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7-10(160) 痛い

 最初はなにも怪しい点は見られなかった。

 仕事で余ったていのパンを持ってって、それを渡すついでに、故郷で病人が出たからしばらく家を空けるよってのを伝えてさ。そしたら「中へどうぞ」ってなこと言うもんだから、何度も断ったんだけど、何度も勧めてくるもんだから、部屋に上がってしまって。しばらくはふつうに話してたんだけどね。帰ろうかと思ったところで、捕えられちゃった。アキちゃんたちは元々僕たちを結構疑ってたってことだね。

 アキちゃんの力、凄かった。骨が砕けるかと思った。加減してくれてなければ、いまごろ僕の手首は潰れてただろう。んで、いまの僕は椅子に腰を縛りつけられて、脚も紐で結ばれている状態なわけ。

「ねえ、正直に話してくれない? やすしさん、セント・ラルリーグの人じゃないの?」

「だから、セント・ラルなんとかってのが判らないって言ってんじゃん。」

 いま、僕はアキちゃんとその友人のナツミちゃんに尋問されている。現在の時刻は午後七時。爺さんが召喚してくれるのは明日の朝以降だろうから、今夜は長い夜になりそうだ。



 二人は尋問に慣れているというわけではなさそうだった。途中でなにを聞いていいのか判らなくなったり、僕の回答をどう解釈すればいいのかと悩んだりもしてたし、本当にただの一獣人といった感じだった。だけど、それで二人の危険性が薄れたわけではないけれど。



 夜も更けて、ランプの火を落とすと、部屋の中が薄暗くなる。特に寝ようってわけでもなさそうだ。ナツミちゃんがタオルを持ってきて僕の口に押し込んだ。

「靖さん、優しく聞いてちゃ埒が明かないようだから、少し厳しくいくよ。」

 アイちゃんの冷たい視線が鈍く光る。

 ご、拷問?

 ま、まさか。こんな女の子たちが、そんなことをするのか?

「大声を上げるなよ。あと、タオルを外したときに叫んだりしたら、邪魔が入る前に殺す。」

 口にタオルを押し込まれてるから、現時点でなにも申し開きはできないし、真実を語ることさえできない。これでは拷問するぞという脅しが、脅しになっていない。どういうつもりなんだよ? それに、仮に僕が本当にこっちの世界の人間だったとしたら、どうするつもりなんだ?

「待って、いまは夜中だしケンも寝てるし、やるにしても夜が明けてからの方がいいんじゃない?」

 覚悟を決めた感じのナツミちゃんの背後からアキちゃんが心配そうに声をかける。

 僕の目を見てニヤッと笑ったナツミちゃんは、ゆっくりとアキちゃんの方を振り向き、言った。

「気持ちは判るけどね、こういう問題はなんでも片付けられるうちに片付けておいた方がいいんだにゃ。今夜、終わらせておけば、明日の朝にまたなにか不測の事態が起きても、ちゃんとそっちに対応できるだろ? 明日の朝、私たちに靖さんを尋問する時間があるとはかぎらないんだからにゃ。」

 ナツミちゃんのにゃあにゃあ語に戦慄が走る。この人たちと僕たちはまったく違う生物なんだなって。異なる生物間に容赦なんてないよね。頼みのアキちゃんもナツミちゃんの言葉に黙ってしまった。

「まずは小指くんからにゃ。」

 ナツミちゃんが僕の手を持ち上げると、小指の爪をつまんだ。

 目の前に、もう僕のモノじゃなくなった、ナツミちゃんの玩具と化した僕の手の平がある。僕は歯を、じゃなくてタオルを喰いしばって、ビクビクしながら僕の小指くんを見つめた。ふううう、ふううう。呼吸が荒くなり、胸が大きく上下する。いつ来る? いつ来る? ナツミちゃんが僕の小指の爪先の感触を確かめるように、弄っている。いまか? いまか?

 


 ブチィ。

 


 !!!

