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7-23(173) 謝罪

 とらさんの屋敷の一室で、黙ったままのアキちゃんにみんな辟易している様子。爺さんが「目的が言えないってことは、つまり、オレたちに言えないようなことを企んでるってわけだな?」と確認する。もちろんアキちゃんはその問い掛けにも無言と無表情を貫く。ふんッと爺さん、鼻で笑うと、「神陽しんよう、これだけ聞ければもう十分だろう?」と虎さんに尋ねる。それに対し、虎さんは少し険しい顔で考えたあと、「そうですね」と同意した。確かに、爺さんの推測は当ってると思うけど、それだけの情報で事足りるんだろうか?

やすしさんから聞いた話とも合わせて考えると、お前らにはまだ向こうの世界に仲間がいる。そして、そいつらはまだ目的達成のために活動していて、お前は仲間のためにも目的を知られるわけにはいかない……といったところだろう。お前らの企みはいまも進行中で、一方、靖さんたちの夢はついえてしまった。オレには判らねえな。お前、靖さんとも話したことあるんだろう? 靖さんたちの夢については聞いてなかったのかい? 靖さんたちの夢はお菓子屋をこっちで開業することだぜ? 向こうの美味しいお菓子を、こっちの人らにも食べさせてやって、みんなを喜ばせてやりたいってな。素晴らしい発想じゃないか。ふつう、あっちの世界へ行ったら、もっと別のことを考えそうなもんだが、靖さんたちはこの国が異世界との交流を禁じている中で、お菓子屋なんかのために真面目に努力してたんだ。そして、オレぁ、そんな靖さんたちのことを応援してたんだよ。」

 アキちゃんに語りかける爺さん。爺さん、応援してくれてたんだ? 確かに、爺さんは文句を垂れながらもいつだって僕たちに手を差し伸べてくれてたもんね。それでも夢が潰えたってのは酷いやッ。の骨折は完治するって爺さんも聞いてたはずなのに。

「知ってっか? いまも言ったが、セント・ラルリーグでは異世界との交流が禁止されていて、その法を犯せば極刑にもなりかねない。だから、靖さんたちにお前らをどうこうするすべはなかったし、その気さえもなかったのさ。お前らと違って、国が後ろ盾に付いてるわけじゃないからな。それをお前らときたら、口封じに殺そうとしたんだろ。自分らがコソコソと悪いことしてるからって、他のもんも同じだと思うなよ。オレが何年か前に異世界へ出入りしている靖さんたちを初めて向こうで探し出したとき、靖さんたちは自分たちの目的をなんのためらいもなく話してくれたぜ。」

 爺さんのアキちゃんへ向けた話にも、彼女はなんの反応も示さない。視線を部屋の片隅に固定して、目をみんなに見せないようにしているよう。わずかな動揺も悟られまいとしているのだろう。

「仲間がやられても、靖さんはお前に対する恨み事の一つも漏らさなかった。それはお前にやられた二人も同じで、靖さんたちはお前らを、なぜか理解しかねるが、もう許してるんだ。爪を剥がされた件についても、お前らを恨んじゃいないそうだ。」

 もしかして爺さん、アキちゃんの罪悪感を誘って話をさせようとしてるのかな? 爺さん、伊左美と玲衣亜の気持ちはまだ知らないはずなんだけどね。なにしろずっと僕と一緒にいて、僕も二人とそういう話はしていないんだから。

「お前の物差しじゃ、靖さんのことは測り切れないかもしれないがな。っていうオレも測れてないんだが。……お前らが異世界へ出入りしている理由次第では、靖さんたちもこれ以上危ない橋を渡らずに済むんだ。無理に話せとは言わないが、お前も人の心を持ち合せているなら、少しは考えてみてくれ。」



 爺さん、話し終えると僕たちを部屋の外へ出るように促す。おそらくアキちゃんに一人で考える時間を与えようと考えてのことだろう。そして、僕たちが部屋を出ようとしたときだった。

「すいませんッ。」

 アキちゃんが声を上げた。振り返ると、こうべを垂れたアキちゃんの姿。

「この度は本当に申し訳ありませんでした。」

 僕たちの方を見て、もう一度頭を下げるアキちゃん。

「靖さんたちがそのような夢を持っているとは露知らず、取り返しの付かないことをしてしまったこと、深くお詫び申し上げます。もとより凡人の私には、仙人様の崇高なお考えなど知る由もなく、つきましては私、靖様方の夢実現のために尽力しますことを誓います。」

 真剣な眼差しを僕たちに向けて話すアキちゃん。どうやら爺さんの言葉が胸に刺さったようで、予期しない言葉が聞けた。だけど、靖様って初めて言われたわ。僕の方こそ、様付けされるような立派な人間ではないのだけど、アキちゃんの頭ん中では、僕も仙道ということになっているらしい。

