7-18(168) 話し合い
話し合いをしていた部屋から出て、縁側に腰をかける僕と名セコンドの伊左美殿。月明かりが仄かに照らす中庭には木々の黒い影がそよ風を受けて揺れている。
伊左美殿は庭へ下りてからヘタリ込んだ僕の前に来て、僕の顔の前で立てた人差し指を左右に素早く振った。
「靖、何本に見える?」
ん? 二本に見えるけど、実際は一本なんだよね。でも、見えるのは二本っちゃ二本か。
「二本。」
「よし、まだ目は見えるな。」
え? なんの話かな?
「こいつで口を濯げ。」
ポンッと蓋を外して、瓢箪の先端を僕の口元に当てて傾ける伊左美。特に必要ない措置だけど、なんか用意がいいな、と思いつつも、トットットッと水が僕の口内に……ブーッ、ブハッ。
「ゲホッ、ゲホッ、あ~ッ、これ酒だろぉッ?」
「なんだよ、汚えな。誰も水だっつってないし。」
「喉が焼ける。」
「ついでにちっと頭のネジも緩めときな。」
そう言うと伊左美はボクサーごっこを切り上げ、僕の隣で煙草を吹かし始めた。休憩中だからね。
「さっき、玲衣亜が少し苛ついてたろ? あれ、なんでか判る?」
ふうう、と煙を吐きながら伊左美が尋ねる。
「え、僕の質問の仕方が悪かったからでしょ?」
玲衣亜が言ってたようなこと、これまであまり考えたことなかったわ。
「それはおそらく苛々を発散させる口実を与えただけに過ぎないんだよなぁ。ホントのとこはちょっと違うんだ。たぶん。」
「た、たぶんでもいいから、どういうことかちょっと教えて。」
今夜は伊左美殿だけが頼りなのだ。
「自分、最初に玲衣亜に肩肘張って話すなって釘刺されたの覚えてる?」
「ああ、そりゃ、覚えてるさ。」
「なのに堅苦しい話し方するからさ、それが玲衣亜殿には我慢ならなかったんじゃない?……と思うよ。」
あ~、そっちかぁ。ありそうだわぁ。確かにいつもどおりにって思っても、アレはいつもどおりの話し方じゃなかったしね。
「それに、玲衣亜殿はああいう話し方すると寝ちゃうからな。」
「ええ? なにそれ?」
「つまり堅苦しい話が苦手なんじゃない? 本人じゃないから判らないけど、あいつ面白くもない長話のときはいっつも寝てるイメージだし。」
これは覚えとかないとね。玲衣亜に堅苦しい長話は禁物……と。
「ああ、もしかすると寝てるときに起こしてさぁ、いきなり質問したのも悪かったのかもな。なんか寝ようとしてるのに寝るなッて言われてるみたいじゃん。うん、そうだよ。やっぱ質問の内容とか関係ないんだよな。」
伊左美殿が一人で得心していらっしゃる。なんかおかしいけど、相手が玲衣亜であることを前提としてみればその推測も成り立つのか? もう、結局どこを直せばいいんだかッ。つまりアレか? 相手を見てモノ言えよってことか? 僕としては玲衣亜の言った内容も気になるのだけど。
「でも、玲衣亜ってあんなに細かいこと言う奴だったっけ?」
「細かいことって?」
「なんか質問の仕方がどうたらとか。」
「ああ、他人にはあまり言わないけど、玲衣亜はそういうことに気を遣おうと思えば遣える奴だからな。割かし話すの上手いと思うよ。玲衣亜殿は。コミュニケーション能力っていうの? 誰とでも気さくに話すし、伊達におばちゃんしてるわけじゃねえよ。……ま、敵もよく作るけど。」
なんか最後の方に不穏な発言が。
「言われてみれば、まあ話すの上手いよね。でも、どちらかといえばいっつも変なこと言って伊左美を困らせてるイメージなんだけど。」
「お前、ありゃわざとだからな? だから余計に腹が立つし面倒臭いしなわけで。ま、それでも玲衣亜ん中じゃある程度、どこまでが良くてどこからがダメっていう線引きはしてんだろうけど。」
「へ~、案外凄いんだね、玲衣亜って。」
ホント、素直にそう思う。
「あいつのおばちゃん能力はSSランクだからな。」
ふふ、また伊左美が変なこと言い出した。
「SSランクってなんだよ?」
「スーパースペシャル……超☆特別、みたいな。」
