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7-19(169) アパートへ

 爺さんチに着くと、葵ちゃんは爺さんに事情を話したのちにトトさんの召喚をお願いしていた。おそらく、アキちゃんたちといざ戦闘となったときに、僕に仙道としての力を秘匿させるのが目的だろう。葵ちゃんとしては、僕がに異世界での戦力としてアテにされると困るんだ。葵ちゃんのボディガードとして、僕を引っ張り回せる機会が少なくなるかもしれないってんでね。

 でも、爺さん、召喚の術を唱えるポーズを取ってまもなくすると……いや、実際に術を使ってんのかボーッとしてんのか判然としないけど……トトさんは風邪で寝込んでるから召喚できないって言うんだ。

「なんで来てもらってもないのにそんなことが判るのッ?」

 葵ちゃんがどうせ嘘吐いてるんでしょ? とばかりに爺さんに詰め寄る。

「なんでって、トトさんの心の声が聞こえたからさ。」

「ん? 心の声ぇ?」

 なんでも爺さん、特別な契約を結んでいる被召喚者との間では施術中に会話ができるのだとか。その会話は音として現われず、あくまで爺さんと被召喚者の心を通じて為されるとかで、心の声云々って言い方をしているらしい。それどんな言い訳? 葵ちゃんも上を仰ぎ見て呆れてる。

「なんだ? 嘘だと思ってんなら試してみるか?」

「厭よ。なんかおじいちゃんと主従関係結んじゃうみたいで面白くないんだもの。それより、トトさんがダメなら、リアさんを当ってみてくれない?」

 葵ちゃんも爺さん使いが荒いんだから。渋々といった様子で承諾する爺さん。これまた黙ったかと思うと、まもなくリアさんが現われた。小さな女の子って見た目ながら、三年前に僕たちの窮地を救ってくれた命の恩人だ。彼女も三年経っても身体的には成長してないみたい。彼女も小夜さよさんとかと同じで妖怪かなんかなのかな、とか思ったり。

「なに? 相楽さがら。」

 出た。三年経っても言葉遣いも相変わらず。目上の人に対して呼び捨てとか、ダメでしょ?

 葵ちゃんがリアさんに事情を説明する。爺さんの召喚した人なら異世界のことも平気で話せちゃうのは、たぶんリアさんとかトトさんの出身地がこの世界ではない気がするからだろうね。

「ごめんなさい。今日はちょっと用があってすぐ戻らなきゃいけないの。一週間後だったら時間空くから、ちょっと待てない?」

 リアさんもダメみたい。一週間後といえば伊左美と玲衣亜が連邦に行ってるころだし、リアさんに同行してもらうのは難しそう。僕たちは頭を下げて、とりあえずリアさんには帰ってもっらった。

「なんでリアさんはいつも呼ばれてから用件を聞くの?」

 リアさんが消えるのを見送ってから、葵ちゃんが爺さんに尋ねる。

「リアさんとは特別な契約は結んでないからさ。」

 う、嘘臭え。

 僕は思わず肩を竦めた。



 しばらく僕たちはどうすべきか考えた。で、危険かもしれないけど、アパートに物を置いたままずっと空けておくのも不安だったので、やっぱり僕たちだけでもポポロ市へ行くことにした。先日、僕が監禁されてしまったことを踏まえ、三分おきに爺さんに召喚してもらうようお願いした。三分おきの理由は簡単。下手打ってアキちゃんたちに捕まったとしてもすぐに脱出できるからだ。その場で即殺されられたら関係ないけどね。

 出発前、伊左美が念を押す。

「獣人は仙道よりも攻撃手段が判り易いし、やりやすい相手ではある。だけど、向こうへ行けば仙道よりもずっと上の強敵だ。奴らは動けるゴリラでね、アホみたいに素早いし、力もある。たった一発の張り手で死ぬこともある。狙われたら、三分って時間はとてつもなく長く感じるだろう。けど、その時間制限も考慮しながら、上手く立ち回ってほしい。」

