7-13(163) 久しぶり
作者のミスを登場人物に押し付けるとかマズイですよ
葵ちゃんとの距離を徐々に詰めてゆく。
逃げるなよ、逃げるなよぉ……と心で唱えながら。
なんてったって葵ちゃんは転移の術の術師だからね。その気になればいつでもドロンできるんだ。それに彼女はいま、僕たちに会いたくないと思ってるかもしれないし。拉致犯をやっつけて被害者を元の世界に戻したあとの、宴会以来か……。あのとき、ちゃんとお別れを言えなかったし、あの妖精が“葵ちゃんが玲衣亜を襲っている”とか言ってたけど、真相はいまだに判らないままだ。いや、真相は特に知りたくもないけども。
要は葵ちゃんと玲衣亜の間に気不味い空気が流れてないかどうかってとこなんだよね。
おお、怖い怖い。
「葵ちゃん、久し振りだね。」
まずはなにも気にしてないよって感じで声をかけてみる。
「う、ボ、ボス? お久し振りです。」
ちょっと驚いてる感じの葵ちゃん。うん、ちょっと大人らしゅうなったかな。といってもまあ、あまり変わってないか。
「なんなん? 黄昏てたの?」
ちょうど夕日が山の麓を染めている時間帯だ。
「別に、黄昏てなんていませんけど。」
うん、ふつうだね。
「そうなんだ? 僕は黄昏に来たんだけどね。葵ちゃんは黄昏ないの?」
言いながら、よっこいしょと葵ちゃんの隣に腰を下ろして、彼女の手に手を重ねる。あ、ちょっとビクッてなった。
「なんなんですかその手はッ?」
うん、この反応。少しは元気みたいだね。
「ふ、だって葵ちゃん、どっかに触ってないと逃げるかもしれないじゃん?」
転移の術があるからね。
「逃げませんよッ。っていうか、そうじゃないですッ。その手の包帯はなんなんですか?」
あ、そっちか。
「ああ、これは名誉の負傷だよ。おかげで僕の手はもうダメだ。」
「ダメって……。」
「指の爪がなくなったから、もうまともにモノも持てんのよ。」
ホント、もう手がダメなせいで人生終了ですよ。
「まさか、その包帯してある指全部ですか?」
「うん。ただ、左手の小指と薬指はもう第一関節から先がないんだ。」
「あら~。それはダメですねぇ。なんか拷問でもされたみたいですね。」
葵ちゃんが痛そうな顔をしながら言う。
「そこに気づくとはお主、やりおるな。」
「ええッ? ホントですか? 誰にやられたんですかッ?」
「なんか“にゃ”とか言う奴ら。」
「“にゃ”ですか?」
「そうにゃ。」
「……まさかッ、玲衣亜さん?」
「玲衣亜にはときどき拳骨されるけど、ここまで酷いことはされないにゃ。」
「ボス……。」
葵ちゃん、僕にかける言葉が見つからないみたい。話題を変えようか。
「葵ちゃんの方はさ、なんか向こうでいろいろ悪いことやってるみたいじゃん。爺さんに聞いたんだけど。実際、なにしてんの?」
「私ですか? う~ん、特に悪いことはしてないつもりではあるんですが……。」
葵ちゃんの話によれば、異世界へ頻繁に行くようになったのはホントにこの数ヶ月の間のことらしい。それまでは年に二~五回行く程度だったと。それでも十分多いけどね。元々は拉致被害者の一人である、気絶していた少年のお見舞いを目的に異世界とこっちを行き来してたようだ。ところが、偶然もう一人の生存者と街中で出会い、彼がケビンさんとマーカスさんの生存報告をすべきか否かで悩んでいたので、では当人に確認してその指示に従おうという話になり、生存者の一人をこっちに連れてきたのが、葵ちゃんと異世界の関わり方を変えたきっかけになったのだという。
よくそんな大それたことをしたもんだと言えば、だってその人、悩んで悩んで死にそうな顔をしてたんだもの、だって。葵ちゃんもそういうとこ情に脆いというかなんというか。ま、葵ちゃんにかかれば異世界間の移動も大したことじゃないから、異世界絡みの事を為すときのハードルが僕たちに比べて低いんだろう。
で、マーカスさんたちと会ったときに、偶然その生存者は仙道になったらしい。
「そういえば、ボスはもう仙人様にはなったんですか?」
話の途中で、葵ちゃんが思い出したように言った。
「なるわけないじゃん。」
そっけなく答えておく。ありえなさ過ぎて、冗談を言う気にもならない。
「ええ~、なった方がいいですよぉ。」
「いや、なった方がいいとかじゃなくて、仙道になるってなんなの? どうやったってなれないじゃん。」
「なれます、なれます。だって、ボスは仙人の桃を食べてるじゃないですか。」
「食べたけど、もう消化されて出てって、いまは土に還ってると思うよ?」
「大丈夫です。仙道になった二人も、桃を食べて結構日が経ってから仙道になってますから。問題ないですよ。で、なんか仙道になると力が出るらしいんです。その人が言うには、重い物もいままでより楽に持てるとか。ボスはいま手に重傷を負ってますが、仙道になれば、もしかすると生活に支障がないレベルになるかもしれませんよ。」
ここまで言えるってことは、葵ちゃんは仙道になる方法をすでに確立してるのかな?
