7-18(168) 仙道関連
七月七日、朝。虎さんたちは昨日に引き続き、味方の獲得のために屋敷をあとにした。僕は屋敷にて待機している。特に指示があったわけじゃないが、仙道同士の話には絡みづらいからね。
連邦の異世界への介入が僕の夢実現の障害になるなら、なんとかしなければならないが、僕はその方法を考えられない。この一件を巡る周辺の状況もなにもかも、一切を把握していないし、情報が少な過ぎるんだ。頭を使うにしても、材料がなけりゃ頭も正常に働きゃしない。ちょっといまの状況を歯痒く思うし、気も急くけれど、一度気を鎮めようか。
朝の新鮮な空気に包まれた縁側に出て、庭に向かい座禅を組む。目を閉じれば、風の感触、微かな音も鮮明に感じ取れる。
しばらく瞑想。
頭を空っぽにして、なにも考えず、ただ、そこにあるものだけを感じる。
とはいえ、数分と経たないうちにいろいろな事柄が脳裏を過ぎってゆく。
昨日のこと、一昨日のこと、さらにその前と、印象深い場面が思い出される。後悔するようなことも多かったが、過去の自分といまの自分とを比べて、果たして成長しているだろうかと考えてみる。お菓子職人としての上達+(プラス)小夜さんによる心の在り様の変化のほかにはっきりとこれだといえる成長の痕跡が思い浮かばない。
思わず嘲笑が漏れる。
だけど、いま、僕が立っているスタート地点と、目標とするゴールは決して悪くない。
心機一転。
日が高くなり、縁側にも温かな日差しが射している。僕は座禅をやめて、縁側に寝転がると、、うたた寝でも決め込もうかという気になった。一人で焦っても仕方ないからね。
その日の晩、戻ってきた虎さんたちから話を聞いた。昨日のロアさんと小夜さんの屋敷にいる人たちに続く味方を増やせたか、どうか……だが、結論としてはその作業は困難を極めるというか、ほぼ不可能という感じらしい。なにしろ、誰もが“異世界”という単語を聞いただけで嫌悪感を示したというからね。とりわけ聖・ラルリーグ側の仙道にとって、異世界に良いイメージを持つ者はなく、銃発見以来の復讐心はいまだに彼らの心の底に燻っているようだ。
「まだ全員が異世界を毛嫌いしていると決まったわけじゃないし、理解者を募る作業はこれからも地道にやっていこう。」
成果が上がらない一日に虎さんたちも疲れているようだった。それでも虎さんたちは諦めていない様子。ま、まあ、まだ二日目だしッ。
七月十五日に天蒼月の告別式が営まれる。
彼の訃報は連邦にもすでに伝わっており、式には連邦側の仙道も幾人か列席するらしい。先の合戦での戦い方と聖・ラルリーグと連邦とのパワーバランスを考えると、僕としては彼の死を連邦には秘匿しておいた方が良いように思われた。なにしろ、仙道の武器を完全に無力化させるという彼の仙八宝があったからこそ、先の合戦でも聖・ラルリーグが大勝できたというのは誰の目にも明白。彼がいなければ、仙道VS仙道、人間VS獣人という二つの局面に分かれてしまい、聖・ラルリーグ側の被害も甚大になっていたに違いない。そんな彼がいなくなったことを知れば、連邦の動きに変化があるかもしれない。と思ったのだけど、後々、厭でも彼の死が白日の下になることを思えば、秘匿するメリットなど皆無だとして、議会の決定によって彼の訃報は即日連邦に伝えられたのだとか。
虎さんは連邦側の仙道たちと接触する機を捉えて、連邦への使者の派遣を太王軍黄泉に提案しようとしている。表向きは天蒼月亡きあとの両国の仙道同士の良好な関係継続を確認し合うという目的で、と話すつもりのようだが、その裏には連邦の現状把握と異世界関係での動きを調査するという目的がある。後者の方は太王軍黄泉にも伝える気はないらしい。
「いまのところ、これはまだ私たちの問題だからね。調査の結果として、連邦の仙道が積極的に関与しているとなったら、そのときは議会の協力を仰ぐことになるだろうけど。」
と虎さんは考えている。仙道と獣人が協力しているのか、それとも獣人が単独で動いているのか……その如何によって出方を変える、と。虎さんは僕たちにこの案に対する意見を求めてきたけど、僕たちに異論はない。
それから僕は虎さんたちに仙道のこととか議会のことを聞いた。
現在、この国の仙道は議会の統治下だけで一〇〇人以上おり、半数以上が人間社会にて暮らしている。そして、噂の域を出ないが、議会が関与していない仙道が二〇人程度いる。術師は議会統治下に約五〇人、はぐれが約一〇人いるという。一方、不確かな話だが連邦側は仙道が約四〇人、術師が一〇〇人ほどいるのではないかと言われている。
