7-9(159) クビ、軟禁
虎さんたちの会話から、明日の晩に通夜が営まれることが判った。僕たちを召喚することについても散々悩んだらしいけど、蒼月さんの通夜や葬儀に顔を出さないのはそれだけで不自然になる恐れがあったから、召喚を決意した、と。伊左美と玲衣亜の行動を詮索されても大変だし。んで、僕は二人の失踪に泡喰わないようにってんで呼ばれたみたい。こんな夜更けになってしまったのは、明日だと僕たちが誰かと会っている最中に消えてしまう恐れがあったからっていう。なかなか気を遣ってくれてるんだね。
「神陽、ちょっと靖さんを借りていいか?」
虎さんと伊左美、玲衣亜がおもに話していて、僕は聞き役に徹していたからか、もしくは蒼月さんと関わりがないからなのか、爺さんがそんなことを申し出た。
「ああ、いいですよ。どうぞどうぞ。」
おい、虎。おめえ、人をモノみてえによぉ。
「ちょっといいかい?」
虎さんの返事を受けて、爺さんが僕に手招きする。
「いいっスけど、レンタル料高いっすよ? 一〇ロッチは貰わなきゃ。」
「ふん、あとで紅茶でも出してやらぁ。」
「あ、いただきますぅ。」
そんなこと話しながら、爺さんに連れられて別室に入る。
部屋に入って、爺さんが僕に椅子を進めて、爺さん自身も椅子に腰かける。「ちょっと暗いか?」とつぶやき、爺さんが蝋燭に火を灯す。
「タイミングは悪くなかったかい?」
椅子に座り直してから、爺さんが尋ねてきた。この文言も召喚時のご挨拶みたいなもんなのかな? 前も聞かれたことがあるような。
「……最悪ではなかったですよ。」
そう言ってニッと口角を上げてみせる。
「そいつは悪かったな。ま、こっちは相手の都合なんて判りやしないんだ。文句なら神陽に言いな。」
ふ、爺さん、へそ曲げちゃったかな?
「なにをおっしゃいますやらッ。最悪じゃなかっただけで十分ですよッ。文句なんてあるわけないじゃないっスか。」
「ふ、靖さんは相変わらずだな。」
「相変わらずってことはないっスよ。いまや僕も一流のお菓子職人ですからね。」
「なるほど、向こうでがんばってるんだな。」
「ええ。」
ようやく爺さんの口元に笑みが零れた。やっぱり老若男女を問わず暗い顔より笑顔がいいよねッ。
「ところで、葵ちゃんはやっぱいまも異世界とこっちを行ったり来たりしてるんスか?」
特に葵ちゃんの行動を詮索する気は微塵もないけれど、それが真っ先に思いついた話題だった。
「ああ、一時期は異世界にも行ってなかったんだが、例の拉致事件があっただろ? その件が片付いて靖さんたちと別れたあとも、ときどきあいつは異世界へ行ってたんだ。それが最近はさらに頻繁に行き来するようになってな。もう爺はお手上げ状態さ。」
「へえ。どこへ行ってんでしょう?」
「なんか、ケルン市って判るかい?」
「ええ、ウチの隣の市でさぁ。」
「拉致事件のときに生き残ってた少年が、そこの街にいるんだと。」
「ああ、あの気を失ってた子っスね。」
「それよ。ウチまで届けたあとも、ときどき見舞いに行ってたらしくてな。それが最近元気になったってんで、頻繁に行き来するようになったんだよ。こないだなんか、その子をこっちに連れてきて仙道にしてやったんだぜ?」
「仙道にッ? その子を? それに、こっちに連れてきたってッ?」
「これ内緒な。」
「もちろんスよ。でも、葵ちゃんもドえらいことをしてるんですねえ。」
「なんかな。オレもあいつがなにをしようとしてるのかよく判らんよ。余計なことをしなけりゃいいとは思ってんだが、いかんせん事情が込み入ってるようでな。」
爺さんが溜め息を漏らす。
「なんか、僕らより悪どいことを企んでそうな臭いがプンプンしますね。いや、面白いっスわ。」
「こんな話聞いて面白がるのは靖さんくらいなもんだぜ。」
「面白がるっていうより、感心してるんです。異世界に一人で行ってがんばってるなんて、なかなかできることじゃありませんぜ? 僕なんて一人であっち行ったら、すぐにチビって帰ってきちゃいますわ。」
