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7-24(174) 話させた

 小夜さよさんはその日、たまたま“希望の港館”の三〇一号室にいたのだという。「虫の知らせって奴かな」と小夜さんは言った。いつも小夜さんはこのアパートではなく、別の家に住んでるらしい。どういうわけかいまの小夜さんはお金に余裕があって、だからこことは別に仕事の拠点として小奇麗な部屋を借りたんだってさ。

 バイオリンに手を出して、最初はサロンとか小さな集まりの中で演奏してたみたいなんだけど、それからお高いバーだの見世物小屋で腕前を披露するようになり、その後、金蔓かねづるの人選がよかったのか、その人物の伝手つてもあって貴族や偉い軍人のパーチーにも呼ばれるようになったのだとか。というわけであれよあれよと小夜さんは出世しちゃって、いまや優れたバイオリニストとして世間にも認知されているみたい。もちろん、希望の港館界隈の人たちは小夜さんがそんな人だとは思っていない。ここで言う世間ってのは、上級社会のことだ。ちょっと堅苦しそうな社会な気もするが、金蔓さんが上手くマネージメントしてくれているから、小夜さん自身はそこまで社交に煩わされたりしていない。現地を訪れてちょっと演奏してみせて、用が済めばさっさと引き上げるスタイルでここ一年間は無事に過ごしてきたらしい。



 そんな小夜さんの話を聞いて、僕は敗北感に打ちのめされてしまった。“ 好きな音楽しながらプラプラしてる ”とか言ってた小夜さんが成功して、なんで働く意欲満々な僕たちがまだスタートすら切れてないの? おかしくない?

 そう愚痴を零せば、小夜さん、「私はスタートでズルをしたからな」って慰めてくれなさる。「そしたら僕たちも試しにズルしてみるから、カードを一枚ちょうだい」って頼むと、冗談は顔だけにしてくれだとさ。こらッ、なんて失礼なことを言うんだッ?

 カードという言葉に反応して、「カードってなんですか?」と葵ちゃんが尋ねてきた。一瞬、どうしようか迷ったけど、もう隠し事をする関係でもないと考えて、小夜さんが術を使えることと小夜さんがすでにカード化を実現していることを伝えた。すると葵ちゃん驚きを露わに、小夜さんにどうやって作ったのかを尋ねてた。でも、小夜さんも教えたくないのか、作り方ならとらさんにすでに伝えてるから虎さんに聞けってさ。んで、肝心の虎さんは教えてもらったけど作り方とか判んない、ときた。そういえば当時、小夜さんに教えてもらった時点でまったく判らんとか言ってたっけ?



 葵ちゃんも小夜さんと一緒にエルメスの国を北から南まで旅した仲だから、当時の思い出話に花を咲かせていた。葵ちゃんはいままで小夜さんのことをナナさんだと思ってたわけだけど、もう偽名には慣れたから問題ありませんってさ。



 上流階級の人たちと懇意になって羽振りが良くなってもこの部屋を借りたままにしているのは、ここが小夜さんの異世界ライフの出発地点だからなんとなく、って感じらしい。以前に比べて楽器や衣服なんかがなくなり、殺風景にはなっているものの、家具はそのままで当時を偲べる雰囲気。部屋の隅に溜まった埃と棚の中に放置された本が気になるけど。重たいのは判るけど、人がプレゼントした本を置いてくとかどうかと思いますよ?



 ひとしきり駄弁ったところで、こちらの近況を報告すると、小夜さんは難しい顔をした。特にと玲衣亜が獣人にやられた件に触れると、「獣人はヤバいって教えてなかったのか?」と虎さんを睨み、虎さんもその迫力に完全に負けてた。「二人とも獣人のことを知ってはいたけど、まさか相手が転移の術のカードを使うとは思ってなかったんだろう」と虎さん。それは二人がというより、虎さんがそう思ったってことだろうね。虎さん、アキちゃんを早々に拘束しなかったことを悔やんでたから。

 で、肝心のアキちゃんへの施術をお願いしたところ、あまり気は進まない感じだったけれど承諾してくれた。僕としてはもっと、こう、僕たちのために術を使うことに対してどう思ってるのか、小夜さんの腹の内をさらけ出してほしかったんだけど。僕たちに気を遣ってるのか、あまり多くを語らず申し出を受け入れてくれたのがね……僕には辛いわけよ。やっぱり私の術が目当てだったのねッ、とか考えていなけりゃいいんだけど。小夜さんって気は強いけど、意外と繊細な人だと思うんだ。



