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1‐4 (17) 魔女が出たんだってッ

 働き始めると時間が経つのもあっという間で、気がつけばもう晩秋の気配。仕事にも慣れて、店員同士、気の合う人たちとは親交をもつようになった。



 その中の一人は表情が豊かで動作が大袈裟なことから『マンガ』とよばれる男。もう一人は毎日帰宅時に白シャツに着替えることから『旦那』とよばれている男。二人の名前は知らない。店員同士でそう呼び合っているから、そう覚えただけで、名前なんて聞いてないからね。ちなみに僕は『どんぐり』、は『パンダ』と呼ばれている。僕は背が低いから、伊左美は顔の造作が小熊系で、しかも東洋系だからパンダということらしい。



 僕たちはド田舎から出てきた世間知らずだというふうにアピールして、『マンガ』と『旦那』からこの国の政治、経済、歴史について教わっている。

「ホントにおめえら、なんも知らねえんだな?」

 なにか尋ねるたびに一々そう言ってくる『旦那』がそろそろウザい。

「仕方ねえよ。遠い東の国からやってきてんだぜ? あっちの方にゃ、こっちの情報なんてほとんど流れていかねえのさ。」

 『マンガ』が擁護ともつかないことを言う。

「だな。」

 そんなやりとりに続いて、彼らは僕たちの故郷がどんなところなのかを尋ねてきた。正直、どう答えるべきか判断に迷う質問だ。

「山があって、川があって、地元じゃないが遠くに海があって。地元は田舎ながらも人も多くて活気があってッてな感じかな。ま、正直、この街に比べりゃ、なにもないって表現がぴったりなとこだけどね。」

 伊左美が曖昧に答える。

 あまり具体的な話はできない。この世界においてありえないッてことなんかを知らずに話してしまうと、変な目で見られてしまうからね。

「それだけじゃあ、想像もできねえな。つまり、自然に囲まれたいいところってことなのかい?」

 『旦那』が困ったように言葉を継ぐ。

「まったく、おめえらの話はいっつもクイズみたようだな。」

 『マンガ』が旦那の横で愉快気にニヤニヤしている。

「オレーたちぃ、まだ言葉、そんな上手く話ぁせないすからぁ。」

 伊左美が白々しくおどけてみせる。

「まあ、いいとこかどうか判らないけど、大体そんな感じだね。」

 伊左美に代わり、僕が『旦那』に向けて答える。

「ああ、夜になると外なんてほとんど真っ暗だしな。」

 伊左美が補足する。

「日が昇ったら起きて、沈んだら寝るって感じ?」

 『マンガ』がまさか、というふうに尋ねる。

「ふふ、さすがにそこまではいかないけど、明かりといえば蝋燭か松明かランプか的な?」

「娯楽はなにがあんだ?」

「さあ。酒と子作りくらいじゃない?」

 僕は一般的な庶民の娯楽を考えながら答えた。ホントになにもないんだよ。季節ごとの行事とかお祭りとか、まあ挙げられないこともないけれど。月を愛でたり花を愛でたり。夕涼みの散歩に、日向ぼっこ。そんなのも娯楽といえば娯楽だけども、こっちの世界でそんなのが娯楽だと言った日には、きっと大笑いされるに違いない。

「田舎ものんびりしていて、悪くはない気がするけど。なんで、おめえらこの街に出てきたんだよ?」

 と『旦那』。

「まあ、退屈だったから、かな?」

 伊左美が答えると、マンガも旦那も豪快に笑った。

「退屈だっていってこんな遠くまで出てくんのかよッ。ホントおめえら馬鹿だろ? ホント面白えな。」

 『旦那』が大声を出す。

「まあ、この街にはなんだってあらぁね。富も貧困も、ご馳走も酒も空腹も、花売りも乞食もブルジョアも貴族様も、み~んな手を取り合って仲良く居座ってやがるからな。肝心なのは、そんなかのどれと仲良くするかってとこよ。」

 『マンガ』も呆れたように忠告染みたことを言う。

「なんか凄まじいね。」

 僕は息を飲んだ。この大都市には、いい意味でも悪い意味でも、ホントになんでも揃ってるんだろうな。

「要は真面目に働いて、遊びは程々にしろってこった。」

「そうよ、真面目、堅実が一番だ。」

 二人が揃って殊勝なことを言う。

「特に『パンダ』。おめえは気をつけろよッ。」

「え、なんでオレなん?」

「なんでっておめえ、遊び好きそうな顔してんじゃねえか。」

 そう言われた伊左美が僕の方を見る。僕は笑顔で頷いてみせる。だって、伊左美はカッコいいと可愛いを併せ持ったような奴だからね。おじいちゃんのクセに。

「ほら、お友達もそう思ってんじゃねえかッ。」

 僕と二人の三人で大いに笑うと、伊左美は腕を組んで納得いかないといった顔をした。



 その晩、が奇妙なことを言い出した。

「ねえ、魔女の話って聞いた?」

「魔女?」

「なにそれ?」

 ヘンテコな話題に、僕と伊左美が聞き返す。

「なんかいま噂になってるみたいなんだけど、最近ね、魔女が出たんだってッ。」

「どこにぃ?」

「いや、この街に。」

「で、魔女ってなによ?」

「ああ、そこからか。」

 玲衣亜はそこで一呼吸入れる。

「魔女ってのは魔術ってのを使って悪さをする奴で、怪しげな薬を調合したりしながら、街中を混乱させようとしているらしいの。」

「らしいんですか?」

 俄かには信じられず、冗談めかして答える。

「でも、本当だとしたらこの世界にも変わった奴がいるもんだな。」

 伊左美は自身が仙道だからか、魔女や魔術という存在に対して僕のように疑いをもっていないようだ。

「でも、それだけだと、そもそも魔女が具体的になんなのかがいまいち見えてこないんだけど、街を混乱させるのが目的なら、もっとみんな慌てててもいいと思うんだけど。」

 仕事場でもみんなに特に変わった様子は見られなかったしね。

「噂の出所とか判ってんの?」

 伊左美が尋ねる。

「うん、なんかウチのおばちゃん連中の子供らが話してたんだって。」

「ええッ? あ、うん。」

 一瞬驚いた顔をする伊左美。

「それで、おばあちゃんはその話を真に受けちゃったわけですね?」

 僕は笑いを堪えながら言う。あッ、おばあちゃんって言っちゃったッ。ま、いいか。

やすし、ちょっとつらぁ貸してもらえる?」

「こらッ、女の子がそんな汚い言葉使っちゃダメでしょッ?」

「おばあちゃんだったり、女の子だったり、玲衣亜も忙しいな。」

 伊左美が笑う。

「おじいちゃんは黙ってなよ。」

「おじいちゃんじゃないし。」

「じゃあ、私もおばあちゃんじゃないしッ。」

 あ、またなんか始まった。

「ゴメンゴメン、二人とも若いから大丈夫よ。おばあちゃんは冗談だから。」

「じゃあ、謝ってッ。」

「いや、いまゴメンって言ったばっかじゃん?」

「え、全然聞こえなかったんだけど?」

「面倒くさッ。伊左美、なんとか言ってやってよ。」

「え、なんて?」

「マジで? おう、おじいちゃん? 耳が遠くなっちゃったの?」

「ええッ?」

 伊左美が耳に手を当ててこれ見よがしに聞こえない振りをする。

「もダメだぁ。」

 僕は頭を抱える。この二人ときたら、ときどき疲れるわぁ。いや、今回は僕もちょっと悪かったけどね?

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