「はッ、なに言ってんだ? 前に、一人で何度もあっちへ逃げてたじゃないか。最後はオレまで連れて。あのときは正直、頭が真っ白になったぜ?」
「はは、そんなこともありましたね。」
爺さんと毒のない会話をしながらも、アキちゃんたちの件について、話そうかどうしようか迷っていた。というのも、この件について虎さんに話してしまうか否かで、伊左美と玲衣亜が対立したままだからね。あのときの僕はその対立に無関心だったからアレだけど、いまなら伊左美派かな。こういう大事なことを虎さんに隠しておくっていう法はない。ついでに爺さんにだって話してしまえばいいと思うんだ。なにしろ一度向こうに戻って、仕事のことやら家を空けることやら、いろいろと処理しなきゃならないことがあるんだから、爺さんの協力は必要不可欠だ。
まもなく虎さんたちの話も一段落したのか、虎さんが部屋に顔を出して、暇を告げる。
伊左美と玲衣亜が、虎さんにどこまで話をしているのかが気になった。
「虎さん、ごめん。ちょっと伊左美と玲衣亜を借りていいかい?」
「いいけど、なんだったら私も貸出しますが、えっと、どういった御用で?」
「ふ、それを言っちゃあ、借りる意味がないんだな。じゃ、借りるよ~。」
僕は伊左美と玲衣亜の肩を押して、一旦戸外へ出た。
アキちゃんたちの件について確認してみると、まだ虎さんには話していないってさ。まだ二人の対立に決着がついてないから、仕方ないか。それでも向こうに一人は戻らなくてはなるまい。黙ってこっちに来たんじゃ、向こうの生活が成り立ちゃしないんだから。
というわけで、明日朝一で葵ちゃんに僕をポポロ市まで送ってもらって、通夜の翌日にでも爺さんに召喚してもらおうということになり、その晩は虎さん屋敷に戻った。
翌朝、早速爺さんチへ行くと、爺さんが「すまん、葵はいま誰にも会いたくないそうだ」と謝罪してきた。あらら、どうしましょ? なんでも葵ちゃんは蒼月さんのお屋敷にも足繁く通っていたらしく、それだけに今度の訃報がショックだったんだろうってさ。あら、葵ちゃんって異世界の少年のことといい、蒼月さんのことといい、意外と几帳面なのね。
「会いたくないって言ってるんだったら、無理して会わない方がいいですね。カードはもったいないかもしれませんが。」
爺さんの説明を受けて、玲衣亜がいち早く提案した。虎さんはちょっと思案顔。転移の術のカードがかかってるからね。でも、ま、そもそも葵ちゃんに頼るべき問題じゃないから、葵ちゃんがダメならダメでいいんだけどさ。
「というのが、私の意見ってだけ。みんなはどうなの?」
淡々と告げる玲衣亜。なんだかみんながはっきりしないことに苛立ってるみたいな。
「虎さんところにまだカードあるでしょ? いまは急を要するから、とりあえずカードを使って戻るしかないんじゃない?」
っていうんで、僕は虎さんの屋敷に戻り、カードを使ってポポロ市に戻ることになった。爺さんは召喚はきっちりするからと申し訳なさそうに約束してくれたけど、申し訳ないのはこっちの方なんだよね。あ、そうだ。爺さん用に異世界のお菓子を少し持ってこようかな。
みんなに心配されながら、僕はポポロ市に戻った。心配の種は二つある。一つはお菓子屋の店長にしばらく休むことを上手く伝えられるかどうか。もう一つは、アキちゃんたちに家を空けて不審に思われないような言い訳をできるかどうか。ああ、考えるとちょっと腹が痛むようなわ。
で、結局、仕事はクビになりました。
もう来なくていいってさ。今月分の給金は二〇日以降に各自、取りに来いと。そりゃこうなるよねッ。せっかく謝り倒したのに、謝り損というか、そりゃ謝るでしょッ? くっそ怒られるしッ。はあ、疲れた。つ、次は上手くやらなきゃッ。
で、結局、アキちゃんたちに軟禁されちゃったんだけど。
はあ……辛い。




