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葵ちゃんを先頭に山道を息を切らしながら歩き、連れて来られたのは森の中。あんまり深く分け入ると、もう東西南北も判らなくなりそう。進むのはいいけど、ちゃんと戻れるのかな? 森に入ってしばらくすると、上空に青空がくっきり見える、少し開けた場所に出た。そして、目の前には泉がある。
「この泉、仙人の泉っていうんです。」
葵ちゃんがお椀に水を掬って、僕に差し出してくる。
「この水を飲むとですね、仙道になれるみたいです。どうぞ、グイッと。」
意外と簡単な方法だったので、ちょっと拍子抜け。でも、こんな美味い話にはなにか罠がありそう。
「この水飲んで、死んだりしない? 仙人の桃みたいに。」
「ああ、大丈夫ですよ。なんなら、毒見しましょうか?」
「ああ、ええわ。ゴックン。」
疑ったことを詫びる気持ちも込めて、一息にグイッと飲み干した。
しかしながら……なにも起こらない。
「飲んだけど……。」
「ええ、これでしばらくすると仙道になりますので、あとは待つだけです。」
「あ、そうなんだ。」
「なんかある日突然、仙道になるらしいです。」
「ふうん。」
じゃあ、これで用も済んだし、葵ちゃんと行動を共にする理由もなくなったか。いや、まだこちらの用がある。昨日、途中で切り上げられてしまった異世界での葵ちゃんの動向に関しては、今後の参考のために聞いておかなければならぬ。
「もう用は済んだけどさ、昨日の話の続き、聞かせてよ。」
「話の続き、ですか?」
葵ちゃん、ちょっとキョトンとしている。
「異世界での、葵ちゃんの活躍の話だよッ。」
「ああ、途中で仙人様の話になりましたからね。そうですねぇ……。」
口元に手を当てて考える葵ちゃん。なぜ昨日はあっさりと話してたのに、いまはわざわざ思案しているのか? 謎だ。
「じゃあ、テイルラント市の方の私の家に来ますか?」
「帰りも転移の術で送ってくれる?」
「もちろん、送りますよッ。」
というわけで葵ちゃんチにやってきました。
最後に見た葵ちゃんチの家屋は半壊した姿だったのに、いまはさすがに直ってる。それに加えて、窓から見える町の様子にちょっとビックリ。町に建物が増えてるし、整備された道も増えてるみたい。なんかいつのまにか発展してんだけどッ?
「驚いたみたいですね。あの合戦のあとからテイルラント市の復興だってんで、建設ラッシュが始まったんですよ。各国との交易を担うターミナル市として、焼け崩れたのを幸い新しい街作りを進めてるみたいで。それで、職方なんかの住む所も必要だし、その家族もいるし、合戦前後で減少した人口なんてあっという間に元どおり以上になりましたよ。」
テイルラント市の人たちはほとんどが合戦に強制参加だったはずだけど。それも国境の城塞を守るための最前線の戦い……連邦軍を聖・ラルリーグ内に進めさせるための囮として。この町の町長さんは無事だったんだろうか?
「でも、変な話ですが、いまのテイルラント市にいるほとんどの人が余所の人なんですよ。建物も新しくなって、街並みも道も整備されて、ついでに人も入れ替わって、なんだかテイルラント市って名前はそのままですが、もうここは戦前のテイルラント市とは別の街みたいです。」
さすが戦場になった場所はしろくま京とは違うみたい。いや、しろくま京の近況も知らないんだけどね。
「地図上の位置と名前だけ変わらないって感じ?」
「そう、そんな感じですね。この町の人たちは上手にこの変化を受け入れて、それなりにいまの暮らしに馴染んでるみたいですが。私はそのへんが下手なようで。」
なんだかんだ葵ちゃんも昨今の情勢の変化に戸惑ってるんだ? 僕たちも異世界と連邦絡みでちょっと難しい局面を迎えてるけど。
「あの自由奔放な親父さんはどしたん? 一緒に暮らしてないの?」
「父は元連邦の領土だったところにある街にいて、そこで仕事をしてます。マーカスさんもそっちですね。用があるときはマーカスさんを借りに行きますが。」
「親父さんの方には用はないんだ?」
「ないですね。」
「はは、親父さん、いまごろクシャミしてるんじゃない? 可哀想に。」
「大丈夫です。長らくほったらかしにされてる私の方が可哀想ですから。」
「ああ、ホントに、逞しいよ。」
葵ちゃんってときどき精神的にタフだなって思えるんだよね。
「お茶入れましょうか? あ、それともお酒の方がよかったりします?」
「お酒の方がいいかも。でもいいの?」
「私は一人でいるときは基本的に飲みませんから。大丈夫です。」
そういえばあの妖精はどうしたんだろ? まだ姿を見てないけど。
「いつも一緒にいた妖精ちゃんは?」
「いますよ、いまも。ただ、隠れてるだけです。」
あら、意外と恥ずかしがり屋さんだったのかな?
