7-7(157) お隣さん
何話ぶりかで真面目です
よろしくお願いします
お隣さんからは若い女性二名と男の子がウチに来ていた。いち早く僕に気がついた男の子が一瞬驚いたような顔をしたけど、それからクスッと笑い、身体をくねらせながら隣の女性の裾を引いて、「ねえねえお兄ちゃんだよぉ」と女性に話しかけている。男の子の言葉に耳を傾けていた女性がこちらを振り向いたのと、僕がリビングに入ったのがほぼ同時だった。
僕を見て、目を丸くして固まる女性。今日はフードじゃなくて、赤い頭巾を被っているから一瞬、誰だか判らなかったが、固まっているのは昨日、男の子を送ったときに応対してくれた女性で間違いないようだった。
僕が実はお隣さんだったことに驚いているのか、もしくはそれ以上の意味があるのか。
「こんにちは。昨日はどうも。」
表情からなにかを読み取ろうとしていたのを気取られないように、努めてフランクに挨拶する。
「ああ、どうも。お邪魔してます。昨日はこの子がお世話になりましたにゃ。」
女性は立ち上がると笑顔を見せて手を差し出してきたので、その手を取って握手する。意外とこっちに慣れてるのかもしれないにゃ。
「いえいえ、お安い御用ですよ。それより、にゃってのはもう隠さないんですね。」
あまりに自然に“にゃ”と言って憚っていないようだったから、こちらも臆さず尋ねてみる。
「ふふ、ええ。実は、にゃって言うのは故郷の喋り方で、こちらに出てきてもなかなか抜けないものだから、諦めたの。ま、いつもいつも言ってるわけじゃないけれど、ときどき、やっぱり出ちゃうの。」
先程の表情とは一変して、警戒心のない笑顔に自然な喋り方。相手が獣人かもしれないというのは僕たちの考え過ぎだったのか。
とはいえ、相手はまだ肝心の猫耳は隠したままだ。あと、話をよく聞いてみると、玲衣亜がお隣さん同士なんだから敬語禁止を提案したそうで、お隣さんは敬語でならまだ標準的な話し方ができるものの、タメ口を利くとどうしても“にゃ”が出てしまうのだとか。で、やはりここでも“にゃ”を連発した挙句、隠すのを諦めるに至ったのだという。
故郷か……故郷はどこだ?
矢継ぎ早に追及していけば尻尾を出すかもしれないけど、万が一相手が獣人だった場合、反撃されると僕たちなんてあっという間にやっつけられてしまうからね。安易に核心に迫るわけにもいかない。玲衣亜も“にゃ”を真似たりすることはあっても、猫耳カチューシャはまだ披露目してないようだし。赤頭巾のことについても僕からは尋ねない方がいいだろう。男の子も部屋の中だというのに帽子を被っているが、これも迂闊に取らない方がいいんだろうね。
女性の名前はアキ、もう一人がナツミ、男の子がケン。三人の関係はアキとケンが兄弟でナツミはアキの友人。三人は一緒に隣で暮らしていて、内職で生計を立てているらしい。具体的にどんな仕事をしているかは不明。相手から言わないのであれば、こちらから詮索はしない方針なのかもしれない。昨夜気絶していた僕はそのへんが判らないから、とりあえずみんなの話には積極的に介入せず、見に回る。もちろん他愛のない話には参加するけど、僕からなにかを詮索するようなことはしないって意味でね。
手持無沙汰になれば隣にちょこんと座ったケンちゃんがいるし。ケンちゃんの脇腹を突いたりちょっかいを出してるとそれだけでいい暇潰しになるってもんよ。ケンちゃんはまだ五、六歳くらいかな? このくらいの子って他人の子でも可愛いよね。
みんなが話してる最中、僕はケンと話したりしてたんだけど、ケンちゃんが「お兄ちゃん、さっきまでお部屋でなにしてたの?」と聞いてきたんで、「本を読んでたんだよ」と答えると、「お部屋ですごい怒鳴ってたでしょ。ダメなんだよ、お部屋で大声出しちゃ」だって。あのヘンテコな会話が聞こえてしまってたのかッ? なんてことだッ。
「なんて言ってたかは聞こえた?」
