8-3(181) お茶
虎さんたちは歩哨詰所でお茶してた。
この時間帯は兵士も詰めてないから都合がいいんだそうな。壁に沿って汚れた衣服や武具が掛けられていて、部屋全体がちょっと臭う。床石も壁も毎日汚されに汚され尽くして、もう掃除してもキレイになる見込みがないといった有様。こんなところでお茶とか……。
松明の火が煌々と灯る部屋の片隅、机を囲んでいるのは虎さんと小夜さん、そして黄泉さんとそのお弟子さんたち。小夜さんの隣に伊左美さん、その隣に私が座る。隣が黄泉さんの弟子の折戸朱鷺という女。その隣に黄鳥歌、雷翔、レオンという男三人が並ぶ。
「すいません、遅くなりました。」
鬱陶しい言い訳も理由の説明も省いて、とりあえず最初の誘いに応対しなかったことを謝って席に着く。
「あら、いいのよ。疲れてたんでしょ? それに、あなたはなにも知らない一般人なんだから。」
隣の朱鷺さん、声の調子は朗らかだが、言い方に棘がある感じ。
「でも、いいこと? 私たちの師匠はこの使節団の団長なの。そのほかの煩雑な関係は特になにも気にしなくてもいいけど、一応、あなたも使節団の一員なんだから、その程度は弁えてほしいわね。」
「はい、すいません。」
朱鷺さんの言葉に頭をもう一度下げる。
「朱鷺、彼女は私たちと違うんだから、自分たちの感覚でモノを言ってはダメだよ。」
黄泉さんが朱鷺さんに言う。
「そうですね。失礼しました。葵さんも、ごめんなさい。」
やんわりと微笑む朱鷺さん。
ああ、この空気……大嫌い。
しばらくは私のことが話題になる。私が何者なのかというのが、黄泉さんとその弟子たちの興味の的だった。ただの爺様の孫なら問題ないのだろうが、黄泉さんは私のことを三度、目撃している。
一度目は霞ヶ原で発見された銃のことで議会が招集されたとき、二度目は異世界人拉致事件に関連して連邦を訪れたとき、三度目が異世界人拉致犯の引き渡しのとき。
最初は爺様の世話焼きに同行してるだけかと思ったが、二度目には爺様抜きの単独だったから疑問に思い、三度目には虎さんと一緒にいたから、虎さんにもついに春が来たんだなぁと師匠として弟子に幸せが訪れたことを密かに喜んでいたのだとか。
だが、そんなに間を置かずに黄泉さんが想像したような事実がないことが虎さん本人の証言により明かされる。そのとき虎さんが虎さんの屋敷のおさんどんとして私のことを紹介したことから、たかだかおさんどんをこの場に連れてくるはずがないという疑念が生じ、黄泉さんが改めて私たちの関係を追及しているというわけ。
虎さんは嘘の上塗りを避けるためか、おさんどんであるという設定は活かしたまま「葵ちゃんが連邦を見てみたいというものだから」と、まるで私が我儘を言ったかのような理由を捏造する。必然、私への風当たりは強まり、黄泉さんの弟子からも「観光気分かよ」とか「遊びに行くわけじゃないんだけど」と嫌味をいただく羽目に。
ここで私が違いますと反論するわけにもいかないから、ひたすら委縮し続けていると、隣の伊左美さんが私をかばってくれた。お供は四人まで認められていて、玲衣亜が怪我で来れなくなったからその穴埋めを私にお願いしただけだから、私に罪はない、と。矛先を私から虎さんの方へ向けてくれたんだ。散々な言われように頭が混乱してたから、伊左美さんに擁護されて本当に助かった。下手するともう少しで意味不明な涙が出てたかもしれない。
私を連れてきたことについて、虎さんが私のせいにしてしまったことを黄泉さんに謝ってから、続いての矛先は小夜さんに移る。小夜さんがここにいる理由が問われたものの、小夜さん、先の私たちの言い争いを聞いてたからもう心の内は決まっていたのか、落ち着いた調子で物見遊山だと答える。外野が「目狐」だのなんだの汚いヤジを飛ばしていたけど、当の小夜さんはそんなのどこ吹く風で侮蔑の眼差しを相手にくれてやるばかり。そんな小夜さんの態度に却って腹を立ててる様子の弟子たち。黄泉さんも小夜さんを問い詰めるのは面倒だと思ったのか、今度は虎さんに私や小夜さんを誘ってどういうつもりなのかと尋ねる。
いいじゃん? 弟子の玲衣亜さんは無理欠だし、虎さんにはほかに弟子も友達もいなかったんだからってことで済ませておけば。
あ、虎さんもほかに誘う人がいなかったって言ってる。憐れ、虎さん。悔しかろう、その言い訳。黄泉さんもなにかを察したのかこの話題を切り上げ、次の話に移る。
「今朝はしろくま京の役人がいて話せなかったが、異世界人の件、まだ決着が着いておらん。これを機に連邦と異世界人の件について本格的な協議を進めたいと考えているんだが、どう思う?」
異世界人の件?
