7-14(164) おマツさん
おマツさんは語尾に“じゃ”って言う、典型的なお年寄りキャラです!
夜は虎さん屋敷に戻って、四人でいつもより静かな食卓を囲む。
虎さんたちにはまだ葵ちゃんに遭遇したことを話していない。そして、僕が身の振り方について悩んでいることも。
葵ちゃんのことを話すと、虎さんたちが明日、僕に付いて来かねないし。僕が身の振り方に悩んでると話せば、余計な心配をさせてしまうかもしれない。いざ出陣となったときに、僕はもう手が使えないから出撃不能、みんなとはここでお別れしてどこか遠くへ行きますって……きっとそうなるんだろう。うん、僕はたぶん、ギリギリまで言い出せないな。
こうやってみんなと食卓を囲めるのはあと何回だろう? あと何回、ご飯を食べられるんだろう? そんなことを考えると、いま目の前にある食事がとても大切なモノに思えてくる。手が不自由になると、碌に仕事もできないだろうし、だからといってあまり手先を使わなくていい仕事なんて、あったとしても僕が就業できるわけでなし。戦での負傷兵なら多少の保護は受けられるけど、僕のはただの事故だからね。働けなきゃ、あとはおなかと背中がくっついて死ぬのを待つしかないじゃない? ふん、こんな手じゃ、山賊にもなれやしないんだから。
現にいまだって、箸を上手く使えないでいやがる。じゃがいもと山菜の煮物を摘むのにも苦戦するし。まだ痛むし。じゃがいもが摘めなくて、箸を刺して持ち上げようとしたら今度は箸が抜ける始末。何度も試行錯誤を繰り返してると、なんか視線を感じた。そちらを見ると、玲衣亜が切なげな目をして僕の手元を見つめていた。
「あ? 遊んでるんじゃないよ?」
変な言い訳。玲衣亜がそんなふうに思ってんじゃないことは判ってるけどね。
「いや? ただ、じゃがいもが美味しそうだなぁって見てただけ。」
そしたらもっと物欲しそうな目をしろよ。
「あげんよ?」
「ふん、そんな穴だらけになったじゃがいもなんかいらんわぁ。」
そう言って唇を尖らせる玲衣亜。
なんだかよく判んないけど、ありがとね。
「爪って生えてこないんだっけ?」
僕たちのやり取りを見て、伊左美が誰にともなく尋ねる。
「う~ん、判んない。どうなんだろ?」
玲衣亜が答える。
僕、ちょっと期待しながらみんなの会話を見守る。え? 爪って再生するの? トカゲの尻尾じゃないんだけど。
玲衣亜と伊左美が今度は虎さんに同じことを尋ねている。でも、虎さんも知らないって。ちょっと~、誰か生えてくるって言ってよ~。もう嘘でもいいからさぁ。
シャーッ。
不意に障子が開き、顔を出したのはおマツさん。
「靖さんッ。爪は生えるけぇよぉ、安心せられぇッ。」
そう言って親指を立てた拳を突き出すおマツさん。え、虎さんの屋敷内なんだけど、なんでおマツさんがいるのかな? しかも爪の話を知ってるし。
「ただの通りすがりなんじゃがな。」
言いながら、ノシノシと膝立ちで居間に上がってくる。
「はは、お邪魔しましたよっと。」
うん、確かに上がったあとだからね、その言い方で正しい気がする。??? なんかおかしいけど。虎さんも困惑しつつも「こんばんは~」と挨拶している。そして、僕のすぐ傍に腰を落ち着けるおマツさん。ちょっと近くないっスか? これがおばあちゃんじゃなくて若い子なら嬉しいんだけど。
「ウチもな、子供の時分にな、爪剥いだん。山で遊びょうったときなんじゃが、駆け回りょうったらこけてしもうてな。そんときに指の付き方がおえんかったんかアレなんじゃが、ベリベリ~って爪がのうなってしもうたんじゃ。こっちのこの指なんじゃが。」
そうして皺々(しわしわ)の指を見せつけてくるおマツさん。
「もう判るまあが? ほじゃけえな、靖さんももうしてえしたら生えてくるけえ。あ、そんな気を遣ってくれんでもいいのに~。ありゃ~、いただきます。」
おマツさんが楽しそうに話しているところへ、玲衣亜がお茶を持ってきて話が一時中断……するはずもなく。
「あ~、美味しい。せえでな、なに話しようったっけ? そうじゃ、山で遊びょうったときなんじゃがな。」
ん? この流れ、ついさっき聞いたと思うんですが。
「竹で足を刺したこともあるんで?」
あ、違う話だった。
「ここなんじゃがな。」
そう言って足を伸ばして、着物の裾をはだけるおマツさん。だからこれが若い子だったらッ。あんまり興味ないけど見てみれば、膝の下あたりに直径約三〇ミリほどの傷痕があった。どうやら竹が足を貫通したらしい。爪剥ぐより痛そう。
「こんなんしようってもウチなんかピンピンしとんじゃけえ、靖さんもあんま気落ちせられなよ。」
僕の肩がバシバシ叩かれる。
「ええ、ありがとうございます。おかげで気がだいぶ楽になりました。ホント、おマツさんが丁度よく通りすがってくださってよかったです。」
僕は真面目に頭を下げた。
「亀の甲より年の甲言うけえな。婆もちったあ役に立とうが?」
「そうですね。」
「誰が年寄りじゃ言ようん? そこはおマツさんはまだまだお若いですよって言わんにゃいけんとこじゃろ? ホンマにこの男は。」
「そ、そうですね。」
「そしたらな。」
おマツさんが帰っていった。
なんだかよく判んないけど、ありがとね。
そのあとはみんなが僕の手が回復することを喜んでくれて、おマツさんがいたときよりも賑やかになった。
でも本当によかったッ。これでまたお菓子を作れるんだッ。左手の小指と薬指はさすがに生えてこないけど、こんなんただの怪我じゃけ。おっと、いかん、いかん。すぐに影響受けちゃうんだからッ。
翌日、虎さんたちは爺さんを伴って、アキちゃんたちの情報を共有できそうな人物に当ってみると言って出かけていった。議会に報告する前に、できるだけ味方を増やしておきたいんだってさ。爺さんもいるし、今回は対連邦という明確な敵もいるわけだし、少しは安心して虎さんたちの動きを見守っていられるかな。六星卯海のときの教訓も活かして、ただ古い友人だからというだけで情報は渡さないというし。
連邦……連邦かあ。僕は聖・ラルリーグの一市民でしかないけれど、獣人とかいろんな情報に触れると、いまのままの棲み分けが永続するとはとても思えない。棲み分けを提唱する第一人者である蒼月さんもいなくなったし。どこかのタイミングでえらいことになりそうな気がするんだ。
お菓子屋オープンまでの道のりに連邦が立ちはだかるというのなら……どうしよ?
午後三時近くに昨夕訪れた山へ登った。
葵ちゃんはすでに待ってくれていた。昨日と同じ感じに、山の麓を見下ろしている。
「お待たせ~。待った?」
彼氏かな? とか思いながら聞いてみた。
「あ、靖さん。いえ、私もいまさっき来たとこです。」
「そりゃ奇遇だね。僕たち気が合うのかも。」
彼女かな? とか思いながら言ってみた。
「いや、待ち合せ時刻決めてましたからね。」
それだよ。
三年前ってどんな感じで葵ちゃんと接してたっけ?
あれ? なんか僕六つ若返って精神年齢も幼くなった?
いや、前からこんな感じか。うん、大丈夫ッ。




