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7-28(178) アキちゃん死にそう

靖さんがなにもしない……

 玲衣亜れいあのアキちゃんへの賠償請求は聞き入れられず、結局、玲衣亜は借用書なるモノを作成して、その用紙にアキちゃんの血判を押させた。アキちゃんが支払いを拒否するならば彼女の仲間から取り立てる算段なのだと玲衣亜は言った。責任はアキちゃんと死んだ男のみにあるわけではなく、二人の所属していたグループにあるんだ。二人はグループの同意の下に僕たちを襲ったのであり、決して、男が単独暴走したわけじゃない。だけど、借用書を突き付けられたからといってアキちゃんの仲間が素直に賠償に応じるとは思えないけどね。玲衣亜自身も、この紙切れは僕たちがお金を取り立てる正当性を主張する、ただの免罪符に過ぎないと考えているようだ。ま、喧嘩上等ってことだね。



 アキちゃんが玲衣亜の要求を飲まなかったことで、聖・ラルリーグと連邦の対立の中に存在する一個人同士に過ぎなかった僕たちとアキちゃんの関係は変わり、これからの僕たちとアキちゃんは個人的にも敵対することになったと玲衣亜は言う。僕たちが債権者で、アキちゃんとその仲間が債務者。そして、債務者が義務を履行しない。敵対って言葉は大袈裟かもしれないけど、履行させる有効な法もなければ、債務者が踏み倒しを決め込んでる以上、穏便に解決できる問題でもないから、ま、僕たちの気持としては敵対って言い方が一番しっくりくるかもしれない。



 お金の話のあと、僕は小夜さんに頼んでアキちゃんの束縛を解いてもらった。鎖を解く代わりに、小夜さんの術で逃げられなくしてもらったんだ。僕たちへの抵抗、大声を出すといった行為も禁じてある。術による縛りは増えたけど、鎖に縛られてるよりは気分はまだイイよね? とはいえ、手首と足首に付いた鎖の痕が痛々しい。ある程度自由に動き回れるようになったからといって、彼女の表情は変わらず、なにを思っているのか、考えているのか判らない。疲れ切って諦観を滲ませているようでもあるし、まだなにか内に秘めてるように見えなくもない。つまるところ、やっぱりよく判らないっていう。鎖から解放された彼女は、なにも言わずに庭へと歩いていった。そして、男の死体が焼かれた跡の前にしゃがんだまま、動かなくなった。しばらくして歩き出した彼女は、なにを思ったのか蔵の中へ入り、壁を背にしてその場に座り込んだ。なぜ蔵に入ったのか尋ねてみても、答えは返ってこない。死んだ男への罪滅ぼしの心算つもりだろうか? これ以上つきまとって仕方ないから、僕は蔵をあとにした。



 束縛が解かれて三日目にようやくアキちゃんが口を利いた。第一声が「視線が鬱陶しいから、用がないなら一々見てんじゃねえよ」だった。僕が声をかけるでもなく、ただアキちゃんの様子を気にしてチラチラ様子を窺ったりしてたもんだから、気になったんだろう。いいよ、どんどん怒ってくれ給え。たぶんその方が絶望に打ちひしがれてるよりよっぽどマシなんだ。ん? ちょっと違うか。

