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8-2(180) 馬鹿なの?

 その日の夕方にはセント・ラルリーグとコマツナ連邦の新たな国境に造られた町、ニューリーグに私たち使節団は到着した。



 ニューリーグは聖・ラルリーグと連邦を繋ぐ唯一の町で、住人のほとんどが兵士であったりその家族であったりして、なにかしらの形で軍隊と関わっている。兵士は国境警備に就く傍ら、周辺地域の開墾作業、治水作業に駆り出されて日々、街の発展に尽力している。それまで暮らしていた獣人を追い出したものだから、土地は有り余っている状態だし、獣人の手が入っていない荒地や森の中まで改めて調査を進めているから、数年もすれば賑やかな町になることと思う。父もいまはこの町でマーカスさんと一緒に暮らし、連邦との交易業務を担っている。仕事内容自体は以前と変わりないけれど、居住地が連邦から聖・ラルリーグ側に移ったことから、ある意味出世したのかな? と父は冗談めかして話していた。

 いつもはマーカスさんを借りに訪れるだけなのに、今日は私も自由の利かぬ身。連邦への使節団一行のお供として歩いている私の姿を父が見たら、一体どんな顔をするかな?



 夕暮れの街道。

 道には仕事を終えた兵士や職人、商人も行き来しているから、使節団一行はゆっくりと進む。そんな中、知った感じの顔が私の傍を通る。んん、父によく似てるなぁとか思ってると、その人、私と目が合ったかと思えば次の瞬間には目を逸らしたから、他人の空似だよねと思ったそのまた次の瞬間には、その人サッと首を振ってまた私の方を見る。いわゆる二度見ってヤツ? 大層偉そうな雰囲気を醸し出している使節団一行を前にしてこんなアホな反応をする人物を、私は二人ほど知っている。そのうちの一人が私の父で、いま、私の目の前で「もしかして、葵?」と、一行に声を掛けるという無礼を働いている。父の隣のマーカスさんはちょっと引いてる感じ。異世界人の彼としてはあまり目立ちたくはないだろうしね。とりあえず、「葵でいいんだけど、いま仕事中だからまた今度ね」と父に言い放つ。これで退散してくれるだろうと思ったんだけど、敵もさる者で「仕事ってなにしてんだ?」と使節団の行列と並んで歩き始める始末。「もう、虎さんのお供よッ」と少々キツめに言う。面倒臭いやら恥ずかしいやら。私の隣の伊左美さんが満面の笑みを浮かべていて、面白がってるのか怒ってんのか判んない。騎乗の虎さんも軽く笑顔で、ドン引きしてる様子。おいおい、お父さんマジかよ……みたいな。



 結局伊左美さんに取りなされて一行から離れて行った父。帰りには必ず家に寄らせてもらいますと伊左美さんは言ってたけど、あんな勝手な人はとりあえずスルーでいいんじゃないですかね? 建屋が立ち並ぶ町の中心といえばそんなに広くもないから、父と遭遇したのも驚くことでもないし。

 父が離れてからまもなく、私たちはニューリーグに築かれたニューリーグ城塞に到着した。



 ニューリーグ城塞はボン城塞よりも立派だった。天高く聳える分厚い城壁、さらにその上に築かれた望楼。ボン城塞にもこれだけの備えがあれば、テイルラント市に誘い込んで……という戦術を採らなくても先の戦に勝利できていたかもしれない。ま、たらればの話をしても仕方ないけれど、考えてみれば三〇〇年間の長きに渡って平穏な時代が続き、その当時からある城塞と現在の技術の粋を結集させた城塞とは出来が違って当然か。それに戦後まもないこともあって、聖・ラルリーグとしても久し振りに本気で獣人を警戒してるんだろう。



 城塞には連邦側の使者も来ていた。使節団の団長である黄泉さんが連邦の人たちと軽く挨拶を交わす。本番は明日からということで、その日はもう連邦側との絡みはない。というわけで使節団の皆さまと忙しなく食卓を囲み、お風呂も済ませてから用意された寝室へ直行ッ。一日が終わったなぁとゴロゴロを決め込もうとしてたところへ伊左美いさみさんからお声が掛かる。