いつも、なにかと僕たちの会話の中に登場する議会は、正式には仙界議会といい、十二仙で構成されている。様々な問題について協議し、対策したり法律を作ったりする機関で、不定期に招集される。基本的な構成は十二仙だが、問題によってはその道に通じた人物なども協議に参加することがある。仙界の最高機関であり、通常、その決定に逆らうことはできないが、唯一天蒼月のみ議会の決定に異を唱えて覆すことが可能だった。天蒼月は虎さんが十二仙に昇格したころにはすでに議会を去っており、議会の決定はあとから天蒼月に報告されていたらしいが、虎さんの記憶によれば天蒼月が異議を唱えたことはないという。ただ、直近では異世界の銃が絡んで招集された議会には例外的に天蒼月が出席していたという。古くからいる十二仙の話によれば、異世界絡みの問題に関しては天蒼月も特別な思い入れがあるのだろう、ということらしいが。
議会が定めた法律による仙道への縛りは、人の世の人を縛る法律よりもおおらかなもので、大抵の仙道は自由を謳歌している。だが、十二仙ともなればそれぞれ管轄する地域を守護する役が課せられているため、そのかぎりではない。信頼できる弟子に任せれば自由に動けるが、それでも議会への参加は欠かせないので、一般の仙道ほど自由は利かないようだ。
“はぐれ”の仙道や術師は特に議会の管理下に在ることを嫌ったわけではない。ただ、組織や集団といったものが苦手なのだ。“はぐれ”同士がつるむこともないので、議会から“はぐれ”を脅威とする認識はないが、それでも情報を開示しない彼らのことを忌み嫌う仙道が大半だ。そんな中、虎さんはロアさんや小夜さんといった“はぐれ”である人たちと交友を持っており、だから十二仙の間では虎さんは“まともと異端の中間くらいで変人”と囁かれているとかいないとか。虎さんは議会の統治下にある仙道や術師も“はぐれ”も変わらない、と言うけれど。人としては同じでも、立場が明らかに異なるんだよねぇ。
仙道は全員仙八宝とよばれる武器を所持しており、身体能力も一般人よりも優れている。術師はなんらかの術を使えるが、身体能力は一般人と変わらない。だが、仙道の身体能力よりも獣人のそれの方が上。仙道が獣人に負けないのはひとえに仙八宝によるものだ。
人と仙道の能力はかけ離れているものの、仙道は人の社会の中でその能力を無暗に公開しない。これも決まり事の一つだ。だから、人々に仙道の存在はほとんど知られていない。おそらく先の合戦で戦場にいた人たちは仙道の姿を目撃しているだろうが、それもいずれ伝聞された末にお伽話になるだろうと推測されている。
仙道は一部の例外を除き、仙道として人と関わらない。貴族とか偉い人なんかの一部とは親交があったりするそうだけど、庶民には関係ないそうだ。先の合戦のような場合でも、連邦の仙道が関わっていなければ、純粋に人対獣人の構図であれば仙道は出張らない。ただ、敗戦後に獣人種が人種を殲滅しようとすれば、そのときは仙道も腰を上げるのだとか。
聖・ラルリーグ側と連邦側の仙道の違いは思想の違い。これは虎さんも人から聞き齧っただけの話だが、元々両地域に国が誕生する以前から仙道たちは暮らしていて、当時は仙道同士で諍いを起こすこともなかったそうだ。ある地域には獣人が棲み、ある地域には人が住んでいて、人と獣人が出会い、対立し、国ができて、国境ができた。長らく獣人と共に暮らしていた仙道は獣人に情を移し、長らく人と共に暮らしていた仙道は人に情を移した。そして、人と獣人の対立がそのまま仙道同士の関係悪化に繋がった……ということらしい。
両者は最低限の交易をする以外に交わりを持たず、お互いの為すことに干渉しないという取り決めまである。
しばらく守られていた連邦との約束事も異世界騒動をきっかけに一度破られてしまったが、天蒼月の死によっていよいよ両者の関係は修復不能になるかもしれない、と予想する者もいるとか。
という感じにいろいろと話してもらったわけだが、肝心の異世界への理解を示してくれる人物のアテはあるのか尋ねてみれば、まずは“はぐれ”の人たちに声をかけてみようと思うってさ。実質、議会への影響力という点では皆無なわけだが、相手が“はぐれ”であればこちらのリスクも少ないし、実績作りという意味でも当ってみる価値はあると思う。動いた成果がゼロってのは切ないし疲れるからね。
まだ情報は不足しているが、だからこそいま、虎さんも苦慮している。
爪はまだ生えてこない。
仙道としての変化もまだ感じられない。
爪も仙道も結果が出るのはまだ先だ。いまはとにかく、おマツさんと葵ちゃんの言うことを信じて待つだけだ。




