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7-26(176) 蔵に入れた

 獣人たちが異世界へいた理由と目的、経緯などに続きまして、現況です。なにしろ聞き出さなければならないことがたくさんあったんだから、長くなるのも仕方ないです。



 ブロッコ国の獣人が他国の獣人を排斥して三ヶ月、今日は七月十六日。 蒼月そうげつさんの告別式の翌日であり、アキちゃんと獣人の男、にとっては厄日であり、葵ちゃんにとっては伊左美や玲衣亜と再会した日、そして、僕にとっては伊左美と玲衣亜がやられちまって複雑な心境の日だ。故障三名、先発ゼロ名、補欠一名虎とらさんってもうダメじゃない? っていうか、虎さん監督みたいなもんだし……って僕はなんの話をしているんだッ。



 ブロッコ国の獣人はエルメスの首都リリス市を中心に各地に拠点を置いている。リリス市と同市以北はリヴィエ一家の各拠点と同じ街に、同市以南はリヴィエ一家の勢力外になるらしく、エルメス南部の地方においては煙草の葉の栽培を主な事業として活動を展開。エルメスに潜伏している獣人の総数は約七〇〇人といわれているが、正確な数字は判らない。転移の術のカードの総数も不明。ただ、各拠点に数枚は必ず保管されているはず、とのこと。アキちゃんがカードを所持していた理由は、三〇一号室の異変を察知したので、念のためカードを一枚懐に忍ばせてから現場に駆け付けたからだという。

 三ヶ月前に三ヶ国の獣人が姿を消したからといって、対外的な問題は一切起きていない。リヴィエ一家とは煙草の売買の権利に関して取り引きがあるだけだし、姿を消した人たちが発見されたという話も聞かないから、事件にもなっていない。つまり、いまのところ完全に内輪で情報を止めることができているわけだ。唯一の懸念はブロッコ国に戻るとき、同国に駐留している連邦軍の詮索からどう逃げるか、ということだったのだが、僕たちにすべてを知られてしまったいまとなっては、それも些細な問題になってしまったかもしれない。



 連邦に持ち出した武器についての詳細は不明。異世界における煙草の売上金、利益についてもアキちゃんは知らない。ちなみに三〇二号室には男二名、アキちゃんとナツミちゃん、ケンちゃんの計五名で暮らしていて、煙草の葉を紙で巻く内職をしながら、問屋への卸しと販路拡大のための営業を行なっていたんだってさ。



 ここまでがアキちゃんの語りの内容。

 なんか合戦後のコマツナ連邦は滅茶苦茶になってるみたいだね。虎さんも連邦はアホかと呆れている。それから虎さん、小夜さんにお礼を言って、今度は男の方の聞き取りをお願いする。したのだけれど、小夜さんからアキちゃんへの施術料を要求されて腰を抜かす羽目に。その請求額なんと一〇万ロッチッ。詐欺だわ。さも無料で協力するみたいなノリで施術しておいて、実は有料です……だなんてッ。玲衣亜が目を丸くして首をゆっくりと横に振りふりしてる。伊左美は頬を膨らませて言葉を飲み込んでいるよう。虎さんは果敢に小夜さんに喰ってかかる。友達だからお友達価格でタダかと思ってたって。対する小夜さん、友達ってことと仕事は別だからってさ。いつから施術が仕事になったのかッ?

「自分らも私にこういうのを頼むのは心苦しいんだろう? だから、ビジネスだと割り切って話をしてるわけさ。友達だからな。」

 なるほどぉ、無料で施術しちゃうと利用する人される人の関係になっちゃうって言いたいわけだよね。小夜さんはお金が欲しいんじゃなくって、僕たちの気持ちの方に配慮してくれてるんだ。

「ビジネスならビジネスでいいんだけどさ、一〇万はぼったくり過ぎでしょ?」

 問題はそこだよ。一〇万といったら、お役人の約三〇年分の所得じゃないかッ。僕たちの気持ちにだけじゃなくて財布にも配慮してよッ。

「う~ん、そしたら一万ロッチでいいや。」

 おっと、いきなり九割引きとか……、まあ、小夜さん自身もまだ正規の価格を設定してないんだろうから適当なんだろうけども。

「安くしてくれたのはありがたいんだけど、ウチにはおなかを空かせてる三人のかわいい子供がいるんだよ? もう少しなんとかならないかなぁ。」

 その三人ってまさか伊左美と玲衣亜と僕のことか?

「じゃあ、逆に聞くけど、いまの情報に値段を付けるとしたら、虎ならいくら付ける?」

 子供のくだりは完全にスルーなわけね。

「え、ええ~……。」

 虎さん、言い難そうに答える。

「ぶっちゃけて言うと、いまの情報には凄い価値があると思うよ。本来なら国があらゆる手を尽くしてでも入手すべきたぐいのものだからね。だけど、そうはいっても国がお金を出してくれるわけじゃないから、価格については買い手の懐具合と相談しなきゃね、無い袖は振れないっていうしね。」