「超☆ムカつく、の方がその能力には相応しい気がするわ。」
「それも言えてるかもな。」
「ふん、そうだよ。」
プップップッと小さく笑う僕と伊左美。
「超~ムカつく!」
振り返れば玲衣亜殿。歪んだ笑みを浮かべて僕の隣に腰を下ろす。
「キミたち判っていらっしゃるのかしら? 私……女の子なの。」
語気を強め、頷きながら鼻を鳴らしてそうおっしゃる玲衣亜。その言い方がすでに女の子じゃないんだよね。っていうかちょっと面白いし。
「ふふ、靖さん、玲衣亜にはちょっとお灸を据えといたから、さっきのことは許してやってね。自分がグーグー寝てたのを棚に上げてあの言い草はないよ。さっきのは玲衣亜が悪かった。」
おお、虎殿ッ。やっぱ虎殿でなくてはこの二人をまとめることはできませぬぅ。
「いや、僕も悪かったんだよ。もっといろいろ考えてから喋ればよかったんだ。」
「靖さんはちゃんと考えてから話してたよ。大丈夫。もっと自信を持って。」
「うう、ありがとう。」
玲衣亜の方を見ると、目が合った。ちょっとニヤっとしてから言う。
「据えられたん?」
「ええ、誰かさんのせいで据えられたわ。本当にありがとうございましたぁ。」
小憎たらしい口調でそうおっしゃる玲衣亜。
「ふん、他人のせいにすんなよ、って普段なら言うんだけど、今日は素直に謝っとくよ。ごめん。」
「あら、そんなんされたら私も謝るわ。ごめんね、ちょっと寝起きでムシャクシャしてただけだから、さっきのは気にしないで。」
「ええ? それがマジだったら結構ムカつくわぁ。」
「ふふ、マジだから大丈夫。だから、気にしないで、ね?」
くっそ、マジで。ま、なんと言われようとも気にしちゃうんだけど。玲衣亜の言うところの肩肘張らずに話すってのは、こんな感じの雑談のことをいうんだろうな。ま、僕たち身内だし、無理に改まる必要はないんだ。それこそ玲衣亜も言ってたよね。私たちはみんな真面目だって。じゃあ寝るなよと思わないでもないけど、それは玲衣亜の呪われた能力のせいだから、って、別に呪いじゃないか。だ、だから、僕たちみんなお菓子屋オープンに関しては真面目だから、きっと雑談感覚でも話を円滑に進めることはできるはずだ。
それから伊左美と玲衣亜にも、僕はちゃんと考えてて偉いとかなんとか、いろいろ褒めそやされて、少し自信を回復したんだ。よく考えてるなんて自分では思わないけれど、とりあえず僕はおだてられるとすぐ木に登るからね。
で、雑談の延長でいろいろ話し合って、今後の方針なんかもあらかた定まってきたのだけれど、すぐに行動に移るのは難しそう。というもの、アキちゃんたちの件から発覚した連邦の異世界への介入の件の解決の方が、お菓子屋オープンよりも優先されるからだ。虎さん曰く、「連邦の異世界への介入を放っておくと、こちらの世界の秩序が崩壊しかねない」とのことで、もしかすると獣人が聖・ラルリーグ領土内を跋扈する未来が訪れる可能性だって考えられるらしい。そんな世界でお菓子屋なんてオープンできるはずがないし、お金にだって価値がなくなるかもしれない。であれば、僕も気持ちを切り替えて連邦の件の解決のために頭を働かせなければならない。夢を諦めてしまうわけじゃないけどね。とにかくいまは目の前のことに集中だわ。
連邦の動向を探るには議会を通して、連邦を訪れるのが最も手っ取り早い。まだ連邦側は合戦によるダメージが抜け切っていない状態だから、いまなら聖・ラルリーグ側が難なく主導権を握れるはずだと虎さんは言う。では、如何にして僕たちの関与を疑われることなく、議会にこの件を伝えるか。その難問への回答を誰も提示することができず、その日の話し合いは終わりを迎えた。
猶予はあまりないと考えた方がいいけれど、ここでしくじれば僕たちに明日はない。
正直な話、僕は議会のことをまったく知らないから、どんな作戦が通用しそうなのか見当さえつかない。また明日にでも議会の様子について聞いてみようかな。