「そしたら、試してみるだけ試してみてもええよ。」
ニコッとする葵ちゃん。僕は自分の指先を見詰めながら、力が出るってどんな感じなんだろうと思う。いまは指に力が入らないんだけど。
「じゃあ、もう今日は暗くなりますから、明日……そうですね、三時にまたここに来れますか? そのときに仙道になれるかどうか試してみますので。」
「判った。」
特に予定もないしね。
すでに上空に星が光っていて、遠くの方の地平が赤く燃えてる感じ。早く戻らなきゃ。そろそろ戻る? と葵ちゃんに尋ねてみたけど、葵ちゃんは爺さんの家に戻るつもりはないみたい。虎さんたちがいるからかな? と思ってはみるものの、本音は聞くには至らない。だって、本当にそうだったとしても、正直にそうだと答えさせるのって酷じゃん?
「ごめんね。なんかみんなで爺さんチに押しかけちゃってて。」
「いえ、気にしないでください。」
「みんなには会うつもりないの?」
あ、結局聞いちゃった。
「んん、考えておきます。」
やっぱり気不味いとかあるようね。ちょっと雰囲気がギクシャクしてきたかもしれないから、最後に騒いどくか。
「あと、最後にさ……すごいこと聞いていい?」
「な、なんですか?」
「葵ちゃん、僕の名前覚えてないでしょ?」
マジで、ここ重要だからね。テストには出ないけど。あ、葵ちゃんがこけた。
「ま、まさかッ。そんなこと、あったりなかったりですよ。」
「やっぱりかいッ。」
「ちなみに、なんていうんでしたっけ?」
「知らねえよ。」
「すいません。本当に、私、人の名前を覚えるのが苦手なんです。」
「そうだよ。ちなみに、トーマスさんはどこ行ったん?」
さっきの話でちょっと違和感を覚えたから、なんとなく。今度はトーマスさんのことをマーカスさんって言ってんじゃないかと思って。
「トーマスさん?」
「なんかケビンさんとマーカスさんはいるみたいだけど、トーマスさんは異世界に帰ったのかい?」
「あ、ああ。ああ。それもですね、私がずっと名前を間違って覚えてたみたいで。さっき話した生存者、ジークさんっていうんですけど、そのジークさんのおかげで実名が判明したんです。マーカスとトーマスって、なんか似てません?」
って、僕の予想と逆かいッ。
「マーカス、トーマス。」
続けて発音してみる。ふ、言われてみれば似てるかも。
「ね? 語呂が似てるでしょ?」
「ね? じゃねえよ。おめえ、ちゃんとマーカスさんに謝ったの?」
「そりゃもう、超謝りましたよ。」
「ふうん、ちなみに僕は靖ね。」
「そうそうッ。聞いたらすぐ判るんですよッ。そうですッ。靖さんでしたわッ。」
「はッ、まあ、ええよ。じゃあ、今日は葵ちゃんの元気そうな顔が見れてよかったよ。」
「では、靖さん。また明日、よろしくお願いします。」
「うん。」
僕は山道を下った。
葵ちゃんはきっとその場からテイルラント市の自宅へ転移するんだろう。あ、葵ちゃんの異世界での動向の話、結局途中までしか聞いてない。あと、黄昏るの忘れてたわ。