 それぞれ頷く。

「ま、アキちゃんたちがいなけりゃ、こんな心配しなくてもいいんだけどな。」

「ま、ね。」

 ちょっと切なげな玲衣亜。

「では、時間を……おじいちゃん、私たちが消えると同時にその砂時計をひっくり返すんだよ?」

 葵ちゃんが手に持った時計を見ながら爺さんに確認する。

「判ってるよ。」

「では、五、四、三、二、一……。」



 ぴょん。

 ポポロ市ルノア町の外れに転移してきた。葵ちゃんは僕たちのアパートの場所まで知らないからね。一本の大きな橡の木の下、目の前の道が延びる先に目を向ければルノア町の家並が見える。周りには麦畑が広がり、その風景の中にポツポツと工場もちらほら。ここから僕たちのアパートまで徒歩で約二〇分というところだろうか。う~、結構遠い。でも、万が一を考えると……といっても、今回は三分おきに爺さんに召喚されるから、僕たちのアパートにどう接近すればいいんだ? 結局、人の目云々もあるものの街中へ転移しなくちゃならなくなるんだよね。

 青空の下、そんなことを考えながら歩いてると、町に入る前に爺さんチに戻された。

 いまの三分間はなんだったのかな?

「つ、次はちょっと近場に転移してみましょうか。みなさんのお部屋に入ってしまえば、そこから先は人目を気にせず転移できますからッ。」

 葵ちゃんがやや頬を染めてしどろもどろになってる。

「ね、知ってた。」

 玲衣亜がニヤっとする。

「いまのは予行演習だから。」

 伊左美がフォローする。

 先程と同じ轍を踏まないようにと、向こうへ再び転移する前に僕たちのアパートの近くで葵ちゃんが知ってる場所を話し合った。んで、アパートから徒歩五分ほどの場所にある喫茶店の近くに転移することになった。人の目とか大丈夫かな?

「もうあの町に長く留まることはないと思うし、この際、周りに警察さえいなければ人に目撃されてもオッケーって感じで、腹括るしかないな。」

 伊左美の言葉に誰も異論は唱えない。

 そして、葵ちゃんのカウントダウンとともに再びポポロ市へッ。



 ぴょん。

「うおおッ。」

「うわあッ。」

 目の前にッ、警察様ッ。こっちもビックリこいたけど、向こうも驚いてる。束の間、無言で相手を警戒し合う。

「ダッシュだああッ。」

 伊左美が叫び、踵を返して僕たちのアパートの方へと駆ける。

「ま、待てええ。」

 僕たちの逃走に釣られるように警察も動き出す。くっそ、逃げる追うの法則がこんなところでもッ。

「止まりなさいッ、そこの四人組、止まりなさいッ。」

 警察が拡声器片手に追っかけてくる。あ~もうッ、用意がいいなぁッ。

 殿しんがりを務めながら、軽やかに身体が動く事実にちょっと感動する。こっちでも仙道の力が生きてるんだなって……。

 ダンッ、ダンッ。

 ああああ、警察の奴ら、ついに威嚇射撃までしてきやがった。それ、空砲ですよね?

 目の前に迫るアパート。

 ダッシュで来たから、三分経つ前に到着したみたい。

 階段を駆け上がる。後方からは警察の足音が響いてくる。そして三階に到着し、先頭を走る伊左美が飛び込んだのは僕たちの三〇一号室じゃなく、三〇二号室の方だった。え? と思ったが、訳を聞く間もなく、僕も三〇二号室に飛び込む。奥の方から「にゃッ?」という声が聞こえ、次の瞬間、場面は再び爺さんチへ。



 膝に手を付いて肩で息する僕たち。爺さんはそんな僕たちを呆れた目で見ている。

「警察に見つかっちゃって。」

 尋ねられる前にそう言った。

「靖さんもとことんツイてないな。」

「はは。」

 いまごろ、三〇二号室に警察が押し入って、僕たちの行方を捜索してるんだろうな。

 アキちゃんたちはまだ三〇二号室に住んでいる。引っ越しなんてしていない。なぜ? すぐにでも出ていかなきゃとか言ってたのに。考えてみるけど、その理由までは判らない。

「たぶん、いまアキちゃんたちは警察と揉めてるだろうから、その隙に部屋へ戻ろうか。」

 うん、次が最後の三分間だ。

 部屋の目の前に転移して、部屋へ入って物を取ってくるには十分だ。いや、長いくらいか。僕たちは爺さんに次は一分でいいですと断ってから、再び転移した。

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