7-6(156) 寂しいの
なんやろ
リビングの方から数名の談笑の声が響いてくる。お隣さんは何人来てるんだろうか? ずっと引き籠ってるからといって、退屈で死にそうってわけじゃない。部屋には小説があったし、時間は無理なく潰せていたんだ。ただ、部屋の中に一人居残ってるときに、外からみんなの笑い合う声が聞こえてくるとさ、ちょっと寂しい気分になるね。もうッ、できれば僕も面白い話に参加したかったよぉッ。
ふと、変なことを思いついた。我ながら馬鹿気ていると思う。でも、ヘンテコな気分の勢いに任せてその思いつきを実行したんだ。
「ハーッハッハッハッ、ヒーッヒッヒッヒッ、ハッハッハッ。」
みんなの笑い声が聞こえてきたと同時に、僕も部屋で思いっ切り笑い声を上げたんだ。
うん、シンクロしてる。あ、でもなんだかザワザワし始めた感じ。僕の笑い声に驚いたかな? 気にするなよ。よし、もう一丁来いッ。
「ハーッハッハッハッ、ヒーッヒッヒッヒッ、ハッハッハッ。」
ふだん絶対こんな笑い方しねえだろッてな感じで、アホみたいに笑ったわけ。もちろん、みんなとタイミングを合わせてね。すると、ドシドシと足音が近づいてきて、ギイッとドアが開く。で、現われたのが伊左美さん。やっぱ癇に障ったかな? そりゃ、障るよね。うん、知ってた。でも、やりたかったんだッ。
「靖? なに馬鹿笑いしてんだ?」
「ん、この小説にクッソ面白いとこがあってさ。それでね。」
まだやや不満顔の伊左美さん。
「いや、だってね、これ推理小説なんだけどね? いままで何時間もかけて読んできたわけ。誰が犯人なのかな? 殺しの手口はどんなんかな? つって、こっちは一生懸命読んでるわけじゃん? で、だよ? 犯人の殺害方法が凄いのッ。家を丸ごと建設機械でひっくり返して人を殺しておいて、また家を元どおり水平に戻して、密室殺人大成功ッみたいな。こんなん判るわけねえだろぉッていう。」
あ、伊左美さん、ちょっとニヤニヤし始めた。
「で、瞬間的に考えたわけ。僕、この本を推理小説だと思って買っちゃったけど、実はコメディだったんじゃないかってね。で、こここそがこの小説最初最終にして唯一最大の笑いどころじゃないかって閃いたんだ。」
「で?」
「そしたら、笑うでしょ?」
「ふッ、うん、そりゃ笑うわ。」
「ね?」
「しかも、こっちと同じタイミングに、二回続けて。」
「ああ、そりゃ、たまたまだよ。」
伊左美さん、まだ怖い笑顔を崩さない。
「三回目はないと思っとくぜ?」
「うん、大丈夫。この小説にこれ以上、お笑いポイントはないと思うから。」
じぃっとこっちを見ながら踵を返す伊左美。ホント、目になにかしらを訴える力がありますな。ふぃ~っと。やれやれ。
ちょっと間を置いて、また大声で笑う声が響いてきた。
いく? いっちゃう? いっちゃえッ。
「ハーッハッハッハッ、ヒーッヒッヒッヒッ、フーッフッフッ、フイ~、もうダメッ、死んじゃうッ。ハーッハッハッ、ゴホンッ、ゴホンッ、ゲホッ。」
バタンッ。
「や~す~すぃ~?」
「やあ、い、伊左美さん。」
さすがに二度目はビビっちゃう。
「今度はなんに笑ったん?」
「いや、事件解決後に盛大なネタが用意されててね。」
「ネ、タ?」
「犯人、なぜか崖っぷちで自供を初めて、なぜか足を踏み外して海に落ちたん。」
「で?」
「おかしくない?」
「特に。」
「うわ、ば、馬鹿。この野郎、おめえ、読んでないからそんなこと言えんだろぉ? 全部苦労して読んだ人間じゃなきゃ、このおかしさは判らないのかもしれないけどさ。ほん、うわ、馬鹿。」
ホントはそんなこと微塵も思ってないから、なんか半笑いで弁解しちゃってる。ば、僕の馬鹿。言い訳する気ないだろぉこれ。
「で?」
プツン。
「そりゃそうやろうぉぉぉぉッ。なんが面白いねんッ。意味が判らんのじゃぁッ。不自然過ぎるやろおぉぉぉッ。」
バンッとベッドに小説を叩きつけた。
「ただ寂しかっただけやねーーんッ。おっちゃん一人でつまらんかっただけやねーんッ。」
「うるさいわ。」
バシっと頭を叩かれた。
「なんでやあぁあああッ。ええやろおぉぉぉッ。僕もう何時間も喋ってへんのやでえぇッ。そら声も大きゅうなるわいッ。」
「黙れっちゃッ。」
そこでまた頭を叩かれた。
はあ、はあ。
「誠に申し訳ございませんでしたぁッ。」
両膝に手を着き、頭を下げて詫びた。はあ、なにを叫んでんだろ?
ベッドが軋む。伊左美が隣に腰を下ろしたんだ。
「なあ、靖。」
「ん?」
「ホントならキミ、いまごろエラいことになってるとこだぜ?」
「う、うん。」
「でも、ま、オレも昨日はキミを蹴飛ばしたからな。それでチャラにしてやらぁ。」
「あ、ありがとうございます。い、伊左美。」
「なに?」
「なんか僕ね、前までそうでもなかったのに、なんか最近、すごい寂しがり屋になったみたい。」
「一般的にそれは、面倒臭い奴になったという。」
「くっそ冷たッ。」
「ふんッ、今夜は枕元で子守唄でも歌ってやろうか?」
「死んでもしていらんわッ。」
ベッドから腰を上げた伊左美が振り返り、「どうする。リビングに出るか?」と尋ねてきた。僕が答えあぐねていると、「ここにいてもまた発狂するんじゃないか?」と伊左美がフォローしてくれたので、それを機に僕も頷き、立ち上がった。
いざリビングッ。
なんのこっちゃ。