「アオって名前なんですけどね、アオ、なんだか靖さんのことが苦手みたいです。」
「ええ? 嘘ぉッ? なんでぇ?」
いまいち嫌われる要素が思い浮かばない。
「なんか靖さんのことが怖いんですって。」
「全ッ然怖くないのにッ。僕ほど怖くない奴なんて金の草鞋を履き潰して探したってそうそう見つからないぜ?」
「んなこたぁないですよ。」
ま、相手は妖精だからね。人間様とは感性が異なるのだと思っておこう。べ、別に傷付いたりしないし。
それから肝心の昨日の話の続きを聞いたんだけど、葵ちゃん、マフィアと敵対したりとか結構ヤンチャしてたみたい。ま、それもダニーとジークさんっていう桃から仙人になった人たちがいたから実現したんだろうけど。仙道の力を失わずに異世界へ転移できるってのはちょっと反則染みてるな。葵ちゃんによれば、もしかすると僕もあっちの世界で仙道の力を発揮できるかもしれないとのことだけれど、実際、まだ仙道になれるか否かも判らないから、いまから皮算用はしない。
それにしても、最初に出会ったころは「異世界には手出し無用に願いたい」とか言ってたクセに。変われば変わるもんだね。なんだかもう僕が知ってる葵ちゃんじゃなくなったってのがひしひしと感じられる。これじゃ爺さんが心配するのも無理ないな。この不良娘めッ。
「葵ちゃんって最初はさぁ、あっちで出鱈目なことはしませんとか言ってたじゃん。それがどうしてそんなことしてんの?」
別に説教しようとかってつもりはないけど、最初に言ってたことといまやってることが違うってのに少々腹が立ったんで、意地悪を言ってみた。
「なんででしょうねぇ。」
テーブルに頬杖付いて、はあ、と小さく溜め息を漏らす葵ちゃん。もしかして僕、いまウザがられてるの?
「そうそう、なんででしょう?」
とりあえず、葵ちゃんの言葉をオウム返しにしてみる。むむ、反応なし。
「あの男の子に情が移ちゃったのかもしれません。あと、その子の身近に悪者がいたっていう、そういう話ですかね。」
「悪者、か。」
誘拐犯とその背後にいた組織リヴィエ一家。葵ちゃんはリヴィエ一家とマロン一家の抗争が始まったのを潮にその一件から手を引いたらしいけど、その抗争がまた新たな悲劇を生むことを懸念しているみたい。
「例えばの話ですけど、いま私が山賊に襲われたら、靖さん、どうします?」
頬杖を付いたまま、こちらを見て葵ちゃんが尋ねる。
葵ちゃんが襲われたら、か。
「逃げてって言う。」
ガクッと肘を崩す葵ちゃん。
「あ、違うわ。逃げようって言わなきゃ、一人でトンズラされたら僕が襲われちゃうもんね?」
僕の言葉に葵ちゃんが失笑が漏らす。
「それじゃあ、私が転移の術を使えるってことが山賊にバレちゃうじゃないですか。」
あ、そっか。僕も浅はかだったな。
「例えが悪かったですね。例えば、玲衣亜さんが襲われたらどうします?」
「がんばってって言う。」
あ、またこけた。
「もうッ、たまには靖さんも戦ってくださいよッ。」
「無理むり、だって、戦えないんだから。」
「も~、聞いた私が馬鹿でしたッ。」
ふ、葵ちゃんが拗ねちゃった。
「でも、例えばジークさんみたいに強い人が一緒にいたなら、僕はその人と一緒に葵ちゃんを守るために戦うよ。」
「おお?」
「たとえそのあと、どんな二次災害が起こるか判らないとしても、目の前にそんな悪者がいたら、僕だってほっとかないよ。」
「そうそう、そこに辿り着いてほしかったんですッ。」
うん、知ってたよ。
「葵ちゃんは優しいからね。ちょっと不良娘になったからって、問題ないよ。」
「はッ、不良じゃありませんし。」
「爺さんが心配してたぜ? 葵がなにしてんのか判らないって。」
「そりゃ、言ってませんからね。ただ、凄く単純なことですよ。聞けば、みんな、はあッ? そんなこと考えてるの? ってなるような。ちょっとそれが、いろいろあって面倒なことも起こりましたけど。」
一体、葵ちゃんはなにを企んでたんだろ?
!!!
「あッ。」
「どうしたんですか? 急に大声出して。」
「いま、すっごいことに気づいたッ。」
「なんに気づいたんですか?」
「僕が異世界へ行ってた目的が、お釈迦になるッ。」




