7-19(169) 出発前
始めはどうなることかと思われた僕たちの味方集めだったが、数日の内に“はぐれ”の仙道や術師を何組か味方に引き入れることに成功したと虎さんたちから伝えられた。彼らのうちの幾人かは異世界に興味を示し、幾人かは議会への嫌悪感を露わにしたという。そして、僕たちに同情的だった、と。
連邦の陰謀めいた動きをいち早く察知したにもかかわらず、それさえ議会によく報告できないのは、僕たちが議会を芯から信用していないからだろう。それは僕たちのせいじゃない。議会がそういう体質なのだ、と彼らの何人かは話したらしい。本当に議会とかいうのは面倒なものだ、と。
彼らの思いがどうであれ、議会が異世界と連邦の件で動くとなったとき、彼らは僕たちが矢面に立たないで済むように庇ってくれる手筈になっている。
僕はまだ彼らとは会っていない。僕たちと彼らとの繋がりが露見するのを避ける意味で、おそらくみんなが一堂に会することはないだろう。みんな集団が嫌いだっていうしね。
そんな虎さんたちの動きの中、僕の身体にも変化が見られた。なんか変な力の源が身体を駆け巡り始めた感じ。なにこれ? 新たな動力伝達回路が身体の中に組み込まれた感。でも、まだ手が全快していないから、全力は出せないけれど。なんだろう? ちょっとワクワクする。いままでできなかったなにかができる気がする。気がするだけで、まだなにも試せてないけど。とりあえず回し蹴りを放ってみると、勢いだけがよくて、それはいつもながらの不格好な蹴りでしかなかった。か、身体を柔らかくしなきゃッ。立位体前屈をしてみると、床に手が届かないッ。なんだッ、仙道っつってもまるでダメじゃないかッ。
とか思いながらも、まだまだワクワクは継続中。もしかするとッ、いまこそッ、三年前に虎さんにもらった仙八宝が形を為すかもしれないッ。いや、為すでしょ!? これでダメだったら葵ちゃんにクレーム入れてやるんだ。おい、仙道ってなんだよ? って。
ふう、それでは、ずっと仕舞い込んでいた仙八宝を……って、いま僕の仙八宝は向こうの世界にあるんだったッ。転移の術のカードも数枚向こうに置いてきたままだしッ。ああ、そうだよ、向こうに仕事のこととかアキちゃんたちとのこととかで戻ったときに持ってくる予定だったのに、アキちゃんたちに監禁されてしまったせいで持って来れなかったんだった。カードもいよいよ希少になってきたし、ここは葵ちゃんのボディガードを引き受けて連れてってもらうか。仙八宝の武器化を確認するまでは確かなことは言えないが、一応、物理的な変化があったみたいだし。大丈夫だよね?
天蒼月の告別式の前日、僕は虎さんたちに異世界に置いてきた物を取りに行く算段を伝えた。出立は告別式の翌日、葵ちゃんと合流したのちに爺さんチを経由して異世界に直行してもらう心算だと。するとまず葵ちゃんと会っていた事実にみんな驚いた。会ってたんなら言ってくれればよかったのにッ、ていう。僕は僕でいろいろ気を遣ったんだよぉ。たまたま散歩中に会っただけだからッてお茶を濁しといたけど。
僕たちの部屋をアキちゃんたちに荒らされていないかとか、アキちゃんたちが僕たちが戻るのを待ち構えているとか、罠を張ってるとかあるかもしれないってんで、向こうへは伊左美と玲衣亜も同行することになった。ま、僕には前回の失敗があるから、心配されるのも無理ないんだけどね。急に二人が押しかけて、葵ちゃん驚かないかなぁ。
そうこう話すうちに伊左美と玲衣亜が武器の準備にかかる。相手は獣人。素手ではまず敵わない。だが、武器があれば勝てない相手ではない、と。「銃は?」と伊左美に尋ねられたが、銃もやっぱり向こうに置いたままなんだよ。
「アキちゃんたちのしたことを靖は許してるのかもしれないけど、もし、部屋で遭遇することになったら、戦いは避けられないからね。」
玲衣亜が確認するように言う。
「大丈夫。アキちゃんたちがそこまでしてくるなら、そりゃ、そのときはやるしかないよね。」
僕だってそこまでお人好しじゃないさ。
「今回にかぎっては、さっさととんずらかましてくれてりゃいいんだけどな。」
うん、僕もそう思うよ、伊左美。
それから、伊左美が僕に盾の扱い方を指南してくれた。グリップが利かないから、とりあえず腕に括りつけて使ってみて、だってさ。こっちの世界では伊左美と玲衣亜が戦えるから、僕なんて戦闘時は蚊帳の外でよかったのだけれど、向こうでは仙道も力を発揮できないから、自分の身は自分で守らざるを得ない場面も出てくるだろう。だけど、ダニーとジークの二人は、やはり桃から仙道になって、彼らは仙道の力を失わずに異世界へ転移できたというから、僕も少しは期待していいのかな? まあ、それは不確定要素に過ぎないから、伊左美たちに“かもしれない”の話はしないけれど。仙道になった件についても内緒だ。それさえ不確かだし、仮に仙道になって力を失わず向こうに行けたなら、その事実を獣人との戦いのときに初披露したいんだよね。だって、少しは伊左美と玲衣亜を驚かせてやりたいじゃん?