念のため確認してみる。
「うん、聞こえたよぉ。 なんでやあああって、言ってたでしょ? お兄ちゃんの声だけこっちまで聞こえてた。」
はにかみながら答えるケンちゃん。
「ああ、アレお兄ちゃんじゃないから。アレはあっちにいる伊左美って奴が叫んでたんだよ。」
「ええ~。嘘だぁ?」
「嘘じゃないわッ。」
そう言ってケンちゃんの脇腹をえいッとくすぐるとケンちゃんがキャッキャッとはしゃぐ。や~め~てッ……って悶える姿が可愛い。「こらッ、ケンッ。騒ぐんじゃないにゃッ」とアキちゃんが叱ると、まるで僕まで叱られた気分になる。精神年齢がケンちゃんと同じ、みたいな? ふう、なんだか昨日から調子が悪いわ。
お酒を飲みつつ、軽食をつまみながらの世間話は朗らかな雰囲気で幕を下ろした。にゃあにゃあ語をリアルで使うことが判ったのは収穫だったかもしれないけど、そのほかにこれといった情報は得られていない。
三人が帰るのを僕たちは見送ろうと、玄関に集合していたわけで。
「ごめんなさいにゃ、片付けもせずに。それに、すっかり遅くなっちゃって。」
「いいのいいの、片付けなんて明日にでもやっちゃうからさ。」
「今日はご馳走様でしたにゃ。」
そんな感じで挨拶をして、アキちゃんたちがドアを開けて、表へ出ようとする。
「そういえば、こちらの街で靴を脱いで部屋へ入るのって、初めてかもしれないにゃ。じゃあ、今度はウチにも来てね?」
帰りがけにそう言い残して、三人は出ていった。
「ふう、ちょっと疲れたね。」
食器を片しながら玲衣亜が言った。
「ま、でもいい人たちみたいでよかったじゃん。」
僕は素直な感想を伝える。
「いい人たちかどうかは判らないけど、まだまだ信用はできないよね。最後の聞いた? 相手もこっちを警戒してるのは間違いないにゃ。」
「玲衣亜、うつってる、うつってる。」
うん、最後の靴の件は明らかに僕たちの出自を疑ってるもんね。アレはお前ら聖・ラルリーグの奴らじゃねーの?ってことを暗に伝えてきたわけだよね。でも、そうした疑惑を抱いたうえで僕たちを攻撃してこなかったのは、アキちゃんたちは僕たちに猶予をくれたんだと考えられる。アキちゃんたちのことをこれ以上詮索しないのであれば、アキちゃんたちから僕たちの方に危害を加えることはないって感じかな?
そういう意味のことを二人に伝えると、早速伊左美さんに否定されちゃった。
「アキちゃんたちの持ってる情報を考慮すると、だよ? アキちゃんたちからすればオレらは仙道だからね。なにしろオレらはいろんな街の上空を異世界の姿で飛び回ってたわけだから、異世界に行ってる聖・ラルリーグの人間といえば仙道だと、そう思うだろう。」
なるほど、仙道ならば獣人より強いってか?
「でも、異世界だと仙道は力を失うわけじゃん。で、その情報は焔洞人とかから連邦にもリークされてると思うんだけど。」
だから、仙道だから手出しできないってのはないんじゃない?
「それはアキちゃんたちの立場次第かな。仙道であれば知ってるかもしれないけど、一獣人がそのことを知っているとはかぎらないし。」
ああ、そういうこと?
「でもなぁ、よく判んないんだよな。“にゃ”とか言う獣人がいるかどうかが判んないし。あいつらケンケンガアガア言うのが基本じゃん。」
かくいう伊左美も答えを出しあぐねているよう。
アキちゃんたちのことについて話した結果、一度向こうの世界に戻って連邦の動きやら獣人の言葉についてやら調べてみようかという話になった。伊左美も玲衣亜も異世界絡みの事件が向こうの世界に持ち込まれたとなると、やたら首を突っ込みたがるからね。責任を感じ過ぎるのも問題だよ。
僕としては連邦がこっちに来てなにしようが、知ったこっちゃないんだけど。一々そんな事件に振り回されてたらお菓子屋のオープンが遠ざかっちゃうでしょぉ? ふむ、どうしたもんかね。




