7-22(172) 答えてくれない
項垂れたアキちゃんと押し黙る爺さん。
僕は爺さんの隣に腰を下ろした。
「爺さん……伊左美と玲衣亜がやられても、怒ってくださるんですね。ありがとうございます。」
アキちゃんたちとの一連のやり取りはどちらが悪いとかが一概に言い難く、僕の頭ではまだ処理し切れない問題だった。
「ん、まあな。オレにゃ葵も可愛いし、伊左美も玲衣亜も同じように可愛いんだ。」
ちょっと照れ臭そうな爺さん。
「そういえば、爺さんは伊左美たちが子供だったころから知ってるんでしたね。」
「ああ、こんくらいのころからな。」
爺さんが胡坐をかいたまま自分の額の高さに手を上げてみせる。
「伊左美と玲衣亜がやられてんのに、こう言うのもナンですが、彼女と僕たちの関係、というか、これまでのやり取りなんですが、とても、複雑なんです。」
「複雑?」
爺さんが煙管と煙草を取り出し、火を点けた。アキちゃんは鎖に巻かれた上半身を柱に預けて、視線を庭先に向けたままピクリとも動かないが、きっとこの会話も聞こえてるんだろう。
僕は爺さんにアキちゃんたちとの出会いからこれまでの経緯を話した。
始めはお互いに相手が獣人ではないか、聖・ラルリーグの奴らじゃないかと疑っていて、牽制し合っていたというか、腹の探り合いをしていた。そこからまず行動に移したのが僕たちで、アキちゃんたちにしばらく部屋を空けることを告げたために拷問を受けた。爺さんのおかげで拷問からは逃れられたけど、その時点で僕はアキちゃんたちを恨む気にはなれなかった。
今日、忘れ物を取りに行ってからの事実だけを切り取れば、家探しされたあとの部屋に戻った僕たちに襲いかかるバンダナの獣人。実際には襲われてはいないけど、力量差を鑑みればあのときの玲衣亜の行動以上に理に叶う選択肢はなかっただろう。そして、足を斬られた男の姿をアキちゃんが目撃。伊左美に体当たりしたところで僕たちは難を逃れる。そのあとは虎さんの屋敷で起こった攻防。僕たちが、というより僕が、かもしれないが……僕が意識していなくても、僕たちとアキちゃんたちの間には聖・ラルリーグと連邦という背景がそれぞれにあって、どこまでいっても結局お互い敵同士なのだと断じれば、先に僕が言ったような問題は複雑ではなくって、すっごく単純な問題に変換できるのかもしれないけれど。要は相手が悪いっていうね。ただ、僕にはそう割り切れないからモヤモヤしてるんだけど。
「靖さんも人が好すぎるぜ。」
僕の話を受けて、爺さんが言う。
「オレも人のいい方だと思ってるが、靖さんほどじゃねえな。」
爺さん、八割方呆れてるな。うん、いまの話だけなら僕はとんだお人好しだ。
「そうですね。でも、そのへんは彼女たちの話を聞いてから上手く消化しますわ。」
そうしてアキちゃんを一瞥するが、先程と一ミリも動いていないようだ。隣では爺さんが眉間に皺を寄せてムウっと唸っている。
「問題は伊左美と玲衣亜の腕が治るかどうかってとこだな。」
まあね。それが一番の気がかりだ。
「もし、あの二人の腕が治らなかったら、お菓子屋はどうすんだ?」
「治らなくっても、三人でお菓子屋はスタートさせますよ。」
「そうかい。」
爺さんの眉間の皺がまだ取れない。
庭に目を向ければ、塀沿いの木々の葉やその手前の花壇の草花が初夏の日差しを受けて輝いている。季節の移ろいに、また一年経ったんだと感じる。束の間の静寂。庭の明るさが目にやや痛い。
「ふん、お菓子屋かぁッ。」
爺さん、吐き捨てるようにそう言うと、廊下の端部に煙管をコツッと当てて、煙草の灰を庭先に落とす。
「爺さん?」
「マジで大したことない目的だよなぁ。大それたことをしながら、目標がお菓子屋を作ることたぁ、ホントに最初はなんなんだって思ったよ。そんなことしなくていいから早く戻ろうぜってな。」
それは誤解だ。あくまで目標は一攫千金であって、お菓子屋開業は通過地点に過ぎない。何年か前、爺さんが僕たちの部屋に押し掛けてきたときのことを思い出す。リリス市のアパート……まだ小夜さん、三〇一号室に住んでるかなぁ。