「ん、ちょっとアキちゃんの様子が気になったからさ。」

 アキちゃんが拘束されてから初めてとなる会話に少しドギマギ。

「私はいま、誰かさんの術のせいでなにもできやしないんだ。別にあんたが気にするようなことはなにもないにゃ。」

「いや、そういうんじゃなくって、アキちゃんが精神的に参ってないかと思って。」

「なに? まさか、同情してんの?」

「いや、同情っていうんじゃ……。」

「……。」

「え?」

 小声過ぎて、アキちゃんがなんと言ったのか聞こえなかった。

「同情すんなら殺してくれやっつったんだよ。」

 平然とそう言うアキちゃん。僕はまた言葉を失ってしまって、アキちゃんの前まで言って腰を落とした。

「アキちゃん……。」

 対面したアキちゃんが僕の目をぼんやりと見てる。

「そんなんお前が言うなよ。」

「え?」

「さっさとどっか行きな。」

 まるで相手にされない。僕もアキちゃんにとっては敵の一味だから、仕方ない部分もあるのだろうけど。

「判った、もう行くよ。」

 よいしょと腰を上げて、項垂れたアキちゃんを見下ろす。むう、アキちゃんのフォローなんて僕には無理だな。

「あのさ、これだけは知っておいてほしいんだけど、アキちゃんは仲間を裏切ったわけじゃない。術のせいで、無理矢理に喋らされただけなんだから。」

 アキちゃんに反応はない。

「じゃ。」

 蔵を出て、静かに扉を閉めた。薄暗い闇がアキちゃんを覆ったことだろう。いまのアキちゃんには、闇の底に居るのが落ち着くんだ。直後、「おおおお……」と、蔵の内からアキちゃが嗚咽を漏らすのが聞こえた。ちょっと気が滅入りそうになった。



 小夜さんに言われてからの三日間、アキちゃんをフォローできてる手応えが一切なかったから、これが僕の仕事なのだと割り切っていなければ、わざわざアキちゃんのところにこれ以上、出向いたりはしなかったろう。僕を無視する彼女の傍らで幾度となく適当な話をした。聖・ラルリーグと連邦が絡んでいない話であれば、なんだってよかった。ポポロ市で僕たちが働いてたときのこととか、その前にリリス市にいたこととか。で、僕は彼女にいま僕たちが抱えてる問題が落ち着いたらお菓子を作ってやると伝えた。僕のすべての言葉に彼女は無反応だけど、聞こえているものとしてずっと話を続けた。僕が彼女と接触していることについて、みんながどう思っているかは判らないけど、特になにも言われなかった。



 そして、ついにアキちゃんが使われる日が来た。本日、聖・ラルリーグの使節団が連邦の視察に赴くことになっている。視察に行くメンバーは虎さんのほか十二仙から七人とそのお供、聖・ラルリーグのお偉いさん数名とそのお供で構成されていて、事前の打ち合わせにより連邦域内を勝手に見て回ることは禁じられているのだとか。治安の悪さに加え、連邦の国民感情として聖・ラルリーグを良く思っていないという理由を連邦側は挙げてきているらしいが、要は勝手な行動をすれば命の保証はないと脅しているのだろう。実際に聖・ラルリーグ側に死者が出れば国際問題に発展するだろうから、連邦もどこまで本気なのか判らないが、そんな脅し文句も牽制くらいにはなるのかな?

 表向きはあめの蒼月そうげつさん亡き後も両国の良好な関係継続を約束し合う場なのに、お互いに相手の腹の内を早速探り合ってるんだから、余所の国との付き合いも楽じゃなさそう。



 とらさんがお供に選んだのは伊左美いさみ小夜さよさん、葵ちゃんの三人。玲衣亜も僕も怪我人だから、療養してなさいとのこと。伊左美は片腕が利くから、付いて来いっていう。で、手負いの伊左美だけだとキツイってのと、小夜さんがいないといざというときにアキちゃんを制御できないから、小夜さんにも無理言ってお供願ったと。

 小夜さんは一部の仙道には面が割れてるから、虎さんも小夜さん自身もちょっと思案気味だったけどね。はぐれの術師と一緒にいると、また虎さんの変人説が取り沙汰されそう。

 葵ちゃんは転移の術があると心強いからってんで虎さんが土下座してお願いして付いて来てもらうことになったみたい。葵ちゃんも僕たちの身を案じてる方だから、特に渋るでもなく快諾してくれたようだけど。爺さんによれば、葵ちゃんは僕たちと再会してから元気になったって言ってたしね。じゃあ再会するまではどうだったのかといえば、なんか疲れが溜まってた感じだったんだって。大方異世界で悪いことしてたからだろうね。悪事を働いてると心労がかさむのさ。あと、蒼月さんが亡くなったってのもあるのかもしれないけどね。

 そして、謎の四人目のお供になるのが、アキちゃんってわけ。



 だから今回、僕は完全にお留守番。虎さんたちの出立を見送ったあと、仙八宝せんのはっぽうが形にならないか試してみた。でも、まだ武器化しない。武器化するには仙八宝に魂を入れ込むんだみたいなことを葵ちゃんに言われたけど、彼女の言葉もほかの仙道の受け売りみたいだから、それ以上のコツを聞くことはできなかったし。一体、いつになったら僕の仙八宝は使えるようになるんだろ? 

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