黄泉よみさんがお茶でもしようぜって。」

 とらさんの師匠である黄泉さんからのお茶のお誘い。正直言うと、虎さんたち以外とあまり絡みたくないから、断りたい。

「今日は長旅で疲れたんでもう寝ます……って伝えてもらっていいですか?」

「え? まだ七時前だからね。その言い訳は苦しいんじゃない?」

 さすがは伊左美さん、私の言葉を額面通りには受け取ってはくれない模様。

「そうは言っても、私もあまり詮索されたくはないですし……伊左美さんお昼に言ってたじゃないですか。私と黄泉さんだったら私を取るって。」

 ちょっと上目遣いしてみる。

「まあ、そういうのを考えると、確かに黄泉さんと葵ちゃんが接触するのは好ましくないんだけどな。」

「でしょぉ?」

 ちょっと唇を尖らせてみる。

「じゃあ、とりあえずその言い訳を伝えてみるけど、ダメだったら大人しくお茶してくれよ?」

 伊左美さんが折れた。チョロいもんだわ。

「はいは~い。」

 敢えて気のない返事をしておく。

「それじゃ。」

 伊左美さんが黄泉さんたちとのお茶に向かった。伊左美さんがまた戻ってこないともかぎらないので、とりあえず蝋燭を吹き消して布団に潜り込んだ。私があてがわれた個室には獣人の女もいるのだけど気にしない。どうせ彼女は口を利きゃしないんだから。



 コンコン。

 しばらくしてドアがノックされる。きっと伊左美さんだわ。さっきの言い訳が通じなかったから、改めて私を呼びに来たんだ。

 コンコン。

 二度目のノックに続き、「入るよ~?」という伊左美さんの声。いや、入っちゃダメでしょ?

「おお、真っ暗じゃん。」

 伊左美さんが部屋に入り呟く。そうそう、もう部屋も暗くして寝てんだから、さっさと退散してね。

 ブオオン……。

 なんか厭な音が……。って、マジか? 伊左美さん、仙八宝せんのはっぽうを抜いてるんですが、これ殺人未遂で訴えたら勝てる?

「あッ、おった。」

 瞼の裏に薄らと赤味が射す。なるほど、仙八宝を明かり代わりにしたのね。

「へい、狸寝入りしたってダメだぜ。黄泉さんがぜひ葵ちゃんも一緒にっつってるからさ、顔合わせだけだから、お茶に行こうぜ。」

 なんで伊左美さんったら寝てる人に話しかけてんのかな? 寝てる人に念仏だわ。ちょッ、ちょっと、人のほっぺをつねるのはヤメてッ。ほっぺを伸ばすなしッ。

「ふッ。」

 伊左美さんがなんか鼻で笑ったところで、マズイと思って飛び起きた。変な顔を見られては大変だ。っていうか、人の顔で遊んで失笑するなんて酷くない?



 再びお茶へ誘ってくる伊左美さんに最後の言い訳を試みる。

「伊左美さんは知らないかもしれませんが、知ってます? 私って馬鹿なんですよぉ。コレを言ったらこう思われるとか、アレを言ったらああ勘繰られるとかってのが、全然判んないんですね。だから、知らず知らずのうちに余計なことを話しちゃわないともかぎらないんです。例えば、将棋でみんなは三手とか四手先を読んで差してるとすると、私の場合、三手先どころか一手先、ううん、自分がなぜそこに駒を進めたのかさえ判らないといった具合でして。で、相手が駒を動かしたときに、ああッ、そこ全然見てなかったぁッてね、次の相手の手順でようやく自分の迂闊さに気付く……全部が全部、そんな感じなんです。凄くないですか?」

 だから私を黄泉さんと絡ませるのはマズイですよッ。

「いや、確かになんか凄そうだけど、実際そんなこともないよね?」

 なに? その可もなく不可もなく、みたいな反応。

「これは知ってます? 燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんやとか言うじゃないですか。」

「一応、知ってるよ。こう見えて図書館の司書をやってたからね。」

「そうなんですか? ま、ま、それはいいとして。馬鹿に偉い人の志は判んないんです。そしたら逆にですよ? じゃあ、鴻鵠くんには燕雀くんの志が判るのかよって。絶対に判んないですよ。だから伊左美さんにも、私の言ってることがたぶん判んないんです。判ります?」

 ヤバいヤバい、もう私がなに言ってるのか判んないよ。……ほらッ、だから言ったじゃない? 私は一手先も読めないんだってッ。幸か不幸か、先の私の言葉が正しかったことがいま証明されたわ。でも、その証明を知ってるのはあくまで私だけ。これを改めて誰かに説明しようとすると、結局迷路みたいなことになって訳判んなくなるんだろうね。もうね、泣いてもいいかな? 



「とりあえずその話は置いといてぇ……。」

 あ、伊左美さんが回答を放棄しやがった。

「ていうか、一言いい?」

「どうぞ。」

「いままでの話、全ッッ部どうでもいいから、行くよッ。」

「伊左美さんが冷たいッ。もう死ぬぅッ。」

 伊左美さん、全然チョロくなかった……。

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