「なのに玲衣亜と伊左美の奴ら、頑なに戻ろうとしないもんだから、またこいつら天の邪鬼になってやがるなと思ったりしたもんだが……ま、途中いろいろあったけどな、靖さんも真面目にがんばってお菓子職人になったようだし、オレは内心、感心してたんだ。ウチの葵に比べて偉いもんだってな。アイツは異世界へ行ってはフラフラしてばっかりで、身になるようなことは一つもしていやしないからな。」
うん、僕も向こうでは真面目にがんばってたからね。
「葵ちゃんだっていろいろやってるんでしょうよ。」
「そうさ。フラフラしてんのさ。靖さんだから言っちまうが、葵はなにか悪いことに手を染めてんじゃねえかって思うときがあるんだ。マーカスさんを異世界に連れてったり、向こうの少年を仙道にしてみたり……はあ。」
お疲れ気味の溜め息を漏らす爺さん。僕だから……か。信用されてるとかじゃなくて、きっと僕が仙道じゃないと思ってるからだね。どんなマズイ情報だって僕にはそれを利用する術がないと踏んでるんだろう。
「葵ちゃんは葵ちゃんなりに一生懸命、異世界の人たちと向き合ってるんですよ。それも僕たちのように完全に向こうの人としてではなくって、半分こっちの人として向こうの人と関わってるんです。僕はその点に感心しますけどね。前々から思ってましたけど、葵ちゃんは結構勇敢というか、肝が据わってるって感じっスよね?」
おそらく爺さんは葵ちゃんから話をされてないんだろうけど、あの拉致事件のときの少年に情が移り、少年を守るために戦ったんだと知れば、少しは安心できるんじゃないかな? いや、逆に心配になっちゃうか?
「向こう見ずってだけさ。父親の放任主義が実を結んで変なところで逞しくなっちまったんだな。」
「逞しくっていいじゃないっスか。葵ちゃんといい、玲衣亜といい、なにかと僕の身近にいる女はみんな逞しくて強いですわ。ま、僕としてはもう少しか弱い女性の方がいいですけどね。じゃないと、男として立つ瀬がありませんよ。」
なんか僕の身近の女性は強いのばかりだから、弱っちい僕なんてすぐ負けちゃうし。
「葵ももう少し女らしくしてくれりゃいいんだけどな。」
爺さんも無茶を言うね。
「葵ちゃんにふつうの女の子らしさを求めたって無理ですよ。なんせ転移の術を使えるんですから、僕たち一般ピーポーとはたぶん、根っからの感覚が違うんだと思いますよ。」
話の内容があっちこっちに飛びながらも、僕と爺さんは虎さんたちが戻ってくるまで適当に駄弁って過ごした。
しばらくして虎さんたちが戻ってきた。伊左美と玲衣亜の腕は割かしきちんと治療されているようだった。なんでも仙人の里の医者に行ってきたらしく、医者には二人が野生の熊と遭遇して負傷したと説明したらしい。玲衣亜は両腕が骨折してたってんで包帯で両腕ともギチギチに固定されていて、伊左美も肩が外れたばかりでなく掴まれた腕の骨が折られていたらしく、やはり片腕に包帯が巻かれている。それでも安静にしていれば完治するとの所見をいただいたそうなんで一安心。ただ、完治するまでの生活は大変そうだ。玲衣亜とか両腕なしでどうすんだろ?
虎さんたちの報告も程々に、アキちゃんへの聴取が始められた。猿轡を外し、いろいろと尋ねてみるものの、アキちゃんは黙秘一辺倒。やれやれ、埒が明かないな。
「アキちゃんが話さなくっても、もう粗方あの男から聞いてるからね。別にいいよ。ただ、二人の話の整合性が取れない場合、それはアキちゃんが黙秘した場合も含まれるけど、たぶん、そのときは二人とも酷い目に遭うことになると思うよ?」
怪我人である二人の負担を減らそうと、僕もがんばってみる。とりあえず先の伊左美の言葉に乗っかり、僕もカマをかけてみた。
「ふ、アイツはそう簡単に口を割らないにゃ。」
自信ありげにそう答えるアキちゃん。
「どうしてそう思うん?」
「別に。」
あくまでこちらの質問に答える気はないといった様子のアキちゃん。尋ねて答えてくれないんじゃ、詰みですわ。どうやって答えさせるか、ちょっと考えなきゃ。誘導尋問とか、ほかのカマかけとか、お涙頂戴演出とか? さて、どうしよう。




