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1-3 (16) 仕事キッツイわ

表記について一応。

おこなう→行う→行なう というふうに「な」を入れてます。

その方が読みやすいと思ったので。

あといまさらですが、行頭の一文字空けは無視してます。

 面接を経て、なぜか僕たち三人とも店員として雇われることになった。明日の朝から仕事だ。僕の頭は憂鬱で一杯になる。いつのまにか働くのが億劫になってしまったみたい。もアテが外れて不満気だ。一方、は上機嫌。時折り聞こえてくる鼻歌が耳障りだ。

 といっても、時間が経つうちに、異世界での就労をまずは喜ぶべきかなってな感じで伊左美も気持ちを整理できたみたい。僕だけがいつまでもあんたんとした気分に沈んでいる。

 やっぱり初出勤って緊張するじゃない? ふだんは常識人の皮を被って生きてるけど、実はあまり働きたくないんですよね? まあ、そんな素振りを二人の前で見せやしないのだけど。表面上は二人とともに喜んでみせるのだけど。

 その夜は二人より早めに自室へ戻り、溜め息を繰り返した。



 お菓子屋の朝は早い。

 菓子だけ売ってりゃいいものを、なぜかパンにまで手を拡げているんだから。真っ暗な中、外出して『牡牛の午睡』へ伊左美と連れ立って行く。玲衣亜だけは売り子担当だからか、出勤時間が六時半になっている。



 店の裏手。

 大きなかまどをいくつも備えた厨房のドアを開けると、ランプの明かりに一瞬、目が眩む。厨房内にはすでに何人かいて、煙草を吹かしたり、仮眠をとったりと思い思いに始業までの時間を過ごしている。なんとなく感じる不気味な威圧感。まるで異世界に来たような感覚。この雰囲気がなんとなく嫌いなんだよね。ああ、ホントに厭になるよ、慣れない職場ってのはッ。

 僕たちが中に入り、覚束ない足取りで進んでいくと、一人の店員が声をかけてくれた。

「おはよう。伊左美さんとやすしさんですね。」

 店員は厨房のチーフで、体格のがっしりとした中年男性だった。彼の指導のもと、僕たちはパン生地をひたすらね、捏ね繰り回し、街に陽が降り注ぐようになるまでその作業を続けた。



 パン焼きが一段落すると、休憩になった。昨日の余りのパンとハム、パンの皮のスープが賄いとして出された。初めての肉体労働に悲鳴を上げる腕をなんとか持ち上げて、パンとスープを掻き込む。すでに疲れ果ててしまって、食欲があるような、ないような。それは伊左美も同じようで、言葉も少なく、食べるモノを食べてしまうと、厨房と店舗を結ぶ中庭の片隅で横になっていた。秋も徐々に深まっているとはいえ、まだ温かいからね。日向ぼっこにちょうどいい時候って感じ。僕も横になって目を閉じ、休憩時間いっぱい、頭と身体を休めるのに集中した。ヤバい、なんかもう辞めたいんだけど。



 休憩が終わると、今度はお菓子の生地を作るのにまた粉を練りに練る作業が始まり、延々と腕を動かし続ける。終業するころにはヘトヘトになり、厨房を出たあとも明日の仕事への不安、憂鬱が募るばかり。翌日には予想していたとおり、筋肉痛が身体を襲う。だけど、その日も前日と同じ作業を繰り返しているはずなのに、それほどには疲れを感じなかった。店員とも世間話をする程度の余裕も生まれる。



 そして気づいたんだッ。会話がスムーズに行なえないことにッ。僕たちはこの世界のことについて、この国のことについて、あるいはこの街のことについてあまりにも無知だったのだッ。考えてみれば、こっちの世界の住人と話す機会なんていままでほとんどなかったからね。



 二日目の仕事を終えて、こっちの世界の住人との会話について、伊左美と玲衣亜の二人に尋ねてみる。キミたちはきちんと会話をできているのかね?

「ああ、てんでダメだね。常識的なことくらいは知っておかないと、会話ができないどころか変な目で見られるからな。」

 伊左美は覚えがあるようだ。

「そう? 私はそんな感覚、あまりなかったけど。」

 玲衣亜は会話にあまり困らなかったみたい。

「政治の話とか、歴史的な話が絡むともうお手上げだからさ。それに、故郷の話もダメだね。しろくま京が通じないんだから。」

「あら、セント・ラルリーグって話したけど、そんな変な顔されなかったよ?」

「こっちはしろくま京って言ったら、そんな冗談みたいな名前をつける街があるもんかッて、なんか知らんけど怒られたからなッ。」

 そう言って鼻息を荒くする伊左美。

「たぶん、店舗側の人らは地理的な話にそんな関心がなかったんだろうね。こっちはそりゃどこだ?、とかなんて国にあるんだ?、とか突っ込まれて大変だったよ。ね?」

 伊左美に同意を求める。

「そうそう。なんて答えたもんか判らないから、言葉を濁すしかなかったよ。」

「ね。なんか、面接の時点で口裏合わせておけばよかったね。」

「だな。まあ、いまさらだけど。もう、支配人には聖・ラルリーグ出身だって言ってるから、いまから出身地を変えるわけにもいかないし。」

「いや、支配人にはまだ聖・ラルリーグが国名なのか町名なのかとかは言ってないじゃん? だから、どこかの国にある田舎町の名前でしたってことにでもする?」

「ん、案外それがいいかもな。」

 妥協点が決まる。

「あ、でもダメだよ。だって、こっちは店員にしろくま京から出てきたって話してんだから。聖・ラルリーグも町名で、しろくま京も町名ってなるとおかしくない?」

 伊左美が矛盾を指摘する。結局、妥協点決まらず。

「ああ、やだやだ。男って政治とか国とか、そんなことをまるで自分が偉い人物にでもなったかのように話し合うんだから。馬鹿じゃない?」

「馬鹿とは言わないけど。」

 伊左美も弁解しにくそう。

「こっちの世界も向こうの世界も、結構通じるところがありますな。」

 玲衣亜はそう言って微笑んだ。

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