよ」と虎さんが耳元で囁く。対する私は、「ああ」と気の抜けた声が漏れるばかりで、まだ頭が働かないのかしっかりした受け答えさえままならない。

「みんなは?」

「みんな大丈夫だよ。」

 虎さんが視線で示した先には伊左美いさみさんと小夜さよさんの立ち姿があった。

「師匠を悪く思わないでね。ああでもしないと獣人たちに逃げられる恐れがあったから。一人にでも逃げられてこの情報が漏れれば、相手に証拠を隠ぺいする時間を与えることになるからさ。」

「虎さんも昏倒しなすったんですか?」

「ふ、もちろん。」

 おそらく黄泉さんは獣人の女の話の最中に陣を展開する準備を整えていたんだろう。それにしても、これが敵の展開した陣だったらと思うとゾッとする。

 まばらな雨粒が地表を点々と濡らしてゆく。聞けば、昏倒してからまだ一〇分も経っていないのだという。



 議会のお偉方が連邦の使者と話を詰めている。獣人の女が話した内容について、連邦の使者連中は言葉巧みに言い訳を重ねた。連邦はあくまで疲弊したブロッコ国を援助する正義の軍であり、それを悪く言う輩は大抵合戦後に賊に身を貶めた者たちなのだと。その獣人の女の薄汚い身なりがすべてを物語ってるじゃないかッ。その女こそ野党のなれの果て。人の物を奪うことでしか生きていけなくなった簒奪者ッ。盗むのも得意であれば嘘を吐くのも朝飯前。その女の言うことを真に受けては天下の笑い者になるぞと、連邦の使者は調子付いてペラペラとまくし立てる。

 だが黄泉さんは平静を保ったまま、私にはどちらも信用できぬと一言で切って捨て、「これから裏を取るから、なにもやましいことがなければふんぞり返って成り行きを見ているがいい」と伝えて踵を返す。

 まだ表出こそしていないが、黄泉さんが静かに怒る準備をしているように思えてならない。

 そうして私たちはまだ出立して間もない庁舎へと引き返した。



 庁舎の人々は使節団が引き返してきたことに対して一様に驚いていた。行列に連邦の使者と警備兵の姿がないことを不審に思っていることだろう。いま、使者と警備兵は荷台に乗せられ、その上から布を掛けられ人目に付かないようにしてあるのだ。当然、庁舎出入り口で衛兵による足止めを喰らったが、使節団を覆うタダならぬ雰囲気に気圧され、ただの一喝だけで衛兵も道を開ける。ちょっと強引な気もするが、一々相手にしていては連邦に考える猶予を与えることになっちゃうからね。



 無事にブロッコ王国城跡敷地内に進入した私たちは、庁舎を尻目にさらに進み、綺麗に手入れされた庭園を通って敷地内最奥にある宮廷をめざす。なんでもその宮廷にはブロッコ国がまだ王国だった当時の王家の血筋に当る人たちが暮らしているそうで、そこに代々の王家を世話してきた仙道がいるのだとか。で、その仙道にブロッコ国の捜索に先立ち、一言断りを入れたいのだそうな。

 その仙道、名前を江精明こうせいめいというらしい。黄泉さんをはじめ聖・ラルリーグ側の仙道とは知己の間柄だったのか、お互い遠慮のない話をしている感じ。お互いの近況などをやや話したあと、黄泉さんが本題を切り出す。仮想敵国からの兵舎視察の申し出に清明も最初は難色を示したが、異世界の物と思われる物品が見当たらなければほかに用はないとこちらが念を押すと、ついに兵舎視察を了承する。

 つまり、連邦軍がブロッコ国でなにをしていようが聖・ラルリーグとは無関係。余計な詮索をする心算つもりはないというわけだ。



 異世界の物品の有無を確認するための視察には清明も同伴することになった。この清明という仙道、余程世間と隔絶した生活を送っていたのか、黄泉さんが話すブロッコ国の現状をほとんど知らなかった。彼が知っている最新情報は合戦後にブロッコ国の領土の一部が聖・ラルリーグに割譲されたという話題だったからね。そんな彼が同伴を申し出たのは、自身の目でブロッコ国の現状を見てみようと思い立ったかららしい。思い立つのが手遅れレベルで遅いわけだが。