なんかチグハグだけどいろいろ皮算用してみたりもしちゃうんだよね。でも、できればアキちゃんたちにはホントに逃げててほしい。仙道になって初めて対峙する敵がアキちゃんたちだったら、運命を呪うよね。
告別式当日は静かに時間が流れていった。式から帰宅した虎さんは、太王軍黄泉に連邦への使者派遣を提案したらしく、そして、その案はすんなりと了承されたとのこと。太王軍黄泉の迅速な行動もあって、一週間後に使者を派遣することまで決定したらしい。なぜそんなに急ぐのかといえば、連邦に体裁を取り繕う暇を与えないためであるとか。ありのままの連邦を視察したいと、太王軍黄泉も考えているとのこと。使者には数名の仙道が選出されることになっているが、発案者である虎さんはすでに使者に選抜されているとのこと。当然、付き人を伴えるらしいので、弟子である伊左美と玲衣亜も連邦内に行くことができるわけだ。この派遣を通じて、異世界での獣人の動向や目的、その背景が明らかになればいいのだが。ま、少なくともなにかしらの収穫はあるだろう。
さあ、虎さんたちの大仕事の前に、僕と伊左美、玲衣亜の三人はこれまた厄介な仕事を一つこなさなければ。
翌日、仙人の里の山で葵ちゃんと待ち合わせ。山までは伊左美と玲衣亜に霊獣を出してもらった。以前はパンダと象だったのに、今回は二人とも虎さんと同じく虎だった。連邦へ行ったときの霊獣はどうしたのかと聞けば、あのときの霊獣は連邦潜入用に特別に捕獲したものだったことが判った。そんなポンポン捕獲できるもんなのねッ? 僕も霊獣欲しいわッ。そしたら世界一周する旅に出るんだ。ヤバッ、夢が広がる一方通行だわ。お菓子屋で一攫千金と世界一周……なにを考えてんだ? なんか二つ並べると無理な気がしてきたわ。
僕たちが里を見下ろす山の中腹で待ってると、森の方から人影一つ。葵ちゃんだ。すっごい腑に落ちないって感じの顔してる。ダメだよッ、そんなにすぐ顔に出しちゃッ。
「こんにちは~、ご、ご無沙汰しておりました。」
挨拶もなんだかぎこちない。
「久しぶり。なんだよ、靖と会ってたんなら、オレらんとこにも顔出してくれればいいのに。」
伊左美が冗談めかして拗ねたようなことを言う。
「いえ、みなさんのお邪魔をしちゃアレかなと思いまして。」
葵ちゃんの視線が玲衣亜の方を向くのを、僕は見逃さなかった。って、特別なことはなにもなくて、ただ単に玲衣亜の方を見たってだけかもしれないけど。
「ふん、お邪魔ってことはないわよ。」
玲衣亜が答える。その回答にちょっと怯えた様子の葵ちゃん。
「靖さん、ちょっといいですか?」
「ああ、ちょっと訳を話さないとね。」
葵ちゃんが来て来てと手招きするんで、葵ちゃんのあとを追って二人で藪の陰へ。やっぱり予告なしに伊左美と玲衣亜を連れてきたのはまずかったのかな?
「ちょっと靖さん、なんで玲衣亜さんと伊左美さんがいるんですかッ?」
ちょっと詰問口調。ごめんよ、僕って人の気持ちが全然判んないんだよ。
「ごめん、とりあえず、順を追って話そうか。二人を断りなく連れてきて本当にごめんね。まず最初に謝っとくよ。」
「もうッ。」
やや閉口気味の葵ちゃん。僕は先の葵ちゃんとの会話を思い出しながら、順を追って二人が来ている理由を話した。仙道になれたかもしれないこと、ボディガードを請けること、ポポロ市に獣人が出没していて危険だってこと、向こうに忘れ物をしたから取りに行きたいってこと、で、早速向こうに転移したいってこと……などなど。
葵ちゃんは唇を尖らせながらも、転移することを承諾してくれたんだけど、一つ、追加で要求された。できれば僕に仙道になって、その力を異世界で発揮できることを二人には秘匿しておいてほしいって言うんだ。でも、僕たちはいまから危険地帯へ飛び込もうとしてるわけだから、確約はできない旨を伝えた。そして、僕たちは伊左美たちと改めて合流したんだけど。
「なに? お邪魔だったら私たちは別個で向こうに行くけど?」
開口一番、玲衣亜がそう提案した。明らかに僕と葵ちゃんが二人でコソコソ話し合ってたのが気に入らないといった様子。葵ちゃん、すっごい狼狽しながら、今度は玲衣亜を藪の陰へ誘う。
しばらく待たされたのち、二人が戻ってきた。
「お待たせしましたッ。そしたら、まずはおじいちゃんのとこへ行きましょう。」
なんとか話はまとまったみたい。チラリと玲衣亜の方を窺うが、機嫌が直ってるのかどうかいまいち判然としない。そのとき、僕の後ろを歩く伊左美にポンポンと肩を叩かれた。
「オレ、帰るわ。」
儚げな笑みを浮かべる伊左美。
ああ、伊左美だけ葵ちゃんに呼ばれなかったからね。
「なにヤキモチ焼いてんだよ。アレだよ? 葵ちゃんにとって、僕と玲衣亜は世話の焼けるクソ餓鬼ってだけだから。気にしなくていいよ。」
そうフォローするもあまり手応えがない。
ホント、しょうもないことを気にするなよ。




