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7-5(155) 呪い

脱線してるのかしてないのかもう分かりませんよ

 このヤバい系の緊張感をこちらの世界で感じるのは、葵ちゃんと爺様がアパートに押し入ってきて以来だろうか。

 余所で起きた大きな波が唐突に僕たちの前に現われて、僕たちを飲み込もうとしているような感覚。実際、向こうの世界で異世界の件が決着しているのかどうかさえ判らないし、セント・ラルリーグと連邦の動きも見えてこない。ま、別の世界にいるのだから、それも仕方ないのだけども。聖・ラルリーグで税が上がっていようが、王様が世代交代していようが、僕たちには知る由もないんだ。



 とりあえずには猫耳を外させた。には蹴り飛ばしたことを謝罪してから、説教した。そのときに伊左美はさも新発見をしたかのごとく「判ったッ」と唐突に叫んだ。なにが判ったのかと問えば、どうやら猫耳とにゃあにゃあ語が伊左美の呪いを解除する力を持っているのではないかと……そこに気がついたらしいんだよね。いや、呪いっていうのがですね、ある女の子に少しでもおばちゃん的要素を見つけてしまうと、もうその女の子がおばちゃんにしか見えなくなってしまうという、くだらない呪いなんだけども。呪いかどうかも怪しいっていう……って、そんなんどうでもいいんだけどッ。伊左美にはもう少し冷静さをキープしてほしい。頼りにしてんだから。



 それから僕たちはリビングで夕食の準備を始めたんだけど。

「あ、玲衣亜、猫耳外したんだ?」

 食器とか出しながら伊左美が尋ねる。

「うん、なんかね、靖が外せ外せってうるさいの。」

「部屋の中だからね。」

 一応、伊左美のことは玲衣亜には伏せておく。

「ちょっと夕飯後でいいからさ、また着けてみて。」

 あ? 伊左美の野郎、なにを言ってるんだ?

「私は別に構わないけど。」

 チラッと玲衣亜が僕の方を窺う。

「はッ、いいよ。伊左美さんのご希望だから、着けてやりなよ。」

 半ば呆れながら答える。伊左美が素直になって玲衣亜が可愛いと認めるなら、それはそれでいいんだから。いまみたいに半端な状況ってのがなんだか気に入らないだけだからさ。



 夕食後。

「着けるよ?」

「うん。」

 玲衣亜が猫耳カチューシャを着けた。

「なるほど。じゃ、外してみて。」

 疑問符を浮かべつつも玲衣亜が猫耳を外す。

「ほお。ちょっと着けたり外してみたりしてみて。」

「はあ? どゆこと?」

 ホント、どういうことだよ。

 で、玲衣亜がブー垂れながらも猫耳を着けたり外したりを何度か繰り返したわけね。

「ぶふうッ、判った、判った。もういいよ。ありがとう。」

 突如噴き出した伊左美にムカッときたから、僕は伊左美の腕を掴んで部屋へ連れていった。



「おい、いまのはどういうことなん?」

 猫耳を着けたり外させたりして、なにを噴き出してんだッ? 滑稽なことをさせたのは伊左美自身じゃないか。それを見て笑うなんてふざけてる。

「ああ、ごめん。別に玲衣亜をからかったわけじゃないんだ。」

「じゃあ、どういうことなんだよ?」

「試してみただけだよ。猫耳を着けたときと着けてないときの見え方がどう違うのかって。」

「で、どうだったの?」

「自分の目を疑うくらい、違って見えた。たぶん、目というか、頭というか、ヤバいですよ先生。どうしましょう?」

「え? どう違って見えんだよ?」

「外してるときはおばちゃん入っててね、着けるとすっげえ可愛く見えんの。これっておかしくない?」

「ほほ、おかしいに決まってんじゃん。おもに頭が。」

「な?」

 肩を落とす伊左美の肩を叩き、ちょっと励ます感じ。なにしろこの現象の一番の悲劇は、玲衣亜の本当の姿が伊左美には見えていないかもしれないってとこだからね。猫耳外せばおばちゃんだし、着ければ可愛いさが何割増しかしてんだろうし。もうなんて声かけていいか判んないよ。

「伊左美、気をしっかり持ってよ。一つ、いいことを教えてあげよう。伊左美のその呪いはね……いまに始まったことじゃないから。」

「ああ、そうだな。そうだよ。」

「あと一つ。人は見た目じゃない。」

「ああ、間違いないな。」

「そうだよ。」

 やれやれ、この調子じゃ伊左美の呪いも笑いごとじゃないな。



 リビングに戻ると、玲衣亜が雑誌から顔を上げて「喧嘩?」と聞いてきた。

「いや。」

 短く答えると、「喧嘩するなら外でやってよね」だってさ。玲衣亜と伊左美の方がしょっちゅう喧嘩してんだろぉ?

「だから、喧嘩じゃないよ。ただ、伊左美と二人で、玲衣亜が可愛いねって話してただけだよ。」

「ほわちゃぁッ。」

 ドカッ。



 こ、ここは……?

 目を覚ますと、そこは寝室だった。部屋の外から話声が聞こえる。玲衣亜と伊左美が話してるってわけじゃなさそうだ。誰か来てるのかな?

 ギイ。

 ドアを開けて玲衣亜が入ってきた。「おはよう」と彼女が言う。まだ朝なのかな?

「昨日はぐっすり寝れたみたいね……伊左美のおかげで。」

 ?? 伊左美のおかげ?

 僕の隣に腰を下ろす玲衣亜。なんだかこっちをジロジロ見てる。なにを見てるんですかね?

「覚えてない? ていうか、靖、昨日伊左美に蹴飛ばされたじゃない。で、そのまま寝ちゃったっていう。」

 嘘ぉ? なんてこったッ。伊左美にやられたなんてッ。

「喧嘩でもしたのかな?」

「いや、喧嘩じゃない。ただ、不用意な発言をしちゃったのかもね。」

「ふうん。ふむ、特に怪我はないみたいね。どこか痛む?」

 そう言いながら無暗に人の顔なり首なりペタペタ突っついてくる玲衣亜。いや、痛くないけどやめろし。

「特に痛みはないね。」

 たぶん、伊左美の絶妙な力加減があったんだろう。知らないけど。

「なら、良かった。もう喧嘩はダメだよ。」

 喧嘩じゃないってさっき言ったばっかなのに。

「はい、は?」

「へえ。」

「もうッ。」

 部屋の外から小さな子の声も聞こえる。

「ところで、誰か来てるの?」

「うん、お隣さんが来てるよ。」

「ええッ? なんてッ?」

 僕が言うと、玲衣亜が口元に指を立てて“静かに”と合図する。ごめん、つい大きな声が出ちゃった。

「虎穴に入らずんば虎児を得ずってね。相手が何者なのかを見極めるために接触を試みてるの。危険性は重々承知してる。でも、放っとくわけにもいかない問題だから、ね。」

 あ、これはマジな奴だ。

「靖はお隣さんといろいろと因縁もあるんだろうから、とりあえずここに居る?」

 おお、気を遣ってくれてありがとうね。では、そうさせていただきますッ。

「じゃ、飲みモノとご飯持ってきたげるね。」

 そう言って部屋を出ていく玲衣亜。

 おそらくお隣さんを呼ぶことについては、僕の気絶後に伊左美と玲衣亜で相談して決めたんだろう。ま、いいんだけどさ。あ、そういえば玲衣亜も厨房で男の子と遊んでたじゃんッ。大丈夫なのかな?

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