 清明が出張ったことにより、一行が使者も警備も付けずに動いていることと相まってさらに周辺の驚きは増したように思えた。

 庁舎のほど近くにある兵舎内。「連邦軍の制服ばかりだ」と擦れ違う人たちを脇目に清明が感心したように言う。兵舎内の状況が獣人の女の話に近似しているのは疑いない。

 しばらくして武器庫前に到着。武器庫を守る衛兵が頑ななまでに視察を許可しないから、清明が力づくで衛兵を捻じ伏せる。そうして無理矢理武器庫に入ると、山のように積まれた銃が目に飛び込んできた。



「やっぱあるんじゃないかぁああ!!!」



 発見と同時に、先程まで平静だった黄泉さんが叫んだ。「どうどうどう」と虎さんが黄泉さんの背をさすっている。一方、ほかの仙道たちと聖・ラルリーグのお偉いさんたちは興味津々に銃を手に取るなどして観察し始めた。

「この銃というのはなんだ?」

「こことは別の国で製造されている武器ですよ。」

「連邦には聖・ラルリーグへ侵攻する意志があるとみて間違いない」

蛇葛門戸だかつもんどの後は誰が継いだんだったか。」

「確か、陽迷君ようめいくんだったと思います。」

 それぞれ銃を前に話し合っている。



 みんなとは対照的に黄泉さんはジッと銃の山を遠目に見ながら、なにごとかを考えているよう。虎さんも弟子たちもその様子を見守っている。

 そんな中、私は一息吐いていた。銃が見つかったことで、連邦と異世界の問題については今後、議会が主導して解決するだろう。虎さんたちだけがリスクを冒さなくても、最善の解決策を用意してくれるはずだ。とりあえず、これで一段落。次は異世界にいる獣人をどうするかってとこか。こちらについては私もいまのように傍観者然とはしていられないもんね。あと一つ、あと一つだ。



 突如、武器庫の外が騒がしくなる。たくさんの人の気配。武器庫内に緊張が走る。

「オレが様子見に行くわ。」

 みんなが動揺するより早く一人の仙道がそう言って扉に向かう。「おい、大丈夫なのかッ?」と扉に向かう仙道の背に向かってお偉いさんが大声を発すれば、その仙道がピタリと歩みを止める。そして、彼の身体に異変が起こる。ニョキニョキと背中から腕が生え、顔が三つになる。まるでお化けというか化物というか、早くこの人やっつけないと世界を征服されそう……って思うくらい、気持ち悪い。口喧嘩とか強そう……とかね。

「大丈夫かどうかを確かめに行くんだ。文句あっか?」

 三面六臂に変化した仙道がお偉いさんを顧みて悪態を吐く。お偉いさんはその言葉よりもその姿にビックリ仰天してるから、会話どころではない様子。チッと仙道が舌打ちする。

「私も行きます。」

 虎さんが仙道の後に続く。

「待てッ。」

 黄泉さんが虎さんに待ったをかける。

「もし獣人たちがここを包囲してるとすれば、虎はその状況に向かん。」

 うん、向かん。

玲衣亜れいあは……いないんだったな。朱鷺とき、キミが祖丘そきゅうさんを援護しなさい。」

「は、はいッ。」

「あと、雷田らいでんさんと御桜みさくら乃湖のっこさんも援護をお願いします。で、松山さん……。」

「ん?」

「私と一緒に行きましょう。代表者が先陣を切らねば、いきなり喧嘩を買うのも面白くないですし。」

 お偉いさんまで黄泉さんに指名されて焦っていらっしゃる。こんなに仙道たちが雁首揃えてんのに、もしかしてピンチッ? ピンチなのッ?

「これじゃ、清明に声をかけた意味があまりなかったかもしれないな。」

「はッ、そんなの、さっき衛兵をやっつけたので判るだろ?」

「まあね。」

 黄泉さんと清明が暢気に話している。

 と、ということは、やはりピンチではないということですかね?

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