「お菓子屋オープンのために尽力するって、それ本気で言ってるの?」

 玲衣亜が尋ねる。アキちゃんが獣人で連邦側の人間であることを鑑みれば、俄かには信じがたい申し出だ。

「いまの言葉になに一つ嘘はございません。ただ……。」

「ただ?」

「向こうでの私たちの目的に関しましては、お話できない旨、ご容赦願いたいのです。」

 ああ、爺さんの話だと僕の夢の話が前面に出てた感じだったからね。情報を漏らさないことと僕の夢実現のために尽力することの二つを天秤に掛けられると思っちゃったか。、むむ、それも邪推というものか。アキちゃんにも立場や仲間があるだろうしね。自分一人を犠牲にして済むならばって感じなのかもしれない。

「なるほど、話は判ったよ。」

 虎さんが優しい声音で答え、そのまま僕たちを促して部屋をあとにした。 




「靖さん、もうお菓子屋作っちまいなよッ。」

 廊下を歩きながら、爺さんが乱暴にそう吐き捨てた。作っちまいなよッて、そう簡単にいくなら苦労しないんですが。

「真剣な場面での冗談は嫌いじゃないけど、時と場合によるね。」

 虎さんがなんだか変なことを言い出した。

「あの女、虫が良すぎる。謝罪するつもりがなく謝罪するなら、もう少し嘘の謝罪ですよとアピールしてくれなきゃ、笑って水に流せもしない。」

 虎さん、なに言ってんだ?

「アキちゃんは悪人ってわけじゃないけど、出自とかを考えると、アキちゃんにお菓子屋を手伝ってもらうのはデメリットにしかならないと思うわ。」

 と玲衣亜。

「そうだな。腹ん中にイチモツ抱えた奴と一緒にお菓子屋なんてできるはずがねえや。」

 と伊左美。

 二人ともアキちゃんの申し出なんて歯牙にもかけていない様子。アキちゃんが無類のお菓子好きとかならまた話は変わってくるんだろうが、いまの状況での申し出では疑惑の方が勝つ。

「僕も二人と同じ気持ちだよ。」

 話を進めるためにも、さっさと僕の意志を伝えてしまう。

「で、これからどうするかだけど……。」

「その前に。」

 僕の言葉を遮るように虎さんが口を挟む。

「靖さんに聞いておきたいんだけど、爺さんが話してたのはホントの話かい?」

「ええっと、どの部分?」

 夢の話ならちょっと違うし……、一体どこを疑っているというのか。

「彼女を許している、という部分。」

 そこか。

 僕たちは広間に入り、話を続けた。

「う~ん、彼女がやったことをきれいさっぱり忘れましたってわけじゃないけど、ここに至った背景というか、成り行きがね、複雑なんだよ。一概に彼女を責めるわけにはいかないかなっていう。」

 むむ、我ながらちょっと歯切れが悪いな。だって、なんだか虎さんさっきから怖いんだもの。

「そう。、でも、靖さん、私はあの女のこと結構嫌いかもしれない。だから、経緯はどうであれ、あの女に容赦するつもりはないんだけど、いい?」

「い、いいけど。」

 容赦してねって言うのもおかしいし。虎さんの無慈悲なやり方でアキちゃんをなんとかできるなら、それが僕たちにとって一番だろう。でも、嫌いかもしれないってッ。どこが癪に障ったんだろう? やっぱり反省していないのにいかにも反省してます的な態度で謝ったりしたとこなのかな? むむ、虎さんの地雷がこの靖の目には見えぬ。

「今度、連邦に行って情報収集するつもりだったけど、せっかく異世界で活動してる張本人を引っ張ってこれたんだ。あの女には是が非でも口を割らせる。なにしろ玲衣亜にはしばらく休養が必要だし、伊左美も万全じゃない。そんな状態で連邦に行ったからって、どれだけ情報を集められるか不安だしね。できることなら、この先のリスクは徹底的に避けていきたいんだ。」

 そうだよね。アキちゃんを拘束するためにすでに伊左美と玲衣亜は負傷してしまったわけだし、そんな状況でこれまでと同じ作戦を採ろうとしてたら、命がいくつあっても足りやしない。

「うん、大丈夫だよ。伊左美と玲衣亜がそれこそ骨を折って拘束したんだから、この好機を活かさないと二人に末代まで祟られちゃうよ。」

 僕がそう答えると、「祟るわけないじゃん」と二人が口ぐちに反論する。うん、ただの冗談さ。



「でね、あの女の口を割らせる方法なんだけど……。」



 果たして虎さんはどんな極悪な方法を用いる心算つもりなんだろうか?

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