 


 おおおお、痛い、痛い。小指の先がズキズキする。指先が赤いペンキを塗りたくったようになってる。くううう。



「次は右手の小指くんにゃ。喋る気になったら、二回、首を縦に振りにゃ。」

 う、動けない。僕の中でまだ考えがまとまっていないんだ。爪剥がしが継続されることを思うと、落ち着いて考えることもできないんだけど。

「返事はノーだにゃ?」

 もし喋らなければ、このまま拷問を続けられるとして、問題はどこまでエスカレートするかってところか。逆に喋ってしまえば、もう用なしとして早々に殺されてしまうだろうか。それとも、!!! ッつう。くっそッ。くッ、僕に人質としての利用価値を見出してくれるのならば、喋っちまった方が僕も徒に傷付かずに済むんだけど。こればっかりは確信が持てないと、喋るわけにもいかない。

「まだだにゃ?」

 となれば、堪えられるところまで堪えておいて、もうダメだとなったところで話し始めるのが一番か。明日の朝にはここから脱出できるわけだし。通夜が終わってから、という言い方からだと、はっきりとした時間が判らないのが不安だけど。早ければ深夜には呼び戻してもらえるだろうか。

 !!!

 今度は薬指の爪か。もう、指の爪は諦めた方がいいかもしれない。ナツミちゃんの鋭い視線が突き刺さる。僕が二回頷くかどうか確認してるんだろう。はあああ、ふうう。つまり、喋る……というのが僕の持つ一枚のカードだとすれば、早々に切るのもダメだ。



 手の指の爪がすべて剥がされるまで、そう時間はかからなかった。

「強情なのか、それとも本当に関係ないのか。」

 ナツミちゃんが呟く。

「関係ないとしても、しょうがないよ。とにかくタイミングが悪かったとしか言いようがないにゃ。」

 ナツミちゃんをフォローするようにアキちゃんが言う。

「うん。もし靖さんが本当に聖・ラルリーグと関係ないんだったら、先に謝っとくよ。申し訳ない。でも、まだ判んないから、続けるけどね。」

 やっぱ容赦ないね。たぶん、聖・ラルリーグと関係ないと判断されたら、そのときは殺されて廃棄されるんだろうな。この筋書きだけは間違いなかろう。

「取り返しの付かないキズを見れば、少しは気が変わるかにゃ。」

 ナツミさんのウンザリといった感じの声音。

「言っとくけど、ゆっくりとやるつもりはないんだにゃ。明日にはここを引き払わなくちゃならなくなったし、今後のことも決めなきゃいけないし。そういう意味では、靖さんは十分私たちを痛い目に遭わせてくれたわけだから、多少のことは屁でもないでしょ?」

 左手の小指がグリグリと圧迫されている。爪が剥げたその上からつまんで、痛みで意識が吹っ飛びそうだ。お願いだから、潰すなら一瞬で潰してくれッ。

「はああああ。」

 ナツミちゃんが大きく息を吐く。僕の小指の先はもうボロ布のようになってる。アキちゃんが眉間に皺を作って、僕の指先を凝視している。

「ちょっと消毒液持ってくるにゃ。」

 アキちゃんはそう言うと、部屋を出ていった。彼女がまた部屋に戻ってくるまでに、薬指の先っちょもペチャンコになっちゃった。部屋の外から、ケンちゃんの泣き声とアキちゃんの声が聞えてきた。きっと隣の部屋で変な男の声がムームー聞こえてきたから、怖くなっちゃったんだろうね。黙っとけばケンちゃんには気づかれずに済んだんだろうけど、ま、それはムリだわ。

 拷問が始まってから、初めて口の中からタオルが抜き取られた。

「おい、いい加減に話しなよ。こっちだって、こんな胸糞悪いこたぁしたくないんだにゃ。」

「知らないことは、話したくても話せないにゃ。」

「まだ、減らず口を利く元気はあるみたいだね。」

「ナツミ。今日はそこまでよ。」

 アキちゃんが部屋に戻ってきた。片手には消毒液の瓶を持っている。そしてナツミちゃんと一緒にまた部屋の外へ出て行き、しばらくしてアキちゃんだけが戻ってきた。

「とりあえず消毒だけしとくにゃ。」

 もう拷問終了なら、一応、助かることは確定したのかな? 少し安堵して、深い溜め息を吐いた。

 そのとき指先に激痛走るッ。

「ああああああああああ!!!」

 さっきまで堪えていた絶叫を上げて、大きく仰け反ると、ゴツンと頭に衝撃が加わるのが判った。

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