「それについて、誰かに相談されましたか? いえ、私の意見を申し上げるなら、無理です、としか言いようがありません。ええ、無理ですよ。」
「無理……か。その理由は?」
「連邦の奴らにはまったく話が通じませんから。ああ言えばこう捉え、こう言えばああ捉え、人の言葉を素直に聞くということがなく、なにをするにも聖・ラルリーグに対しての恨みがまず先に立つので、特に私たちなんか相手にされるはずがありません。あいつらは白旗を振りながら、その背後で弓矢を番えて相手を射殺す準備をするような、そんな奴らなんです。」
珍しく虎さんが饒舌だ。その話し振りに黄泉さんも若干驚いているよう。
「だが、連邦の許可なしには犯人たちの捜索さえままらなんのだ。なに、根っから協力してもらおうというわけじゃない。なにかを口実に連邦域内を捜索する許可だけもらえればあとはこちらでやろうと思っているんだが。」
「話の進め方次第では許可を貰うことくらいできるかもしれませんが、その後のことを考えると、私は連邦との協議には賛同しかねますね。」
「そうだな。許可を貰ったあとの対処まで詰めておかねば、この話は進められないな。いや、虎に話してみてよかったよ。」
「あ、あくまで私の意見は十二分の一の意見に過ぎませんので、あまり気になさらないでくださいよ。」
「いや、もう粗方腹は決まっておるのだ。それでも十二人の意見は聞いておきたくてな。それに、半ば賛成されるより反対される方が、この案件に潜む問題点が見えてくるからいいよ。」
「なんだ、最初から決めてたんですか。ま、そんなこったろうとは思いましたが。」
「悪いな。」
異世界人の件というのは、靖さんたちのことか? いや、連邦が絡んでるということは焔洞人たちのことか。黄泉さんの中では、焔洞人たちはあの引き渡し場所で消えたまま消息不明という扱いになっているのかもしれない。
「ダメ元で一応、尋ねるが、卯海からの接触はないか?」
「ありませんよ。あれば、その時点で報告してます。」
「そうだな。」
虎さんと黄泉さんの話は続く。小夜さん、伊左美さん、それに黄泉さんの弟子たちも二人の話を拝聴していて、私語は慎んでいる模様。これまでの話の内容もこの重い雰囲気も、すべて予想できていた。だからお茶なんかしたくなかったのに。
ん? なんか小夜さんがお茶でむせてるけど、お茶が肺にでも入ったのかな? 私も手持無沙汰なもんで、お茶を啜りまくってたらあっという間に湯呑が空に。すると私の湯呑が空いたことに目聡く気付いた伊左美さん、すぐにお茶を注いでくれた。小声でお礼を言いつつ会釈してお茶を啜ると、ヘンテコな味がする。ん? と思ってまた飲んで判った。これお茶じゃなくてお酒じゃないかッ。色はお茶だから、見た目でバレないようご丁寧にお茶と混ぜてるんだわ。伊左美さん、ニッコリして机の下で親指を立ててイエーイってやってる。
「ぷッ。」
なんで伊左美さん、酒持ってきてんだよ? ま、こうしてみんなの目の前で堂々とお茶じゃないものを飲むってのも痛快だけど、私、別にお酒が大好きってわけでもないしね。でも、ちょっと気持ちが和んだわぁ。
私と伊左美さん、小夜さんの三人はコソコソ話しながら、スリル満点のお酒を味わった。虎さんや黄泉さんが私たちの振舞いを気にしてるかどうかなんて気にならない。ただ、お茶の席でお酒を飲んでるという事実だけで面白かったんだ。
しばらくしてお茶の席もお開きに。
そして、それぞれの寝室への道すがら、伊左美さんがぼやく。
「さっきは無理言ってごめんね。ホントはオレもお茶なんかしたくなかったんだけどさ。ま、あのお酒で勘弁してくれや。」
伊左美さん曰く、“お茶をする”って言葉がなぜ存在してるのか判らない。お茶なんか飲んでも盛り上がらねえよって。
その言葉を受けて、「お茶しようってことは、真面目な話をしようってことだからな。まず楽しくはならないと相場が決まってんだよ」と小夜さんも同意を示す。
私は心の中で反論する。そんなこたぁないです。お二人の認識が狂ってるだけです、お茶するってのはアリですよ。ただ、今回のは面子に難があっただけです、って。
虎さんが伊左美さんの言葉に驚いて、事実関係を確認したが、結局、ま、いいか、で終わってしまった。
ときどき虎さんは締まらないというか、緩い人なんだなと思う。そこがいいんだけどね。