 正直に話す虎さん。結局、けじめはつけなければならないからという小夜さんの言い分により、一万ロッチからは値引きされなかった。代わりに月三〇〇ロッチの三十六回払いでいいと妥協案が虎さんに示される。小夜さんの案だと、一万ロッチを飛び越えて幾らか余計に支払う計算になるけど、一万ロッチなんて大金はすぐに用意できもしないから、虎さんも小夜さんの申し出を受けざるを得ない。月三〇〇ロッチ……向こう三年は小夜さんは働かなくても役人の月給とほぼ同額が懐に舞い込んでくるわけか。

 もう小夜さんとの交渉は済んだというのに、虎さんが思い出したかのように、獣人が異世界に潜伏しているという情報は同じ異世界で暮らす小夜さんにとっても有益な情報だったんだから、情報料を虎さんのみ負担するのはおかしくないか? と、なおも小夜さんに喰らい付いてる。ま、無駄だったみたいだけど。



 そして、アキちゃんと獣人の男は拘束されたまま虎さんの屋敷の蔵の中に放り込まれた。



 小夜さんは今夜は虎さんの屋敷に泊まることになった。向こうに戻るのは連邦と聖・ラルリーグの次の動きが読めてからだという。ま、小夜さんにしてみれば獣人よりも聖・ラルリーグの仙道がシャシャリ出てくる事態になった方が困りモノだろうからね。それだけ小夜さんもこの事態を重く受け止めているということか。僕だって、今度ばかりは僕たちだけでどうにかできるなんて思っていない。議会を動かすのは決定事項。一週間後の仙道たちの連邦訪問は本来なら連邦の現状把握のためだったんだけど、もう様子は大体判っちゃったからね。聖・ラルリーグと連邦が諍いを起こすところまではもう先が見えちまってるんだ。



 議会が連邦に転移の術のカードを提出するように求め、そして、みんなが異世界へ押しかける。それから、みんながパンとかお菓子を食べる。美味いと思って、作り方を覚えてこちらに戻り、店を開く。僕たちの店は借金を抱えて夜逃げする。だあッ。ダメだッ。いまのは僕にとっての最悪のシナリオを想像してしまっただけに過ぎない。諦めるのはまだ早い。



 夕食を済ませて、虎さんと伊左美がアキちゃんたちに食事を運ぼうとしていたとき。小夜さんが「私が運ぼう」と二人に申し出た。「じゃあ、三人で行こうか?」という虎さんの言葉を小夜さん「一人でいい」と断る。「一人は危ないから最低でも二人一組で行った方がいいぜ?」と伊左美。一度アキちゃんにやられてるから、警戒してるようだ。相手が鎖で拘束されてるからといって油断禁物だもんね。なのに小夜さん、頑なに「いや、一人でたくさんだ」と繰り返す。



「私を誰だと思ってるんだ? あいつらの動きなんて私の意のままさ。それこそ、虎と伊左美はあいつらが素直に食事を摂ると思ってるのか?」



 小夜さんが二人に問いかける。二人ともちょっと答えに窮している感じ。

「言っとくが、夕方、あの女に話をさせたとき、私はその女に自ら死ぬことを禁じていたんだ。その術の効果はまだ継続してるが、自殺がダメなら餓死を選ぶかもしれない。あの女の立場になってみろ。あの女はブロッコ国の名もない一獣人だぞ。そんな女がお前らに捕まり、私のせいで意図せず内情をペラペラ話すことになって、その内容は聖・ラルリーグをして連邦を潰さしめるのに十分足る内容ときている。それこそ、あの女はいま、その責任の重さに潰されそうになってるはずだ。自分の不始末で連邦が滅びるかもしれないってね。そんなときに飯なんか喉を通るはずがない。もし、こんな状況で “わーい、ご飯だ、いただきます ”ッてな具合に言える神経の持ち主なら逆に称賛に値するね。」

 むむむ、なかなかどうして、小夜さんの言うとおりかもしれない。虎さんと伊左美も小夜さんの言葉に概ね同意を示す。

「手負いの男の方はともかく、あの女にはまだ働いてもらうんだろ? 私に任せてもらえれば、問題なくあの女に飯を食わせてやるさ。」

 そう話す小夜さんの気迫に負けて、二人はご飯を載せた盆を小夜さんに渡し、道を空ける。

 一人で、か。二人でじゃなく、一人にこだわった理由はなんだろ? みんなと一緒じゃ聞き出しにくいことでも聞く心算つもりなのかな?



 小夜さんが蔵の方に向かってゆく後ろ姿を見送りながら虎さんが言う。

「小夜さんは友達だから、大丈夫だと思うけど……大丈夫かなぁ。」

 かなぁ、じゃねえよッ。虎の野郎は小夜さんが裏切ることを心配してるみたいね。ま、虎さんは一度、友達だった六星むつほし卯海うかいに噛み付かれたことがあるから、疑心暗鬼になってるのかもしれないけど。

「大丈夫、小夜さんは虎さんだけじゃなく、僕や伊左美、玲衣亜とも友達だから。」

 とりあえず虎さんを安心させるべく適当ぶちかます。だって、友達だから裏切らないとか、判んないしさ。

「そうだね。」

 虎さん、そう返事してくれたものの、直後に盛大な溜め息を漏らす。なんだか問題をいろいろと抱えて大変そう。僕もアキちゃんのことを考えると頭がおかしくなりそうだから、数時間前から考えるのやめてます。ああ、でもさっきの小夜さんの言葉でまた胃が痛くなりそう。

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