 で、爺さんの召喚を待って、小夜さんも虎さんの屋敷に来たわけ。爺さんと小夜さんは初対面。軽く挨拶を交わしたところで、伊左美と玲衣亜が「やられちゃった、てへッ」と小夜さんに話しかけると、小夜さんが「獣人は人の皮を被った虎だ。情けを見せるくらいなら近づくな」と注意する。そして、小夜さんをアキちゃんのもとへ案内する。アキちゃんの獣耳を確認して「獣人か」と呟く小夜さん。アキちゃんが小夜さんを睨むが、小夜さんは意に介していないよう。そして、玲衣亜がさらに一歩、アキちゃんに近寄る。

「これから改めて聞き取りをさせてもらうわ。で、さっきのあなたの謝罪だけど、私たちは忘れることにするから、あなたも一度忘れてちょうだい。すべてに片が付いたとき、そのときにまだ自分が悪かったと思えるのなら、そのときに謝ってくれればいい。」

 あなた……か。また随分と距離を置いたな。ま、状況を鑑みれば仕方ないね。

 それから小夜さん、アキちゃんの前まで進み、まもなく質問を始めた。



「あんたらの目的はなんだ?」



 アキちゃんがいつかのルーシーさんと同じように、なにが起きているのか判らないといった感じに戸惑いつつも質問に答えてゆく。小夜さんがアキちゃんに質問する様子を見て、爺さんと葵ちゃんも???ってなってる。まったく、相変わらずえげつない術だと思う。爺さんと葵ちゃんに解説を求められたので、小夜さんの術のえげつなさを二人に説明した。小夜さんの支配の術は相手の心に働きかけて、相手を意のままに操ることもできる術だ。僕も以前、この術で臆病の虫を追い出してもらってるから、悪いばかりじゃなくって、結局使い方次第ってことになるんだろうけど。

「なるほど、彼女が妖狐ようこか。」

 爺さんはなんか知ってるふうな反応。長生きしてるから面識はなくても話に聞いたことくらいはあるのかな?

「小夜さんの術は相当ヤバいですね。」

 葵ちゃんの感想はふつうだね。そう、小夜さんの術は相当ヤバいのだ。

「でも、仲良くなったらカードを一枚もらえたりできませんかねぇ。」

 ふつうだッと思った矢先に、葵ちゃんとんでもないことを言い出した。

「天地がひっくり返っても無理だね。小夜さんも自分の術の危険性を十分認識してるから、絶対に人にカードを渡さない。でもね、そういう人だからこそ、僕たちも小夜さんと安心して付き合ってられるんだよ。」

「ええ、ええ。もちろんッ、いまのはただの冗談ですって。」

 ふう、ホントに冗談ならいいんだけど。

 葵ちゃんの思惑は知らないけど、こういう術の使い方は嫌いだな。だから小夜さんも気が進まないって感じの顔してたのかもしれないけど。僕たちに利用される云々じゃなくってさ。もしくはその両方かもしれないけどね。


 小夜さんは結構な時間を費やして、アキちゃんからゆっくりと一つひとつ丁寧に聞き取りをしていった。疑問点が生じれば、抜けがないようにすべてを潰していった。なにしろ僕たちにはあらゆる情報が必要で、その取捨選択は情報を得てからでないとできないし。

 で、小夜さんがアキちゃんから聞き出した話の内容は衝撃的なものだった。



 コマツナ連邦内四カ国の内、聖・ラルリーグによって領土の一部を奪われたブロッコ国が話の舞台。アキちゃんはブロッコ国の一地方エノッキーに暮らす少数民族の一人だったんだ。

 ブロッコ国は三年前の合戦に連邦内でも最多の兵士を投入していたし、先陣を切る第一陣に配置されていたから戦死者も多く、戦後に労働力が激減した。一方で奪われた地域からは流民が入り込み、一時期は混乱状態に陥っていたという。餓死者が増え、窃盗、強奪が繰り返される日々。国の中枢も機能する状態ではなく、かといって聖・ラルリーグは連邦から領土と食糧など奪えるモノだけ奪い取ると、あとは関与しない方針だったから、戦後のブロッコ国は無秩序になり、力がモノを言う土地に変わり果てていた。仙道はどうしたかって? 仙道なんてブロッコ国内じゃ戦犯扱いだから、この状況に対して口も手も出せなかったらしい。特に前線では仙道たちの不始末が際立っただろうし、最も割を喰ったブロッコ国の人たちが仙道を許すはずがない。それに一人ひとりの力は仙道の方が上であっても、さすがに一国の獣人すべてを敵に回すわけにはいかないからね。



 連邦がこの問題に対し、治安維持のための連邦軍といくらかの食糧をブロッコ国へ寄越したのは合戦からおよそ半年後のことだったという。

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